父と祖父の確執
天文二十四年(一五五五年)九月 若狭国 大飯郡 砕導山城
俺は今日、伝左と共に砕導山城を訪ねている。目的は逸見駿河守昌経に会うためだ。もちろん事前に俺が向かうことを伝えている。
小浜から砕導山城は距離がある。片道で四時間以上は掛かるのだ。今日は砕導山城に泊まりになるだろう。外泊の許可を貰えるとは思っていなかったので驚いている。
父の義統は猛反対していたのだが、後押しをしてくれたのが祖父の信豊であった。どうやら祖父と逸見昌経は昵懇の仲らしい。
果たしてそれもどうか。丹波攻めで疲弊し辟易してるのではないだろうか。
俺は未だ朝倉宗滴の死を引きずっていた。宗滴の死が心に影をさしているのである。とりあえず、何か行動しなければならない。そう思っていたのかもしれない。これが正しいかどうかもわからずに。
一抹の不安を覚えながら砕導山城の門をくぐる。この砕導山城、中々に堅城だぞ。下手をしたら後瀬山城よりも堅く大きく広いかもしれない。
「孫犬丸様、お待ちしておりましたぞ。遠路はるばる、ようお越しくださった」
四十過ぎの中年の男性が俺を出迎えてくれた。その脇には八歳そこそこの男児が居た。どうやら嫡男のようである。俺は下馬し、二人に挨拶する。
「突然の訪問、申し訳ない。俺が孫犬丸である。よろしく頼むぞ」
「某が逸見駿河守昌経にございます。こちらは倅の源太に」
そう言うと源太が頭を下げた。好意的な姿勢で安堵する。さて、俺が砕導山城を訪れた表向きの理由だが巡幸のようなものである。まあ、天皇ではないので巡幸というよりは巡行か。
逸見氏と仲良くしたいというのが本音だ。逸見氏は郡代や守護代も務めたことのある家系である。この辺一帯を治めているのだ。敵対しなくて済むのならそれに越したことはない。
そのまま城内に案内される。案内してくれるのは源太であった。昌経は俺を持て成すための料理に余念がないらしい。別にそこまでしてもらわなくても。恐縮してしまう。
「堅強な城だな」
「先代様より西の守りを任せられておりますゆえ」
「俺も頼りにしている。これからも我ら武田家を支えて欲しい」
「もちろんでございます」
にこりと笑う源太。その笑顔を俺は信じても良いのだろうか。源太の肚の内が読めない。この戦国の世で生きているのだ。そう簡単に肚の内を悟られるようでは生きていけないだろう。
俺は御屋形様ではなく先代様と言ったのが気になった。どうやら父はお眼鏡に適わなかったらしい。果たして俺はどうだろうか。
城内を案内してもらった後、俺と伝左、昌経と源太の四人で車座になって夕食を囲む。車座にしたのは俺の要望である。そう畏まった場にしたくはなかった。
「このような豪勢な料理の御持て成し、ありがとうございまする」
「いやいや、なんの。この程度しか用意できず申し訳ない」
そこに並んでいたのは白米と大根の味噌汁。まず、白米というだけで豪華なのだ。この時代は赤米や黒米、いやそもそも粟や稗が主食なのである。
さらに鯵の塩焼きに瓜の漬物が並んでいた。十分に豪華な食事である。俺なんて普段の食事は麦の混ざった玄米だ。玄米は健康に良いし悪くはないんだけど、それでも白米が恋しくなる時がある。
父が白米を食うなと口煩いのである。それもこれも俺を育てようとしているのだから文句は言えないのだが。
「今日、俺が尋ねたのはな、他でもない。駿河守と腹を割って話したかったからなのだ」
「と仰いますと?」
「先の丹波出征では甚大な被害が出ただろう。そのことを恨んでいないか、と思うてな」
漬物を齧りながらそう述べる。それを聞いた昌経は驚いて目を丸くしていたが、箸を置いて俺に向き直り、俺の目を見ながらこう述べた。
「恨んではおりませぬ。某どもが被害を被ったのも事実。しかし、某がご隠居様を慕って付き従ったのでございます。これは自業自得というものでございますれば」
なんとも大人な考え方だろうか。この言葉を本心から発言しているのかどうかは定かではないが、もしも本心だとしたら殊勝な心掛けである。理由を相手に求めず自分に求める。
しかし、やはりご隠居様か。先程からこの『ご隠居様を慕って付き従っている』という点が引っ掛かる。今の当主は父である。昌経は父ではなく祖父を慕っているというのだ。
「今の当主は我が父なれば。その父を駿河守は如何見る?」
「心許なし。戦上手ではあるが、それだけである。当主とは戦が上手いだけでは務まらぬ」
父を一刀のもとに両断した。確かに当主の役目は国を富ませることであって戦に勝つことではない。戦に勝つことも役割の内だが、戦に勝つだけでは駄目である。
「其方の申す通りだな。返す言葉もない。戦が頻繁に起きれば国は疲れる。得るものの無い戦ほど虚しいものは無い」
「若様はよくお分かりになっておられる。これならば武田家も安泰だ。まあ、武田家が残っていればの話だが」
「これは手厳しい。もし、俺が助力を請うたら助けてくれるか?」
「否ですな。人を動かすには力が居るのです。それが利なのか理なのか義なのかは人それぞれでしょうが若様にはどれもない」
「何を言う。俺には未来があるぞ。俺の未来に賭けてみないか?」
真っ向から否定されたというのに、俺はにやりと笑って逸見昌経に声をかけた。驚いた顔で俺を見る昌経。どうやら一本取ることに成功したらしい。
「私は賭けても良いかと思います。父上」
そう述べたのは息子の源太であった。彼の関心を買うことは出来たようで一安心である。父親とそっくりな目で俺を見る源太。ここが勝負所だ。
「どうだ、駿河守。俺に源太を預けてみんか? 丁度、小姓を欲していたところなのだ」
同年代の話し相手が居ないことが小魚の小骨のように引っ掛かっていた。源太も俺より年上だがそれでも三、四歳ほどである。伝左とは二十近く離れているのだ。源太の方が話しやすい。
「ふむ、そうですな。考えておきましょう」
昌経がそう言った。俺は察する。遠回りに断りたいと思っているのだと。「そうか」と手短に返して、そこからは他愛もない話に花を咲かせるのであった。
◇ ◇ ◇
翌日、俺が帰ろうとしたところ。俺の横に並ぶ小さな影。それは他の誰でもない源太であった。下馬して俺に頭を下げてこう述べる。
「逸見源太と申します。以後、よろしくお願い申し上げまする」
「武田孫犬丸だ。今後ともよろしく頼むぞ」
逸見昌経の心は動かせなかったのだろうか。わからない。しかし、関心を買うことはできたと思う。その結果、源太を小姓として預かることが出来た。
やはりまだ動かすには影響力が足りないか。だが、少しずつ、一歩ずつだ。良い風が吹いていることを信じて。
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