第29話 称号士は記事に載る
「うーん」
「どうした、リア? 珍しく難しい顔して」
「珍しく、とは心外です。これでも悩み多き乙女なんですよ、アリウス様」
「はいはい」
ギルドの拠点が決まってから一週間。
家具などを取り揃え、どうにか落ち着き始めたある日のことだった。
一階の大机に突っ伏したリアが何やら悩んでいるようだ。
俺は紅茶を用意し、向かいの椅子に腰掛ける。
「で、何に悩んでるんだ?」
「いえね、ルコットさんから聞いたんですが、ギルドの加入希望者がまだ一人も出てきていないそうなんです」
「……ああ、確かに」
ギルドの名前や活動拠点も決めて、モンスター討伐などの細かい依頼をこなしてはいたが、未だ俺たちのギルドへの加入希望者は現れていなかった。
「とは言っても、ギルドを立ち上げてまだ間もないからな。そう簡単には集まらないと思うぞ」
「でもですねぇ……」
まあ、リアの言いたいことは分かる。
そもそもギルドを立ち上げたのは、今年の暮れに現れるという《災厄の魔物》に立ち向かうためでもあったのだ。
戦力になる人員が集まらないとなれば不安に感じるのも無理はない。
「新参のギルドだから敬遠されてるのかもなぁ」
「いきなりC級スタートのギルドとなれば注目度も高いと思ったんですがねぇ。ただ、どうも何か引っかかるような気がして」
「一度キールさんに相談してみるかな。ギルド協会の方で広告してもらえないか頼んでみよう」
紅茶の入ったカップに手をつけようとして、勢いよく開いた扉の音に遮られる。
「お兄ちゃん! 大変大変っ!」
見ると入り口の所にルコットが息を切らして立っていた。
「ああ、ルコットさん。買い出しお疲れさまです。どうしたんです? 珍しい食材でも手に入りましたか?」
「そうそう。良いお肉が手に入ったから今日はステーキでも作ろうかと――、ってそうじゃない!」
ルコットが買い出しの荷物をおいた後でパタパタと駆け寄ってくる。
そして大机の上に一冊の広報誌を叩きつける。
これは、《グロアーナ通信》か。
俺たちが住む大陸、グロアーナ大陸で最も出版部数の多い広報誌だ。
「このページ! ここ読んでみて!」
普段見せないルコットの焦った行動を訝しがりながら、俺とリアは開かれた広報誌を覗き込む。
「なんだなんだ?」
「えーと? 『ギルド《黒影の賢狼》が業務体質の改善を提言』? うぇ……、あの糞ギルド長の写真も載ってる……」
リアが読み上げたのはページの一番上に大きく記載された見出しだ。
どうやら《黒影の賢狼》に関するインタビュー記事らしい。
「これが何かあるのか? レブラが業務体制を改善しようとするなんて確かに妙だけど、良いことじゃないか」
元々高いノルマを設定して過剰な労働をギルドメンバーに強いてきたレブラだが、改心でもしたんだろうか?
《黒影の賢狼》にいる副長のクリスはもちろん、元部下の連中も良い奴らだったし、彼らの労働環境が良くなるなら喜ばしいことだ。
「記事の内容、読んでみて。お兄ちゃん」
「内容? ええと――」
記者『レブラ氏は今回、ギルドの業務体制を改善する方針を打ち出したとのことですが、ここのところ《黒影の賢狼》は高いノルマを設定していることで有名でしたよね? どのような心境の変化があったんでしょうか?』
レブラ氏『はい。元々、ボク自身はギルドメンバーにあまり多くの負担をかけないようにすべきだと思っていたんです』
記者『そうなんですか? それが何故?』
レブラ氏『それが……。ある部隊リーダーを務めていた人間から、部下の働きが悪いとの報告がありまして……。ノルマ制を導入して体質を改善すべきだと』
記者『なるほど。それでノルマを導入したのですね』
レブラ氏『はい。しかし、よくよく調べてみたところ、実際にはノルマ制の導入を進言した部隊リーダーの人間の怠慢が明らかになりました。彼は自身が楽をするために部下を働かせようとしていたみたいなのです。ボクが彼の人間性を見抜けていれば……』
記者『その部隊リーダーを務めていた人物はもう既に解雇したとのことですが?』
レブラ氏『はい。それで、今回の業務体質の改善をしようと。ただ、彼はウチのギルドを抜けた後、新しいギルドを立ち上げたようです。そのギルドに加入しようとする人に警鐘を鳴らせればと思い、今回のインタビューに応じました』
記者『その人物の名は?』
レブラ氏『アリウス・アルレインと言います――』
「……」
そこまで読んだところでリアが《グロアーナ通信》を引ったくり、床に叩きつけながら叫んだ。
「あ・ん・の、糞ギルド長がぁあああああああっ!!」
「ね!? すっごく腹が立つよね!? お兄ちゃんがそんなことするはず無いのに!」
リアとルコットの怒りはあまりに凄まじく、それを見て逆に少し冷静になった。
そうか、この《グロアーナ通信》が出回っていて、俺たちのギルドへの加入希望者が現れていなかったわけか。
「何で今更お兄ちゃんのことをこんな風に言うんだろう?」
「フンッ! どうせアリウス様の活躍が耳に入って妨害しようとしてるんですよ。はぁー、器が小さいというか何というか……」
「でも、困ったことになったな。このままだとギルドの加入希望者は現れないぞ」
「シメます? あの糞ギルド長」
「それは駄目」
それをやれば気は晴れるかもしれないが、状況が改善するわけではない。
第一、レブラの所に乗り込んだとなればそれを元にまた記事で取り上げられる恐れもある。
「でもお兄ちゃん。グロアーナ通信ってこの大陸で一番大手の通信社だよね? 信憑性のある情報だけを取り上げるっていうクリーンな方針の通信社だったはずなのに、どうしてこんな――」
「――それについては不可思議なところがありましてねぇ」
「「「え?」」」
声の方を振り返ると、入り口のところに中年の男性が立っていた。
「どうもお邪魔します。あなたがアリウス・アルレインさんですかい?」
「そうですが、どちら様で?」
「これは失礼。オレはこういう者です」
男が差し出した名刺にはこう書いてあった。
――《グロアーナ通信社》 記者 パーズ・ラッセル。
◇◆◇
「クックック。ハッハッハ。アーハッハッハ!」
ギルド《黒影の賢狼》の執務室にて。
そこには椅子にふんぞり返り、高笑いをするレブラの姿があった。
「実に上機嫌だな、レブラよ」
「いやぁ。一時的とはいえ、あのグロアーナ通信社の上層部に洗脳魔法をかけてくれたキミのおかげだよ、ガルゴ君。グロアーナ通信は大陸中の人間が読んでいる影響力の強い広報誌だからね。これでアリウス君のギルドに加入しようとする者は現れまい。クックック」
「ご期待に沿えたようで何よりだ」
「ギルドに加入する者がいなければ彼のギルドの発展もない。これでボクのギルド《黒影の賢狼》も安泰というわけだ!」
レブラは自慢げな笑みを浮かべる。
まるで戦いに勝ったとでも言わんばかりだ。
「そう上手くいくと良いのだがな」
ガルゴが呟くがレブラは気にも留めなかった。
「このボクに立ち向かえる者などいないのさ! ハァーッハッハッハ!!」
レブラは椅子の背にもたれかかり、またも高笑いを響かせた。
このすぐ後、奸計があっさりと破綻することになるとは思いもせずに――。