敦賀と朝倉と祝言と
永禄五年(一五六二年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
そろそろ敦賀を押さえるか。いや、押さえねばならぬ。敦賀を押さえることで日本海から京へと繋がる海路を寡占することができるのだ。
現状、京への船便は我らが有する小浜と朝倉が有する敦賀、そして三好が押さえる堺の三つが主なルートである。
そこで小浜と敦賀の両方を押さえることが出来れば東日本から来る京への荷を俺が自由に操ることができるのだ。これは大きな武器になる。
問題は朝倉と事を構えて良いのか、という点だ。我ら若狭武田は三十万石にも満たない身代である。家臣団の絆も浅い。
対して、越前は五十万石はあるだろう。これだけでも手強いというのに浅井という問題もある。浅井が朝倉と共に攻め込んできたら一堪りも無い。うん。物理的に抑えるのは止めよう。それだと朝倉と全面戦争になってしまう。
何か良い方法は無いだろうか。取り合えず、若狭の最東端を任せている国吉城の上野之助から話を聞くとしよう。伝左を供に国吉まで向かう。上野之助は相変わらず目の下に大きな隈を作っている。
「これは遠いところを良くお越しくださりました。して、本日は如何様なご用向きで」
「うむ。嶋左近は良く働いておるか?」
「ええ。あの御仁は優秀ですな。良く地を治めておりまする」
「そうか。ゆくゆくは要衝を任せるとしようか。例えば、敦賀のような」
そう述べてニヤリと笑う。それだけで上野之助は俺の意図を汲んでくれたようだ。俺が敦賀を手に入れたいと願っているということを。上野之助は淡々と敦賀の情報を述べ始めた。
「相変わらず朝倉九郎左衛門尉殿は敦賀に引き籠もって居りまする。また、次男の松林院鷹瑳を還俗させたようにございまする。そして朝倉孫八郎とは依然としていがみ合っている様子」
朝倉孫八郎。ああ、朝倉景鏡か。この男の評判は現代でもよろしくなかった気がする。朝倉家中の内紛をもっと大きなものにできれば良いのだが。ここは敦賀郡司の朝倉景紀、景恒の親子に肩入れするか。
それに、敦賀には毒を仕込んである。前々から仕込み続けてあった毒だ。今、それを使う時なのかもしれない。しかし、朝倉景鏡。どこかで聞いたことのある名前だ。
そこで俺は上野之助にこのような指示を出した。
「上野之助、敦賀への荷を止めろ。全ての荷をだ。そして澄み酒も椎茸も全てを小浜に流すのだ。組屋の源四郎と古関利兵衛には俺から話を通しておく。其方は道川兵衛三郎を頼む。できるだけ穏便にな。せめて荷を買ってやれ。底値でな」
「成る程。良き策かと。朝倉九郎左衛門尉殿が困窮し始めたら手を差し伸べようかと存じまする。出来るだけ恩着せがましく」
上野之助は俺の考えを正確に理解しているようだ。これで敦賀、ひいては朝倉が困ってくるはずである。まだ、朝倉には三国湊があるが、京に近いのは敦賀湊だ。
今までは俺達が流していた澄み酒や蕎麦等の特産品で潤っていたのだが、それらの供給が一気に止まったらどうなるだろうか。怪しむだろう。
そして、その供給が敦賀ではなく一気に小浜に流れるのである。そして敦賀には太刀に蘇、それからチーズに干し椎茸と、その全てを敦賀から引き揚げ、小浜に流すのである。
また、艘別銭も敦賀より安くしよう。うんと安くして敦賀の商船を小浜へ引っ張ってくるのだ。さて、朝倉がどういう反応をするか楽しみだ。別に敵対している訳ではないぞ。ただ、自領を富ませようとしているだけである。
排他的なのも良いが、それだと他国に置いて行かれるだけである。いつまでお高く留まっていられるか見物させてもらうとしよう。まるで鎖国した後の日本だな。
それから国吉城の出城を築くことにする。国吉から更に敦賀に近付いた岩出山にでも築くとしようか。そこに将兵を詰めさせ、有事に備える。此処からは対朝倉と対毛利を視野に入れて動かねばならん。
出来れば狩倉山に築きたいが、それは流石に挑発が過ぎる。向こうに体制を整えられて攻め込まれたら不利になるのは我らなのだから。いや、そうなったらばいっそのこと一向宗と挟撃するのも面白いかもしれぬ。
「それはそうと御屋形様。祝言の準備は如何でしょうや」
「う゛っ」
主君の忘れたい記憶を気にせず掘り起こしてくる上野之助。正面から嗜めてくるとは。此奴、出来る。と言うよりも、祝言に関しては明智十兵衛と細川兵部の二人に任せている。連絡が来るまで待機だ。待機。
こんな話を上野之助としたからだろう。数日後に十兵衛から連絡が来てしまったではないか。何でも祝言の準備ができたと。折角なので京の御所で執り行うようだ。公方の甥だからな。血縁者だぞ。
これは足利義輝の思惑が透けて見える。甥である俺と甲斐の虎と称される武田信玄の孫の婚儀だ。それを御所で執り行い、将軍家の権威回復を目論んでいるのだろう。
まあ、烏帽子親であり俺の後見でもある。父が生きていれば話は変わっただろうが、名分は十分にあると言えるだろう。さて、急ぎ祝言の礼儀作法を十兵衛と兵部に教わらなければ。
こうして俺は権謀術数の渦巻く祝言へと向かうことになったのであった。
戦記物です。
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餓える紫狼の征服譚 ~ただの傭兵に過ぎない青年が持ち前の武力ひとつで成り上がって大陸に覇を唱えるに至るまでのお話~
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