表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/270

宴席にて

ごめんなさい。遅れました。

永禄五年(一五六二年)十一月 京 御所


 祝言自体は滞りなく進行し、何事も無く終わった。正直、緊張で藤姫の顔を見ることすら叶わなかった。ただ、非常に美人だったのは横目で見えた。きっと母親似なのだろう。


 というのもだ。何故に緊張したのかというと公方は言わずもがな、六角に朝倉、公家からは親族の久我を始め山科言継と三条西実枝。それから近衛稙家に徳大寺公維など、殿上人が揃っているのだから。そして何故か本願寺に松永も参加していたのだ。


 我らと全く関係ないのは三条西だが、三条西が参加したのは義信の母方の実家である三条氏は断絶しているため、その代わりに三条西実枝が来たのだろう。


 松永は三好の名代として参列したのだろう。足利義輝が元服と祝言を開いている以上、何かしらの形で関わらないと拙いと判断したのかもしれない。それから幕臣のお歴々である。


 朝倉からは朝倉義景の名代として朝倉景恒が祝いの品を持ってやって来た。懇意にしている敦賀郡司の次男坊だ。兄は十兵衛と親しかったらしい。


 甲斐の武田からは武田義信と信玄公の名代である一条信龍。さらに飯富虎昌と曽根虎盛と、今川から岡部元信が参列していた。中々の輿入れであった。護衛は千人は居ただろう。


 正直なところ、甲斐武田の列席者が奮わないと思っている。まず、信玄公が上洛してくることはなかった。つまり、これは既に義信は見放されているも同義と考えても良いだろう。


 そして義信はこの場で公方の協力を取り付け、六角や公家の後ろ盾を貰おうとしているに違いない。今川は幕府の重職であり、藤姫の母である嶺松院は今川義元の娘である。参加しない訳にはいかない。


 何と言うか、見事なまでの政略結婚だと思う。こんなにぎらついた結婚式に参加したのは初めてだ。こんなひりついた結婚式なぞあってたまるか。


 明智十兵衛も細川兵部も理解しているのだろう。祝いの席だというのに彼らも気が抜けなかっただろうに。二人が忙しなく動いている。それをみて少しだけ申し訳なく思った。


 そして朝倉と本願寺の両方が揃うとは思ってもいなかった。どちらも俺の縁戚にはなるが敵対同士。何かと理由をつけて断られるものと思っていた。


 本願寺は俺ではなく甲斐武田の親戚だ。信玄公の妹が本願寺顕如の妻なのである。この場合、俺から見たらどうなるのだろうか。祖父の妹の旦那の名代ということか。


 俺の母は体調が優れぬと祝いの言葉を述べて早々に退席してしまった。この政治色の強い式にウンザリしてしまったのかもしれない。まあ、母のことは大叔母で十兵衛の母である牧様に任せよう。


「いやあ、何とも目出度い。これからもよろしくお願い申し上げますぞ」

「ははは。お手柔らかにお願い致す」


 そう快活に述べてきたのは一条信龍である。しかし、彼の目は笑っていなかった。これからは惜しみのない援助を強請られてしまうだろう。そしてそれに応えなければならない。


 つまるところ財布に成り下がった訳だ。もし、この縁談を断っていたらと思うとゾッとする。一向宗でも嗾けられていただろう。まあ、財布になることは吝かではない。代わりに甲州金を譲ってもらおう。


 その後も列席者から祝いの言葉と進物をいただき――表面上は――幸せな時間が過ぎる。宴も闌というところで皆が帰っていく。そして最後に彼らがやってきた。ここからが本番な気がする。


「このようなお祝いしかできず申し訳ございませぬ。三河では正月から我ら本願寺門徒が蜂起をする予定となっており、何かと物入りでして」


 本願寺の顕如の名代である実悟であった。顕如は信玄公と義兄弟だ。この婚儀は無視できなかったと見える。しかし、三河で一揆か。これは支援するべきである。


 今の内から徳川の力を削げるのであれば積極的に削いでおきたい。ひいては甲斐武田のためになるはずだ。顕如に請われて信玄公の顔を立てるために援助したとでも言えば良い。支援する代わりに加賀の一向宗に付いてごめんなさいをしよう。


