嘆願
ご無沙汰しておりました。
今日は一色重之が会いたいというので時間を取っている。いったい何の用事だろうか。もしかして、但馬国攻めの論功行賞に不満があったとか。
但馬国攻めは城を落とした褒美として一色重之は二千石の加増をしていたのだ。もちろん、前田利家、山内一豊、熊谷直之も評価している。今回の褒美は大盤振る舞いであった。
と言うのも、此隅山城に眠っていた銭財宝の類をごっそり持ち帰ってきたからである。特に銀が豊富に眠っていた。これは生野銀山から採れた銀だろう。
これで銀山が俺のものになった。そして但馬国には金山も眠っていたはず。金山と銀山を駆使すれば借銭などあっという間に返済できるに違いない!
「失礼いたします。一色右馬三郎様がお越しになりました」
「通せ」
一色重之が入室してくる。そして俺に正対すると胡坐をかき、両手のこぶしを床に付けて深く頭を下げながら、こう述べた。
「此度は御屋形様にお願いがあり、参上仕りましてございます」
「願いか。何だ?」
加増願いだろうか。それとも転封か。一色と所縁のある地に変えて欲しいと言われた場合、どうするべきか。謀反の可能性が高まってしまう。それだけは避けたい。
「兄のことでございます」
「一色五郎か。如何した?」
一色五郎は未だ内藤筑前守に預けられている。しかし、そろそろ腹を召させねばならんな。そう思っていたところであった。そして、一色重之の願い。大体予想がついてきた。
「どうか兄を、兄を助命いただけませぬでしょうか。この通りにございまする」
さて、どうするべきか。一色義定の求心力は馬鹿にならない。かといって突っ撥ねるのも一色重之の反感を買ってしまうだろう。まだ、反感は買いたくない。買うならばもう少し後だ。
そこで俺は思案した結果、かなり厳しい条件を出すことにした。それで納得するのであれば一色義定を助命するのも吝かではない。そう自分に言い聞かせる。
「どうしてもか?」
「はい、どうしてもでございまする」
「そうか……ならば条件が二つある。まず一つ目、助命する代わりに一色五郎を仏門に入れること。そして二つ目、其方の領地を千石まで減封すること。この二点を飲めるのならば助命しようではないか」
千石。それではまともに家臣も養うことはできない。大半の家臣を帰農させるか、暇を出すしかなくなる。その覚悟が重之にあるだろうか。俺としてはどちらを選んでくれても構わない。
もし、この条件で断った場合、重之は自分を責めるだろう。だからといって兄を見殺しにすることは出来ない。重之が固まった。いつまでもこうしているわけにはいかないので、俺は催促する。
「どうした?」
「いえ……その……」
伏せている重之の額から汗が滴る。どうやら悩んでいるようだ。俺としては一色が弱体化してくれる方が助かる。その方向で助け舟を出してみようか。
「なんだ、其方の兄を思う気持ちはその程度だったか。体裁のためにそのようなことを口にしたのではあるまいな?」
「そのようなことは滅相も!」
「では、何を迷うことがある。領地は戦場にて功を立てれば取り返せるが、兄の命は頑張っても戻ることはないぞ」
重之の背中を押してやる。踏ん切りがついたのか、重之はそのまま「ありがとうございまする」とそう述べた。俺としても一色義定は殺すには惜しい男だと思っていた。向こうから助命嘆願に来てくれたのは却って好都合であった。
ただ、一色義定がこの助命嘆願を良しとしない場合もある。しかし、彼の説得は重之の役割だ。俺の仕事ではない。俺としては重之の家臣で有能そうな男が居れば引き抜きたい。それだけである。
良い風が吹いている。この勢いを落とさずに若狭、丹後、但馬の三国の内政を充実させよう。俺はホクホク顔で重之との面会を終わらせたのであった。
◇ ◇ ◇
但馬国 城崎郡 鶴ヶ峰城 垣屋光成
「大出世でございますな、父上」
そう述べたのは子の新五郎である。儂らは武田に味方することを決めた結果、身代が三万石から四万五千石へと大出世を遂げたのだ。そう言いたくなる気持ちも理解できる。
「まだまだ甘いぞ。儂らに与えられたのは田結庄の領地だけではない。田結庄ごと任されたのだ。彼奴等は必ずや儂らの足を引っ張るであろうよ」
田結庄を処断するにも処断する理由が必要になる。そしてその理由をお認めになるかどうかは御屋形様の御心ひとつなのだ。下手な真似は出来ない。
「さらに山名一族をどうするか考えねばならん。と言っても処断する以外の選択は無いのだがな」
これを御屋形様は良かれと思ってやっているのか、それとも自らの手を汚したくないがために儂らにやらせようとしているのか。どちらにせよ、憎き山名をこの手で葬れるのは気が晴れるというものである。
一族郎党悉く磔刑にしてやったわ。我らは山名の無駄な戦のせいで一族三百名以上が死んだのだ。それをたったの十数名で済ませただけでもありがたいと思って欲しいくらいである。
「新五郎、其方が城崎郡を治めてみるか」
「そ、某がでございますか?」
「そうだ。儂は田結庄とはそりが合わぬ。それに其方は御屋形様の覚えもめでたい。もちろん何かあれば儂が手助けするが、如何か?」
「お任せくだされ。某が立派に郡を治めて見せましょう」
新五郎は無能ではないのだが、良い子が過ぎる。それを見てこれ以上の躍進は難しいだろうなと悟った。悟ってしまった。乱世に向いていない性格なのだ。一皮むけるには何かきっかけが必要である。
また、戦で領地を広げたくても周囲は武田家に囲まれている。自由自治を認められているとしても、攻め込み先がないのだ。八方塞がりである。
「ふ、仕方がないか」
「何がでございますか?」
「いや、何でもない」
武田孫犬丸といったか。あれは間違いなく傑物である。あの男の目に息子が止まっただけでも良しとすることにしよう。
戦記物です。
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