第4話 女神エクーリアと最強のジョブ
「とにかく、あのままだと私も危なかったです。助けてくださって本当にありがとうございますアリウス様」
「い、いや……」
巨大ブラッドウルフを倒してから少しして、元気を取り戻したエクーリアはペコリと頭を下げる。
――エクーリア。
この世界で女神として崇められている者の名前だ。
目の前の女の子は、自分がそのエクーリアなのだと言う。
水色に透き通った髪と整った顔立ち、それに純白の翼を持ったの外見も、伝えられている水の女神の容姿そのもの。
それに、桁違いの規模の大魔法を使用したり俺のジョブ名を言い当てたばかりか、その能力の内容までも知っているらしかった。
「でも、何で女神様がこんな場所にいたんですか?」
「ああ、やっと私が女神だって信じてくれたんですね。でも、ぜひ前の口調のままで」
「しかし……」
「ふふ。ぜ・ひ・に」
エクーリアは悪戯っぽく笑いかける。
どうやらここは譲れないらしい。
こうして見ると、エクーリアの外見は思ったより幼い。
年の頃は俺の妹よりも少し上くらい、15、16と言ったところだろうか。
妹と同じような感覚で話せばいいか……。
俺は一つ咳払いを挟んで、再度尋ねた。
「えっと、エクーリアは何故こんなところに?」
「それは、あなたにお会いするためです」
「俺に、会うため?」
エクーリアはコクリと頷く。
どうして女神ともあろう者が俺に会いたがるんだろうか?
俺が疑問符を浮かべていると、エクーリアは少しだけ真剣な顔になる。
「女神というのはジョブを授ける時にその人の人生を垣間見るんです。女神はその上できっかけを与えるだけ。ジョブは私が決めるというより、その人のこれまで行いによって決まるところが大きいのです」
「これまでの、行い……」
エクーリアは優しそうな笑みを浮かべている。
「私は、これまでのアリウス様を知っています。例えば、アリウス様が病気の妹さんのために必死で働いてきたことや、あの糞ギルド長……、失礼。ギルドの方針転換で疲弊している部下に負担をかけないよう、自分から進んでギルドの仕事をこなしていたこととか」
「……」
「私はあなたがどれだけ頑張ってきたか、知っています。たぶん、この世界の誰よりも」
エクーリアは、にへっと俺に笑いかけた。
……危うく泣きそうになった。
別に見返りを求めていたつもりはないが、それでも自分の行いを見てくれていた人がいることは少し……、いや、かなり嬉しかったんだと思う。
俺は何だか気恥ずかしくなって鼻をすすった。
「あれ? でも、何でエクーリアはわざわざ俺に会いに来たんだ?」
「……アリウス様は《大災厄の預言》というのを聞いたことがありますか?」
「ああ、もちろん」
――《大災厄の預言》。
この大陸に住む者でその言葉を知らぬ者はいない。
女神エクーリアが預言したとされる脅威についての話だ。
大災厄という言葉の正体は、ある年の暮れに現れるとされる「漆黒の竜」を指し、その竜は大陸一つを滅ぼしかねない力を持っているという。
そのある年、というのがまさに今年なのだが……
「この世界で女神エクーリアと《大災厄の預言》を知らない人はいないと思う」
「ああ、そうなんですね。それは良かった。というか今の時代でも私、有名なんですね」
エクーリアは屈託なく笑い、嬉しそうな表情を浮かべていた。
よく笑う子だ。
そうしていると本当に年頃の少女のように見える。
「それでですね、私も預言だけして後はお任せーってのもどうかなと思ったんです」
「んん?」
「自分も、一緒になって戦おうかと」
「……だからこの世界に現れた、と?」
「ええ、そういうことです。その漆黒の竜をぶっ飛ばすためですね」
「……」
いや、理由は分かるんだが、やっぱりノリが軽いな……。
「ま、まあ分かった。それじゃあエクーリアの力で大災厄の魔物は何とかしてくれるってことなんだな?」
「……ちょっと違いますね。確かに先程お見せした通り、私は女神の力を持っていますので力にはなれると思います。でも、私もこの世界に現れるためにけっこうな力を使っちゃいましたし、私だけで勝てるほど大災厄の魔物、漆黒の竜は弱くない。むしろ凄くすごーく強いです」
「……そこまでなのか?」
「はい。そこまでです」
《黒影の賢狼》のギルド長レブラは「ボクのギルドに任せておけば《大災厄の預言》なんて簡単に回避してみせるさ」とか豪語していたのだが……。
俺がそのことを伝えると、エクーリアからは「あんな糞ギルド長にそんな大役は務まりませんよ」と返ってきた。
「でも、女神の力を持ってしても敵わないなんて。そんな魔物、どうすれば……」
「フフフ。そ・こ・で、あなたのお力なんですよ! アリウス様の【称号士】の力があれば、きっと漆黒の竜も倒すことができます!」
「【称号士】の力が……? このジョブはそんなに強いのか?」
「それはもう。最強のジョブですよ。いいですか? 称号士はその名の通り称号を付与することができるジョブですが、称号というのはその付与された人間の性質までをも変えてしまいます。つまり、称号士は他の人にも力を分け与えることができるんです!」
確かに。
先の戦闘でもいきなり上級魔法を使用することができた。
しかし元来、俺は魔法なんて使えたことが無い。
となればあの魔法は自身に称号付与をしたことによる影響だろう。
即座に人間の性質を変えてしまうことのできるジョブ、か……。
よく考えなくても反則的な能力だった。
それに、さっきの大型ブラッドウルフを倒したことで付与可能な称号も増えているようだ。
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【選択可能な称号付与一覧】
ジャイアントブラッドウルフの撃破により新たな称号が追加されました。
●豪傑【※新規】
・筋力のステータスがアップします。
●紅蓮
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「……」
エクーリア曰く、称号士のジョブは対象や俺自身の経験によって付与できる称号が変化するとのことだった。
ということは、俺がレベルアップしていけばこんな能力がどんどん増えていくということなのだろうか?
