父と子
但馬国 出石郡 此隅山城 山名祐豊
「ご報告にございます!」
「なんじゃ、騒々しい」
「因幡にて武田三河守、ご謀反! その数はおよそ四百!」
「なんじゃと!?」
寝耳に水の報告であった。詳しく聞くと山名豊弘を擁立して武田高信が独立を宣言。因幡守護である山名豊数を攻めていると聞く。儂は手に持っていた扇子を力任せに叩き折った。
「おのれ、三河守めぇっ。源八郎を呼べぇ! 今すぐにだっ!」
「はっ」
儂は中村豊重を呼び出し、武田高信討伐に向かわせる。豊弘め、とうとう儂に牙を剥きおったか。今日という今日は許せん。その首を刎ねてやる。
「お呼びでしょうか」
「話は聞いておるか。因幡にて武田三河守が謀反を起こしおった。済まぬが其方は源十郎の寄騎として三河守討伐に当たってもらいたい」
「承知仕りました」
「三河守の首をここへ持って参れ」
「ははっ」
中村豊重にそう命じる。問題は兵数だ。四百で鵯尾城に籠っていると言う。鵯尾城も堅固に改築してあるだろう。そう思うと、六百や七百のような少数では攻めても埒が明かぬ。
むしろ、それで引き分けに持ち込まれ、和議を結んで独立される方が厄介だ。兵は小出しにせず、一気に出すべきだろう。そう考えると千。いや、千五百は出す必要がある。
因幡で五百は用意できるだろう。それであれば千を儂が用意してやれば良いのじゃ。それくらいであれば農繁期であっても集められるはず。
田公と塩冶、それから田結庄に兵を出すよう指示を出す。儂と田結庄が三百、田公と塩冶が二百を出して千の兵が集まる算段だ。これならばなんとかなる。
八木と太田垣の領地から因幡は遠過ぎる。反発が大きくなりそうじゃ。彼奴等は武田の抑えに残しておくことにしよう。何やら公方様に丹後守護を願い出ていると聞く。それが叶えば攻め込んでくるのだろう。
それを八木と太田垣で抑える。また、赤松や浦上が攻め込んでくるかもしれぬ。垣屋も動かせん。だが、垣屋、八木、太田垣の三者の兵を集めれば千は集められるだろう。十分に守り切れる。
我ながら完璧な采配じゃ。さて、武田高信の首が届くのをゆっくりと待つとしようか。
◇ ◇ ◇
「ご報告にございます!」
「なんじゃ、騒々しい」
「若狭の武田が攻め込んで参りました! その数、およそ千!」
「なんじゃと!?」
「既に大井城まで進軍しているとの報告にございます!」
不味い。これは不味いぞ。大井城と言えば此隅山城から目と鼻の先ではないか。何故、気が付かなかったのか。儂が西ばかりに目を向けていたからだというのか。
その時、儂の脳内に嫌な予感がよぎった。もし、因幡と若狭の武田が手を組んでいたら。これが仕組まれたことであったならば。あまりにも上手く行き過ぎている。
「い、今すぐ垣屋と八木と太田垣に陣触れを出せ! この城に兵を集めるのじゃ!」
「は、ははっ!」
儂は急ぎ、城内の守りを固める。大丈夫。まだ一日や二日の猶予はある。それだけあれば垣屋らが少数でも兵を率いて後詰めに向かってくれるはずじゃ。まだ慌てる時ではない。
慌ただしく指示を出しながら後詰めが来るのを待つ。そして数刻した後に一人の兵士が何やら慌てながら儂のもとに走り込んできた。
「ご報告申し上げます!」
「後詰めが来たか! 八木か? それとも太田垣か?」
「武田勢が攻め込んで参りました! 只今、宗鏡寺砦に攻めかかっておりまする!」
「なんじゃと!?」
早い。あまりにも早過ぎる。我らの体勢はまだ十分とは言えぬが、それでもやるしかない。城が落ちるのが先か。それとも後詰めが届くのが先か。速度勝負である。
「宗鏡寺砦が陥落!」
「武田勢、三方に別れて攻め込んでまいります!」
次々と知らせが飛び交う。もう間に合わぬ。二百の兵で千を相手に守り切れるわけがないのだ。この場から逃げるべきか。逃げて再起を図ろうか。いや、しかし無事に逃げられるだろうか。それが問題だ。
「ご注進でございます! 七曜の紋がこちらに向かっておりまする!」
「七曜紋……垣屋か!」
これで首の皮一枚繋がった。その数はおよそ二百。それが武田の本陣を急襲すれば一気に形勢は逆転する。何とかなった。そう思っていた。
しかし、暮れど待てども垣屋から連絡は来ない。一体、何が起こっているのか。そう思っていた矢先に兵士が走り込んできた。背には矢が刺さり、息も絶え絶えである。
「垣屋隠岐守、武田に降った模様にございます!」
「なん……じゃと!?」
垣屋が武田に降った。何を言ってるのか理解できなかった。垣屋が儂を見限って武田に付いたということか。身体中から力が抜け落ちる。こうなっては太田垣も八木も来ぬだろう。
「息子を呼べ」
「はっ」
呆けている場合ではない。ここから抜け出さねば。城が落ちるのは時間の問題じゃ。郭も破られた。粘っているが、あと一押しで突破されるのが目に見えている。
「お連れいたしました」
徳石丸が来る。まだ三歳だ。せめて、こ奴だけでも逃げ延びて欲しい。一緒に逃げるべきか。それとも別々に逃げるべきか。悩む。
別々に逃げた方が山名の血が残る可能性が高くなる。しかし、徳石丸はまだ三つ。今別れたらば、今生の別れになるやもしれぬ。迷う。
散々悩み抜いた挙句、儂は徳石丸とは別の道で逃げ落ちることにする。その準備をしていた時だった。城門から大きな音が響いた。
突破された。もう残された時間はそう多くない。最後に徳石丸を強く抱きしめると儂は息子とは別々の道を歩むことにしたのであった。
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