 それに下手をしたら加賀の一向宗と敵対する可能性がある。今のうちに恩を売り、加賀の一向宗と敵対関係になったときの調停役を頼むことにしよう。


 その時は全力で朝倉を敵に回す予定だ。朝倉に命令されて仕方なく加賀の一向宗に刃を向けた。本当はそんなことをしたくは無かったと泣いて許しを請う他あるまい。


 念には念を。一応、加賀と越前の関係が芳しくないことを――重々承知だろうが――匂わせておくことにする。


「そうでしたか。それでは当家からも幾許か支援いたしましょう。飢えぬよう、兵糧をお送りさせていただきたい」

「おお! それは有り難い! 必ずや顕如上人にお伝えいたしまする」

「いえいえ。そして困ったことになりましてな。叔父である朝倉左衛門督様が加賀の征伐に乗り出し、我らも同道する羽目になりましてな。どうしたものかと頭を悩ませておりまする」

「それは……お困りでしょうな」

「そこで顕如上人のお力で越前と加賀にて和議を結べないかと考えておりまする。もちろん、タダでとは言いませぬが……」

「わかりました。そこまで仰られるのであれば一肌脱ぎましょう。顕如上人にしかとお伝えいたしまする」


 そう述べて深々と頭を下げる実悟。これで少しでも織田と徳川の力を削ぐことが出来れば御の字だ。まだ、織田には畿内に入ってきて欲しくないのである。


 また、越前と加賀で和議が結べたらば兵の損失も抑えながら敦賀を奪うことが出来る。銭は大きく失うが、それはまた稼げば良い。育てた人は死んだら帰って来ないのだ。


 こういうやり取りがそこかしこで行われていた。公方と話す武田義信。その義信と話す三条西。そして一条信龍と話す本願寺の実悟。各人の思惑が乱れ飛ぶ。


 ただ、俺だってタダでは転ばない。一条信龍には甲斐から今川仮名目録と甲州法度次第の二つを持ってこさせた。いわゆる分国法だ。俺も分国法を制定する必要があると思っている。これは参考にさせてもらおう。


 勿論、参考にならない部分は反面教師とさせてもらうつもりだ。甲斐の税制は酷いと聞く。それは反面教師とさせてもらおう。領地での揉め事が増えてきた。はやく分国法を制定せねば。


 この婚姻でとりあえず甲斐の武田とは同盟関係になった。こちらは一長一短だ。それに断れなかった。致し方ないだろう。ただ、良い点もある。


 本願寺と適度に仲良くなれたことだ。なにせ武田信玄と本願寺の顕如は義兄弟である。つまり、俺の祖父の妹の旦那が顕如。重要なのはこの『適度に』という部分なのである。


 今はまだ本願寺と、一向宗と仲良くしていきたい。何せ朝倉という共通の敵を持つ仲間だ。俺が越前を食らうまでは仲良くしておきたい。その後は、まあ、流れによる。


 その朝倉と加賀の一向宗を相手取ることになってしまったが、それも回避できそうである。やはり、世の中は銭で回っているのだなとしみじみ思う。


 あとは武田義信を押し付けられないよう、こちらから義信に積極的な支援をしてあげれば良いのだ。俺にできること。それは唆すことしかない。唆された義信がどうなろうが知ったことじゃない。


「御義父上。此度は私目に良縁をありがとうございまする」

「なに。気にするでない。同じ武田ではないか」

「同じ武田ではございませぬ。我らは若狭の武田、御義父上は甲斐の武田を継ぐお方にございまする。また、義母上の御実家である今川家とも縁をいただくことができ、嬉しく思いまする。こちらは御義父上と今川殿にお心ばかりではございますがご笑納いただけますと幸いにございまする」


 そう言いながら明智十兵衛から受け取った小さな箱を武田義信の前に押し出した。後で今川の岡部元信にも同じようにお渡しする。彼には何かあったとき、力になるので困ったら私を尋ねられよと言伝も添えて。


 小さな箱ではあるが、中には銀をぎっしりと詰め込んである。甲斐では金は採れるが銀は採れないはず。そして帰りに米をたんまりと持って帰らせよう。この銀は生野で採掘された銀である。


「おお! これはかたじけない。ありがたく頂戴致す。我らからは娘と共に飯富兵部を其方の寄騎とすることにした。これは御屋形様の仰せだ。これからも良しなに頼むぞ、婿殿」

