嫁がせる意味
永禄五年(一五六二年)六月 若狭国 後瀬山城 小浜の湊
「アンタが大将だろ! 俺を雇ってくれよ! 良い仕事すんぜ!」
俺が源四郎と小浜の湊で商いの話をしていたところ、一人の若武者が俺に向かってそう話しかけてきた。こちらとしては手に入れた銀山の銀を売り飛ばしたくて仕方がないのだが、いったい何の用だというのだろう。
話しかけてきた相手は二十代半ばの派手な格好をした海の男だ。何と言うか、荒い。その一言に尽きる。護衛として同道していた伝左があからさまに警戒していた。
「俺はな、奈佐日本之介ってんだ。元々は田結庄の旦那の元に居たんだが、アイツはもうダメだ。ってんで新しい雇い主を探してるんだがよ。どうだ? 雇わねぇか? 良い仕事するぜ。海のことなら任せておけよ」
そういえば俺は水軍を持っていない。若狭、丹後、但馬のどれもが海に面しているというのにだ。そう考えるとこの日本之介の力は必要な気がしてきたのであった。
「日本之介とやら。其方は何人の手下を従えているのだ?」
「ま、ざっと五十人は居るな」
「ほう。では明日までに全員を小浜の湊へ呼べ。そうしたら雇うのも吝かではないぞ」
「言ったな。その言葉、忘れるんじゃねぇぞ!」
捨て台詞を吐いて去って行く日本之介。本当に連れてくることができたら厚遇を持って迎え入れることにしよう。五十人の海賊は使い道があるやもしれん。これから日本海側の地域を制覇していくとなれば尚のことだ。
そして翌日。日本之介は本当に小浜の浜に手下を連れてやってきた。その数は七十人。どうやら大言壮語ではなかったようだ。彼らを召し抱えるとしよう。なに、銭ならある。借銭を返しても余るほどの銭が。
それが銀山というものだ。掘れば掘るだけ出てくる打ち出の小槌のようなもの。それが俺の銀山の認識だった。この当時の石見銀山は世界の銀の一割を産出していたらしい。
そこには劣るが、それでも銀を産出することが出来る。灰吹き法などの最新技術を用いて銀を精製する質、技術共に高めていく必要がある。ふふふ、楽しみで仕方がない。
「ほう。やるではないか。では腕前の程も見せてもらおうか」
「仕方ねぇな。おら、野郎ども! ちょっくら海に出るぞ!」
「「応!」」
そう言って小早で海に出る。それを見事巧みに操るではないか。さすがは海賊である。これは十分に召し抱えても良い実力である。もし、毛利とことを構えることになったら彼らに尽力してもらうとしよう。
「分かった。其の方等を召し抱える。しっかりと励め」
「お! おお!! 話が分かるじゃねぇか。けちの田結庄とは大違いだな。これからもよろしく頼むぜ」
「まずは海運の護衛からだ。詳しくは源四郎に尋ねよ」
「あいよっ!」
大声で笑いながら去って行く日本之介。これは良い拾い物をした。これで海運に本腰を入れることができそうだ。
陸路よりも海路の方が運べる荷の量が桁違いに多い。武田信玄が湊を欲しがるのも頷ける。そして若狭・丹後・但馬の国主が商船を護衛するのだ。安心感は桁違いに上がるに違いない。
物が動けば様々な相乗効果が生まれる。銭も動くし情報も動く。人も動く。新たな産物が生まれる。雇用も生まれるのだ。
そう思っていたのも束の間。伝左が小浜の湊に下りてきた。どうやら来客があった様だ。
「御屋形様、細川兵部大輔殿が登城されて、御屋形様に御目通り願いたいと」
「兵部が。すぐに戻ろう」
後瀬山城に戻り、すぐに細川藤孝を招き入れる。彼の表情がどうにも読めない。良くないことが起きたのだろうか。心の準備をしてから話を聞くことにする。
「如何した。細川兵部」
「謀られました。六角が京を三好に明け渡しましてございまする。そして伊勢伊勢守が罷免され、そのまま船岡山にて挙兵された模様。兄者も船岡山に」
「真か!?」
思わず腰が浮いた。しかし、あの三淵が挙兵するとは思えぬ。あれだけの忠臣が公方義輝に弓引くなど。きっと裏があるに違いない。
「真にございまする。今思えば兄者が石清水八幡宮におらなんだのはこのためかと。全て三好と仕組んで伊勢伊勢守を追い出したのにございまする。六角殿も公方様から兵を引いて欲しいと請われたとか。どうやってあの公方様を説得したのかご教示いただきたいものでございますな」
この言葉を聞いて全て合点がいった。だから公方義輝は御所を追い出されても落ち着いて居たのか。
自分に従わない伊勢貞孝を誅するために。段々と俺の顔から血の気が引いて行く。まさか、自分が公方義輝に嵌められるとは。いつの間にか義輝を下に見ていた。これは戒めだな。
「兄上はどうやら伊勢伊勢守の傍におったようでございます。動きを逐一、知らせていたようで」
「獅子身中の虫だったか。挙兵はどうなったのだ?」
「松永弾正殿が派兵されたとの由。恐らくは――」
負けだろうな。将軍と日本の副王を敵に回したのだ。それで生き残れるはずがない。これで趨勢は決した。認めよう。三好と足利に一杯食わされたことを。しかし、これは三好と足利が和解したということなのだろうか。
そしてまた一つ繋がる。だから畠山の挙兵に加われと公方から知らせが来なかったのか。三好も憎いが伊勢も憎いか。伊勢は我らの親族ぞ。
「細川兵部、急ぎ公方様の元へ向かってくれ。まずは戦勝の祝いだ。それから、俺は元服するぞ。これは約束だからな」
「ははっ」
それから諸将にも俺が元服するという触れを出す。そして元服するということは妻を娶るということでもある。妻を娶るということは、つまりはそういうことだ。
何故俺が甲斐の武田から妻を娶ることになるのか。本来ならば宇喜多か浦上あたりから妻をもらいたかった。いや、毛利から貰っても良い。しかし、何故だか甲斐武田から貰うことになってしまったのだ。
甲斐武田のごたごたに我らを巻き込まないでほしいものである。上手く立ち回らなければ。
最悪の想定が過ぎる。それは武田信玄が美濃を狙うということだ。我ら若狭武田と甲斐武田で美濃を挟撃する。美濃を奪えば京はすぐそこだ。
それに美濃は豊かである。貧しい甲斐や信濃とは大違いなのである。交通の要衝にもなっており、実入りが良い。狙いたくなる気持ちは理解できる。
我らも二十万石はある。甲斐の武田は百万石を越えているだろう。東西の両方から攻めれば美濃は獲れるのだ。そのことに信玄が気付いていないわけがない。
そうなるとどうなるか。織田と敵対することになる。美濃の国主であった斎藤道三は娘婿の織田信長に国を譲ると言ったそうだ。それを口実に織田信長は攻め込んでいるのである。
そうなったら泥沼だ。それだけは避けたい。俺の目は西の毛利に向いていないが東の織田にも向いていないのだ。
しかし、どちらもいずれはぶつかる相手。俺はただただ頭を悩ませるのであった。
戦記物です。
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餓える紫狼の征服譚 ~ただの傭兵に過ぎない青年が持ち前の武力ひとつで成り上がって大陸に覇を唱えるに至るまでのお話~
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