「とにかく、大災厄の預言は何としても回避しなくてはなりません!そのためにはあなたの力が必要なんです、アリウス様!」
「そ、そうかな」
「そうですよ! アリウス様ならきっとできます!」
「……」
女の子は自信満々に叫んでいる。
と、俺はさっきから疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「なあ、何でさっきから俺のことを『様』付けなんだ?」
「え~、それ聞いちゃいますぅ?」
「え……、何? 気になるんだけど」
「分かりました。コホン」
エクーリアはわざとらしく言葉を切って、そして言った。
「私、あなたに一目惚れしました」
「………………………………は?」
「ですから、一目惚れです。さっき助けていただいた時のアリウス様のお姿があまりにも衝撃的すぎて。いや、そもそもアリウス様の行いを垣間見た時から素敵な人だなぁって思ってましたから、正確には一目惚れじゃないかも? まあとにかく、私はあなたに惚れました」
「……」
突然の告白に上手く思考することができない。
「は、はは……」
「む、アリウス様ってば、あんまりこういうことに慣れてないのですね。まあ、この話は追々ゆっくり、じっくり、こってりとお話していくことにしましょう」
「……」
また話すのか……。
「とにかく、話を戻しますと、私は大災厄の預言を回避するために一緒に戦う決意をしたわけです。もちろん、主役は最強のジョブである【称号士】を持つアリウス様を置いて他にいません! そして、一緒になって戦う内に男女の感情が芽生え……、フフ、フフフ――」
「……」
何だか建前と個人の意思が混ざっているように聞こえたが……。
「一つ問題があるとすれば、ギルドを解雇されてしまった今、アリウス様には仲間がいないことですね」
エクーリアの言う通りだ。
残念だが、とても残念なことだが、仕事に明け暮れていた俺にとって元いたギルドの連中以外に仲間と呼べる存在はいなかった。
エクーリアの話によると称号士は他人にも力を与えられる能力を持つらしいが、そもそも与える相手が身近にいなければ使うことができない。
……どうしよう、何か悲しくなってきた。
「あの糞ギルド長め。アリウス様の力を見抜けなかったばかりか、こともあろうにギルドから追い出すなんて。それも妹さんのお守りを踏みつけるとか。お前の方が低能だっつーの。ああ、ほんと八つ裂きにしてやりたい」
「……」
何やら物騒なことを呟いているが、とりあえず聞かなかったことにしよう。
俺はエクーリアにある提案をすることにした。
「なあ、エクーリア。一つ考えていることがあるんだが」
「はい?」
「他のギルドを回っても門前払いの状況だ。それならいっそ自分でギルドを立ち上げるのはどうかと考えてみたんだが……、どう思う?」
元いたギルドで曲がりなりにも部下を持っていた経験はある。
だから、このまま闇雲に他のギルドを当たってみるより、その経験を少しでも活かせないかと考えたのだ。
それから、自分が最強のジョブを授かったなんていう実感はまだ無いけれど、目の前の女の子が真っ直ぐな言葉で推してくれているんだ。
それに応えるため前向きな方針を定めるのは自然なことじゃなかろうか。
そう思って発した言葉に、エクーリアは目を輝かせてピコンと反応する。
まるで極上の餌を出された猫みたいだった。
「いいですね! ギルドを作ってお金が稼げるようになればアリウス様が大事に考えてらっしゃる妹さんのためにもなりますし! それに、逆境からギルドを立ち上げるアリウス様とそれを支える私……。あ、良い……」
また自分の世界に入っているのか、エクーリアは顔を緩ませてニヤニヤと笑っている。
「ええと……。手伝ってくれるのならありがたいけど」
「もちろんです! 私はアリウス様のお力になります! ふ・た・り、で一緒に最強のギルドを作りましょう! あの糞ギルド長のいるところなんて目じゃないほどのギルドを!」
「……」
話すごとにエクーリアは始めの印象からかけ離れていく。
女神というのは街で飾られている女神像のようにもっとこう、清楚で静かなイメージだったんだが。
……まあ、それは置いておこう。
「分かった、エクーリア。明日、王都に行って手続きしてみるよ」
「もちろん私もお供しますよ」
「ありがとう。……あ、でも王都に行くにはその名前のままだとマズいかもな。たぶん女神がいるなんてバレたら大騒ぎになる。あと、その翼も」
「ああ、これ? これは大丈夫です。……よっ、と」
言って、エクーリアの翼は体の中に吸い込まれるように消えていく。
「とまあ、このように私の翼は収納可能なのです、エッヘン」
「凄いな。そんなこともできるのか」
「……でも、名前は確かにどうにかしないとですね。どうしましょ?」
エクーリアは腕組みをしてムムムと考え込む。
くるくると変わるその表情が面白くて、俺は思わず笑ってしまった。
「それなら、リアって名前はどうだ?」
「わあ、良いですね! リア……、リア、と。うん、良い名前。ふふ、アリウス様に名前を付けてもらったみたいで嬉しいです」
「……それじゃあ、これからよろしく。リア」
「はい! 私こそよろしくお願いします」
目の前にはエクーリア改めリアの手が差し出される。
だから、俺も手を差し出して、その手を取った。
そうして、俺の運命を大きく、本当に大きく変えた一日は過ぎていったのだった。
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