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戦武成伝の覚悟

 何はともあれ、公方である足利義輝の元に向かい、戦勝のお祝いを言祝がなければならない。相州派の冬廣の脇差に干し椎茸、澄み酒に昆布などお祝い品を持って俺自身が二条の御所へと急ぎ向かうことにした。


 若狭から京の二条の御所であれば馬を飛ばせばすぐである。細川藤孝に急ぎ護衛をさせ、馬を飛ばした。馬を使い潰す訳にはいかなかったので、移動には丸一日を要した。これは京までの街道の整備を急がねばならないな。

 

「公方様におかれましては御戦勝、真におめでとうございまする」

「ありがとう、孫犬丸。やっと京へと戻って一心地ついたわ。伊勢伊勢守も居らぬ様だし、政にも精が出るというものよ」


 ご機嫌な公方義輝に更にご機嫌になってもらうため、贈り物を渡す。細川藤孝に合図を出して持ってきた数々の品を公方義輝の眼前に並べた。本当に銀山を手に入れて良かったと思う。それが無かったら今でも火の車だ。


「ご笑納下さいませ」

「おお、どれも見事なものばかりである。ありがたく頂戴するぞ。時に孫犬丸。元服の件は覚えておろうな?」

「……勿論にございまする。公方様のお言葉、どうしてお忘れしましょうか」

「ならば話が早い。であれば祝言も一緒に行ってしまおうぞ。日付は吉日を選んで行うとしよう。それでよろしいか?」


 よろしいかと確認いただいているが、これは確認ではない。命令だ。俺の回答は、はいか承知の二択しかないのだ。深く頭を垂れて「はっ」と短く回答する。


「であれば元服と祝言の準備を行いまする。公方様にはお日にちをお決めいただき、公方様の知人をご招待いただければと存じまする。それでは急ぎ、用意いたします」

「勿論だ。儂の甥じゃからの。文武百官に言祝がせよう」


 つまり、俺が言いたかったのは甲斐の武田には公方様から連絡してね、という意味である。どれだけの客がお祝いに訪ねてくれるだろうか。


 まず、若狭武田と甲斐武田が盛大に祝うだろうな。六角や今川も来るだろうか。公家からも来るかもしれない。いや、どうだろうか。甲斐武田は祝ってくれるのだろうか。


「それから但馬の山名の件だが、上手くやったものよ。止める暇も無かったわ」

「ははっ。恐れ入りまする。止めようと致したのでございますが、何分、若輩者でして家臣を制止することが出来ませなんだ。また、垣屋越前守が山名に怨嗟の念を持っていた様子にございます。私ではどうすることも出来ず、申し訳なく思うております」


 謝罪して低頭する。完璧な言い訳だ。自分でも良くこんなすらすらと出てきたと思うわ。責任のほとんどを自分の不忠と垣屋に押し付けてやった。俺はまだまだ若輩者なのだ。


「ああ、良い良い。もう過ぎてしまったことは致し方ない。覆水は盆に返らぬのだ。儂も腹を括ったわ。なので、其方も腹を括れ」

「と、申されますと?」

「この際だ。因幡も喰ろうてしまえ。因幡守護の山名はもう当てにならん。其の方が飲み込め。御教書も御内書も出せぬが、陰ながら助力してやろうぞ」

「ははっ」

「その代わり、三好を誅するのを手伝え。因幡も喰らえば一万の兵を動かせよう。それにて三好を討ち果たすのだ」


 成る程。中々に合理的な考えをするじゃないか。少し見直してしまった。いや、身内に甘いだけかもしれない。しかし、それを許してもらえているということが重要なのだ。


 俺が因幡国を取って安定させれば確かに一万を動員できるかもしれぬ。しかし、それは西の毛利や東の朝倉から横槍が来なければだ。


 そして足利義輝は公方だ。号令を出せば西と東の横槍を防ぐことはおろか、動員することも可能だろう。毛利と尼子、それから朝倉が従えばあり得ぬ話ではない。まあ、従わないのであり得ないのだが。


 先程まで協力していた三好を誅せとは。公方ながら節操が無いというか。もっとどっしりと構えていただきたいものである。ということはだ。三好とは和解したわけではないのか。


 さて、問題はこの話に伸るか反るかである。伸る一択だろうな。断ったところで結局は三好への戦に駆り出されるのだ。それであれば受けて因幡を手中にしてしまった方が話が早い。


 何故ここまで配慮してくれるのか。それは俺が甥だからに他ならないだろう。つまり、俺は裏切らない。素直に従うと思っているのだ。甘い、甘いぞ。俺は表情を読まれぬよう、深く頭を下げる。


「ははっ。その命、謹んで拝命いたしまする」

「うむ。良きに計らえ。毛利と尼子の和議ももう直ぐで相成る。さすれば毛利、尼子、其方、朝倉、浅井、六角、畠山、北畠の三好包囲網よ」


 毛利と尼子の和睦に将軍が絡んでいるのか。後で黒川衆に探らせよう。しかし、夢物語だな。俺も思ったがこれは無理だ。成ることはない。


「では、急ぎ準備いたしまする」


 それだけを述べて公方義輝の前を後にする。様々なことを考えながら帰路に着いた。まず、祝言は明智光秀と細川藤孝に仕切らせよう。彼らは教養高く、有職故実にも通じている。


 一番頭を悩ませるのは武田義信だ。甲斐の武田でもじりじりと疎まれ始めているらしい。しかし、義信が何と言おうと武田は今川を攻めるしかないのだ。


 弱った今川を攻めて港を取る。義信も頭では理解しているはずだ。でも納得はできていないのだろう。本当に娘についてきたらどうしよう。こちらでも手に余るぞ。


 いや、それはない。正妻である三条夫人との子だ。彼が嫡男であることは変わりない。側近を剥いでしまえば謀を練ることも能わなくなる。そして、こちらから暴発を狙うのだ。武田信玄の狙い通りに進ませはしない。足搔けるだけ足搔いてやる。


 もし、祝言に一条信龍が来たら——というか必ず来るだろう——どうするか話し合わねばなるまい。甲斐の武田、信玄公はどう思っているのだろうか。信玄公はまだ四十。そして子供ができたばかりでもある。老いて尚盛んということだ。


 若狭の武田が甲斐の武田に飲み込まれるか。それとも踏み止まれるか。あの信玄公の孫娘の婿に選ばれたのだ。それは光栄に思おう。


「兵部、済まないが元服と祝言の準備を十兵衛と共に行ってくれ」

「承知致しました」


 ああ、数え十一歳で結婚か。もう、腹を括ろう。俺は生き残る。武田にも三好にも織田にも食われはしない。俺はこの世界で生き残ると決めたのだ。


 この乱世を、戦国の世を、若狭武田家を率い、戦場では武を持って成り上がり伝説となってみせる。

戦記物です。

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