第3話 称号士の覚醒
……。
いや、女神って……。
「あー、その顔。アリウスさんってば信じてませんね?」
「そりゃ、信じられないだろ。普通……」
遺跡の奥で倒れていた謎の女の子。
その容姿は伝承に伝わる女神、エクーリアにそっくりだ。
背中から伸びた純白の翼も、明らかに人間のものとは思えないのは確かだが……。
「第一、仮に君が女神様だとして、どうしてこんなところに?」
「ええと、それはですね――」
その時、俺は背後に強烈な殺気を感じ取る。
「……っ!」
――この気配は、モンスターの……!
俺は灯りを床に置き、女の子の前に立ちはだかるようにしてショートソードを鞘から抜き放つ。
そして――、
「な、なんだコレ……?」
規則正しく並んだ石柱の影からそいつらは現れた。
漆黒の毛並みに赤い瞳持つモンスター、ブラッドウルフの群れだ。
「数は3体か……」
――モンスターがいきなり現れるなんて、一体……。
疑問がよぎったが吟味している余裕は無かった。
ブラッドウルフは俺たちを敵と定めたのか、舌なめずりをすると前足で地面を掻いて興奮している。
「アリウスさん」
「大丈夫だ。そこから動かないでくれ」
「分かりました。……ムフフ、殿方に守られるシチュエーション、何だか王道でグッと来ますねぇ」
「……」
何やら聞こえた気がするが、置いておく。
今はツッコんでいる場合じゃない。
俺はショートソードを構え、ブラッドウルフを観察する。
――グルルルルル!
ブラッドウルフは非力だが、他のモンスターよりも素早く動き回るのが特徴的だ。
特に前足の鋭い爪には高い殺傷能力がある。
上手く躱しつつ攻撃しないと……。
「さぁ、来い!」
俺の声を真に受けたわけじゃないだろうが、ブラッドウルフは地面を蹴ってこちらに突進してきた。
「ハァッ!」
俺は1体目の攻撃を最小限の動きで躱し、空いた横腹に剣の一撃を喰らわせる。
続く2体目が払った前足は剣の腹で受け止め、弾き返すと同時に顔面へと刺突攻撃を入れた。
更に残る1体もこちらに突っ込んでくるのが目に入り、俺は剣を下段に構える。
剣士のジョブが持つ連続剣技、スネークバイトでも使えればもっと楽なのだろうが、無い能力を羨んでも仕方ない。
「このぉおおお!」
続けざまに繰り出される攻撃を回避しながら、俺は残ったブラッドウルフにも致命傷を負わせることができた。
そして、剣についた血を払い、ブラッドウルフが3体とも絶命しているのを確認する。
「すごい……! やりましたね、アリウスさん!」
「ああ、何とか勝てて良かったよ。ギルドにいた時に戦ったことがある相手だったのも幸いしたな」
俺は駆け寄ってきた女の子に手を挙げて応じる。
しかし……、
――グルルルルル。
振り返ると、そこにはまたもブラッドウルフがいた。
しかも今度はさっきよりも遥かに多い。
10匹は余裕で超えている。
「くそ……、こんなに……」
再び剣を構えると、女の子が翼を揺らしながら俺の前に歩み出る。
「お、おい」
「ふふーん。アリウスさんは私が女神だということをイマイチ信じてらっしゃらないようなので、今度は私が力をお見せしちゃいましょう」
「え……?」
――ガァアアアア!
襲いかかるブラッドウルフの群れに向けて、女の子が右手を突き出す。
「いきますよっ! 女神の力、パート1!」
そして――、
「水球の牢獄――!」
女の子が唱えると巨大な水の球が現れ、全てのブラッドウルフを飲み込んでいく。
それはさながら巨大な水の檻だった。
ブラッドウルフたちはのたうち回るようにしてもがいていたがそれも長くは続かず、女の子が魔法を解除した頃には全ての個体が動かなくなっていた。
「うーん、やっぱり威力は少し落ちちゃいますか。まあ、受肉したばかりですし仕方ないですかね」
「凄いな……」
「どうです? これで信じてもらえましたか? 私が女神だってこと。ちなみに今のはパート1で他にも女神の力はありますからね」
水を扱う魔法は俺も見たことがあるがこんなに大規模なものは見たことがない。
しかもこれで本来の力じゃないらしい。
本当にこの子は女神なのかもしれない……。
そんなことを思いながら剣を鞘に収めようとした、その時だった――。
――グルゴァアアアアアアアア!!
