第42話 タタラナ温泉郷
「やって来ました温泉郷! さあアリウス様、温泉に入りましょう!」
「おいリア。ここに来たのはあくまで上級クエストの依頼を受けたからだからな。まず向かうのは依頼主の所だぞ?」
まったくこの女神様は。
俺は溜息をつきつつ、意気揚々と温泉地を闊歩し始めているリアを眺めた。
「ちょっとリア! 雪の上をそんなに走ると危ないです――、ってああ……。だから言わんこっちゃない」
ルルカが制止しようとするも間に合わず、リアが盛大にコケていた。
「でもお兄ちゃん、こういうのも良いよね」
「……まあそうだな。ルコットはあの女神様がハメを外しすぎないように見ててくれ」
「ふふ。りょーかい」
隣にいるルコットが優しく笑う。
思えば呪いの件があってからというもの、ルコットをこういう場所には連れてきてやれなかったからな。
もちろんこのタタラナ温泉郷に起きているという異常事態の調査はしっかりとやるが、兄としては妹にも楽しんで欲しい。
「しかしアリウスさん。なかなかに雪の量が多いですな。それにこのタタラナでこんなに観光客がいないのも珍しい」
後ろから今回同行していたグロアーナ通信の記者、パーズがやって来る。
「パーズさんはタタラナ温泉郷に来たことがあるんですか?」
「ええ。これでも記者ですからな。タタラナには何度か足を運んでますが、こんなことは初めてです」
「そうですか……」
「もしこれに黒いローブの男が絡んでいるとしたら、ソイツは何者なんでしょうな……」
このタタラナ温泉郷付近で目撃されたという黒いローブの男。
以前ルコットに呪いをかけていた呪術師がその人物であるという可能性もある。
正体も目的も不明だが、捨て置くことはできないだろう。
今回の調査でそれが明らかになれば良いが……。
俺はまたも雪に足を取られているリアを見て嘆息しつつ、依頼主のいる建物へと向かうことにした。
***
「これは皆様、よくお越しくださいました。私、このタタラナ温泉郷の地区を管理しているブラスと申します」
「初めまして。ギルド《白翼の女神》のアリウス・アルレインです。こちらで起こっているという異常事態の調査に参りました」
依頼主であるブラス地区長に一礼し、挨拶を交わす。
急に暖かい建物の中に入って眠気に誘われたのか、ギルドメンバーの女性陣は後ろでうつろな表情を浮かべていた。
「それで、ブラスさん。異常事態というのはこの雪のことなのでしょうか?」
「ええ。ここのところ、異常な雪のせいで客足もすっかり途絶えてしまいまして。このようなことはここ数十年無かったことなのですが……」
ブラス地区長は静かに語る。
この異常気象が起こってから、心労が重なっているのだろう。
ブラス地区長の目の下には濃いクマができていた。
「ですから、ここタタラナに住まう者も困り果てているのです。このままいくと、我々はこの地に住めなくなる恐れもあります。だから、何とか原因を究明したく……」
「分かりました。俺たちにできることであれば可能な限り尽力させていただきます」
「あ、ありがとうございます……。ですが、今日のところは遅いですし詳しいことは明日お話しましょう。宿を準備させていただきましたのでゆっくりとお休み下さい」
「分かりました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
――何とか、力になりたいな……。
俺はそう考えて、今回の問題を何としても解決したいと決意を新たにする。
打ち合わせはまた明日に行う約束を取り交わし、俺たちはブラス地区長が用意してくれた宿へと向かうことになった。
【読者の皆様に大切なお知らせ】
次話から温泉回です。