「勿論にございます。ただ……」


 そこで少し悲しそうな顔をする。すると案の定、義信が俺に対し、「如何なされた?」と尋ねてきた。俺は食いついたと言わんばかりに懸念を口に出す。


「信玄公が湊を狙うため、今川殿をお襲いになるとの噂が耳に入っておりまする。今川殿は私の義母上の実家となりまする。それが不安で不安でなりませぬ」


 少しわざとらし過ぎただろうか。今川義元が討ち死にし、三河の松平(徳川)家康が独立した今、今川家の求心力は落ちてきているといっても過言ではない。


 本来なら上杉を討ち果たし日本海側の湊を手にしたいのだろうが、それは叶わない。上杉謙信を打ち破れないからだ。未だ会ったことはないが、おそらくは化け物なのだろう。


 であれば南の今川を、同盟を破棄してでも奪いに行くだろう。事実、俺の記憶ではそうなっていた。この国でもそうなるはず。それが一番合理的な選択だ。


 ここから家康の調略により今川家からの離反が進むだろう。そうなると終わりだな。さて、俺ならばどうするか。やはり三河の一向宗と足並みを揃えるべきだ。これは助言すれば実現するか。敵の敵は味方だぞ。


 これは今川氏真にも一言伝えておくべきだろう。家臣の離反を避けるべく、温和に穏便に行動するべしと。全ては家康の策であると伝えるべきだ。おっと、話を戻そう。


「川中島の戦でもご活躍なされたとお伺いしました。信玄公は二十歳そこそこで家督を手にしたと伺っております。一日も早く御義父上が家督を継がれることを願っておりまする」


 そう述べて低頭する。これで義信の心に家督が刻まれたら儲けものだ。信玄公は二十歳で家督を奪っている。義信が俺にも出来ると思い込んでくれたら幸いである。


「この度は誠におめでとうございまする」


 そう言ってやってきたのは朝倉景恒だ。義景の名代としてきているが、果たしてどこまでが本当だろうか。景恒の独断だろうか。義景が祝いの使者を寄越すとは思ってもみなかった。


「ありがとうございまする。兄上のことは十兵衛より伺っており申す。誠に残念であった」


 ここで顔を伏せる。俺は景恒派であることをアピールしておきたい。もっと越前国を割れさせておきたいのだ。景鏡の好きにはさせたくないのである。


「ありがとうございまする。その言葉だけで兄も報われましょう」


 さて、朝倉の真意が読めない以上は仕方がない。後で十兵衛や上野之助に探ってもらうとして、俺はにこやかに会談を終えた。おそらくだが、景恒が京に上っている間に景鏡が暗躍しているのだろう。そのために景鏡が景恒を使者にしたに違いない。


 それから岡部元信にも銀を手渡し、義父上とも話した先程の件を伝える。岡部元信は家康を憎んでいるはず。この話は良いように今川氏真に伝えてくれるだろう。


「取り計らい感謝いたす。必ずや我が主にお伝えいたしましょう。この御高配は忘れませぬ」

「気にしないでいただきたい。今川殿は我が妻の縁戚にござれば。何かお困りごとがございましたら当家にお申し付けいただくよう、お伝え下され。お力添え致す」

「ははっ」


 これで徳川を、ひいては織田を少しでも弱めることが出来れば。ここから先は運を天に任せるほかない。俺は祝言をそっちのけで天に祈るのであった。

戦記物です。


面白くできたと思いますので、ブックマークだけでもしてくれると嬉しいです。

応援、よろしくお願いいたします。


餓える紫狼の征服譚 ~ただの傭兵に過ぎない青年が持ち前の武力ひとつで成り上がって大陸に覇を唱えるに至るまでのお話~

https://ncode.syosetu.com/n5601ie/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

餓える紫狼の征服譚の第2巻が予約受付中です。

あの、予約にご協力をお願いします。それなりに面白く仕上がってますので、助けると思ってご協力ください。

詳しくはこちらの画像をタップしてください。

image.jpg

応援、よろしくお願い申し上げます。


― 新着の感想 ―
[一言] 連載再開おめでとうございます。改稿は大変だと思いますが、更新を楽しみにしております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