第27話 【SIDE:黒影の賢狼】 ギルド長レブラは狼狽する
「クリス君、もう一度言ってもらえるかな?」
「ですから。アリウスがギルド協会のキール協会長と模擬戦をして勝利したとのことです」
私が放ったその言葉に、レブラは明らかに動揺しているようだった。
それもそうだろう。
無能だと決めつけて解雇した人間が、自分よりも剣に勝る者に勝利したというのだから。
「ハ、ハハ……。そんな馬鹿なことがあるか。アリウス君が授かったのは【称号士】とかいう意味不明のジョブだろう? 名前を付けることができる能力とか、明らかな外れ能力だったのにそんなこと、できるわけが……」
「それがそうでもないみたいですよ、ギルド長。何でも見た者の話によれば、アリウスは魔法を使ってキール協会長に勝利したとのことでしたから」
「は……? 魔法?」
「はい。それもかなり高威力の魔法だったとか」
まあ、キール協会長との戦いでは魔法を使用したというだけで、実は他にも色々できるのかもしれないが。
何と言っても【称号士】という聞いたことのないジョブだ。
レブラがアリウスを解雇したあの日。
アリウスが実際にジョブ能力を使用したところ、相手に称号を付けるというよく分からないものだったということだ。
その効果も他のジョブで代用がいくらでもきくものだったとレブラは言っていたが、仮にそうだとしたらキール協会長に勝てるわけがないだろう。
つまり、アリウスの【称号士】というジョブには何か隠された力があったのだ。
しかも恐らく相当に強力な。
それをレブラは見抜けず、自ら追い出してしまったというわけだ。
そもそも、人の優劣をジョブだけで判断しようとしたのが間違っていたのかもしれない。
「ああ、それから」
「ま、まだ何かあるのかい?」
その通り。レブラには悪いがアリウスに関する報せはまだまだある。
「先日ギルド長が請負不可とした案件ですが」
「ああ。確かエルモ村とかいう田舎村の……」
「そこにウロボロスが現れ。アリウスが撃退したそうです。ご存知のようにウロボロスと言えばB級以上のギルドが上級ジョブを揃えて討伐にあたるモンスターです。それを一人で倒したとか。凄いですね」
「なっ……」
レブラが目を見開いて顔を跳ね上げる。
いい気味だ。
「それによりアリウスは村の窮地を救った英雄だと村民から称賛されているようです。まあ当然ですね。ああ、あとそれから――」
「も、もういい……」
「アリウスは自分で《白翼の女神》というギルドを立ち上げたらしいのですが、前代未聞のC級スタートだそうです」
「もういいと言ってるだろ!」
レブラは机を両手で叩きつける。
まだミノタウロスの角を王都の換金屋に持ち込んだとかの情報があるのだが。
レブラは焦燥と後悔とが混じり合ったようなよく分からない顔をしていた。
「今からでもアリウス君を《黒影の賢狼》に呼び戻せば……」
何を言ってるんだコイツは。
お前があの日アリウスにしたこと、言った言葉を覚えていないのか?
それとも突然知らされた事実に頭が回らなくなっているのか?
そんなことを思ったが、私はやんわりと子供を諭すように説明することにした。
「もう遅いですよ、ギルド長。既にアリウスは自分でギルドを立ち上げたのです。《黒影の賢狼》に戻る選択肢はもう無いでしょう」
「くっ……」
「しかしそれとは別に、ギルド長はアリウスに謝罪をするべきだと思います。もっとも、アリウスが謝罪を受け入れるかどうかは分かりませんが」
「謝罪だと……! このボクに頭を下げろというのか!?」
「……」
そんな惨めなことができるかと言わんばかりにレブラは私を睨みつけてくる。
駄目だなこれは。
個人的な感情よりも組織のことを優先するのが上に立つ者として最低限盛り合わせるべき器量だと思うのだが、どうやらレブラにそれは無いらしい。
「とは言っても、もし……、というかまずそうなると思うのですが、アリウスのギルドが発展していった場合、敵対するよりも友好関係を築いておいた方が良いのでは? 下手をするとギルド長が重視しているギルドの地位というものも脅かされかねませんよ?」
やや冷めた言い方で我ながら気に食わないが、ギルドのことを考えればそうするのが合理的だろう。
ただでさえ今回の件で村の窮地に見向きもしなかったとして《黒影の賢狼》の判断を懐疑的に見ている人間もいるようなのだ。
「そうか……。そうだ。良いことを思いついたぞ……。ククク……」
「……?」
どうやらまたロクでもないことを考えているようだ。
アリウスの力が本物ならば下手な小細工は通用しないと思うのだが。
嘆息し、レブラに声をかけようとしたその時、後ろから声がかかる。
「失礼。レブラ・テンベル殿と話がしたいのだが」
「……っ!」
振り返るといつの間にか黒いローブを纏った男が入り口の所に立っていた。