第45話 タタラナ温泉郷での夜
「ふぅ……」
俺は自室の扉を閉めて大きく溜息をつく。
「リアの奴、いくらなんでもやりすぎだ。普通、裸で抱きついてくるか?」
まあ、それを言ったらルルカやルコットも同罪なのだが、あの二人は酒に酔っていたわけで。
俺を露天風呂に締め出すようパーズに命じていたのもリアによるものだ。
おかげで散々な目に遭った。
……。
いや、俺も男だ。
全てが嫌だったかというと、それはまあ、あれだが……。
それにしてもあれは刺激が強すぎだ。
リアを咎めたら「アリウス様にも楽しんでいただきたくて……」と言ってシュンとしていたのでそれ以上言えなくなってしまった。
リアが珍しく落ち込んでいたのを見て(恐らくフリだろうが……)、俺が悪いことをしたかと思ってしまったほどだ。
「……」
そのまま起きていると何だか悶々としそうなので、さっさとベッドに入り寝てしまおうと考えた。
そうして寝具を被り、小一時間は経った頃だっただろうか。
「……?」
ようやく興奮が冷めてまどろんできたところだったが、俺は不穏な気配を感じ体を起こす。
「この気配は……」
俺は立て掛けてあったショートソードを手に、部屋の扉を開ける。
と――、
「ふぎゅっ!」
扉が何かにぶつかった感触とともに短い悲鳴が起こる。
見るとそこには鼻を抑えているリアがいた。
「リア、何やってる……」
「あっはは。ど、どうかお気になさらず」
「まさかお前……」
「ち、違います! アリウスさんの寝込みを襲おうとか、ルルカさんやルコットさんも誘ったけどぐっすり眠り込んでいたから一人で来たとか、そんなことは全っ然ありませ――」
「リア」
「はい。アリウス様のベッドに潜り込もうとしてました」
「お前な……。だいたい、ルルカとルコットが寝込んでいるのはお前が酒風呂なんかに入れたせいだろうが」
まったく、懲りない女神様だ。
やっぱり落ち込んでいるのはフリだったらしい。
しかし、今はそれどころではない。
「それよりリア、気付いたか?」
「ええ。この気配、あの時と同じですね」
リアが真面目モードに戻って頷く。
先程、俺が感じた気配はリアのものではない。
エルモ村の近くで出会った黒いローブの男。
あの男のものと同じ気配だった。
もしあの男が近くにいるのなら、話を聞かなくてはならない。
ルコットに呪いをかけた呪術士であるのか、グロアーナ通信社の上層部を操ったのはお前なのかと。
もちろん会話が成立するか分からないし、得体の知れない人物だ。
戦闘になる可能性も十分に考えられる。
俺は外套を羽織り、リアに問いかける。
「リア、気配を辿れるか?」
「ええ。お任せを。女神の力で探ってみます」
エルモ村の巨大蛇ウロボロスの時と同様、リアなら気配から黒いローブの男の居場所を探知できるかもしれない。
リアが行く先を示し、俺たちは二人で宿の外に出る。
外は昼間の時よりも雪が激しくなっており、視界が極端に悪い状態だった。
「リア、手を」
俺はリアとはぐれてはいけないと思い、手を差し出す。
リアはその手を取り、
「ふ、ふふ……。アリウス様と同衾とまではいきませんでしたが、これはこれで……」
もはやお約束となった反応を返してきた。
俺は本日何度目か分からない溜息をつきながらも、リアの手を取る。
その手の感触は吹雪の中にあって妙に暖かく感じた。