凄まじい咆哮が遺跡の中に響き渡り、俺も女の子も思わず視線を向ける。
その先には、先程までの個体よりも遥かに大きな体躯を持つブラッドウルフがいた。
「お、おいおい……。こんな馬鹿デカいブラッドウルフがいるなんて聞いたことがないぞ」
「うーん、これはピンチですね……。って、アレ?」
急に女の子がぐらつき、俺の方に倒れ込む。
「おい、どうした!?」
「あっはは……。さっきので魔力使いすぎちゃったみたいです。受肉したばかりなのに張り切りすぎたみたいで……」
マジかよ……。
――グォルアアアアアア!
「っ!」
巨大なブラッドウルフがこちらに向けて凄まじい速度で疾駆してくる。
すぐ目の前まで来たかと思うと、人の体ほどはあろうかという太さの前足を振り上げる。
――これは剣じゃ受け止めきれない……!
俺は女の子を抱えて横に飛び出す。
俺たちが数瞬前にいた場所をブラッドウルフの前足が豪快に薙ぎ、その攻撃は勢い余って石柱を直撃した。
跡形もなく崩れ去った石柱を見るに、攻撃を受けたらただではすまないだろう。
ギルドにいた頃、何度か死線をくぐってきたから分かる。
死の予感というやつだ。
ブラッドウルフはこちらに向き直り、今度は悠々と近づいてくる。
――くっ、こんな化け物、どうしたら……。
「……アリウスさん、ご自分に向けて【称号士】の能力を使ってみて下さい」
「称号士の能力を自分に?」
魔力を切らした女の子が腕の中でぐったりしながらも言葉を漏らす。
俺はその言葉の真意が分からずにいたが、巨大なブラッドウルフはお構いなしに近づいてきた。
このままじゃ俺はともかく、動けない女の子は確実に奴の餌食だ。
そんなことは絶対にさせられない。
俺は意を決して自分自身を対象に称号士のジョブ能力を念じる。
そして、目の前に青白い文字列が浮かんだ。
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【選択可能な称号付与一覧】
ブラッドウルフ3体の撃破により、アリウス・アルレインに付与可能な称号が追加されました。
●紅蓮【※新規】
・初級火属性魔法の使用が可能になります。
・中級火属性魔法の使用が可能になります。
・上級火属性魔法の使用が可能になります。
=====================================
「な、何だこれ……!? それに魔法が使用可能に、って……」
ギルド長のレブラに使った時とはまるで違っている内容に驚く。
魔法なんて使ったことが無いというのに。
――グルガァアアアア!
――くっ、迷ってる暇は無い……!
「称号付与! 《紅蓮》っ!」
唱えた途端、体の中に何か熱いものが流れ込んでくるのを感じた。
これで魔法が使えるようになったのか……?
俺は前足を振り上げたブラッドウルフに向けて右手を伸ばし、ギルド《黒影の賢狼》でも一番の魔道士が使っていた火属性上級魔法を唱える。
「メテオボルケーノ――!!」
瞬間、遺跡全体が揺れたと思う。
凄まじい轟音と共に火の渦が湧き起こり、それは柱となって巨大なブラッドウルフを飲み込んでいく。
――グルゴァアアアアアアアア!!
断末魔が響き渡り、ブラッドウルフは跡形もなく消滅してしまった。
とてつもない威力だった。
「い、一撃……」
まさかこれは……、《紅蓮》の称号を付与したことで可能になったのか……?
「おお、まさかここまでとは……」
俺の腕の中で女の子が感嘆の声を上げている。
その声に反応し、俺は抱きかかえながら女の子の瞳に目を落とした。
すると、女の子の目がキラキラと輝き――、
「やだ、カッコいい……」
「……え?」
そんなことを言われた。
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