此隅山城攻城戦
使者からの報告を聞くや否や、俺は準備を開始させた。武田高信が反旗を翻しているのだ。今が好機である。陣触れを出し、自身も出陣の用意をする。
太刀と鎧を着ることができる背丈になって来た。というのも、俺が肉食で牛乳や鶏卵、大豆等好き嫌いせずに何でも食べるからだろう。この時代の人と比較して背が伸びているのだ。
まずは全軍で弓木城で一泊し、兵を休める。そして早朝。まだ辺りが暗いにも関わらずまずは大井城を目掛けて走る。
その時間、およそ三時間だ。まだまだ時間はある。そして大井城で朝と昼を兼ねた食事休憩を挟むことにした。全員に鎧兜を着込ませる。ここから全員の顔つきが変わった。誰も彼もぎらついた眼をしている。
ある者は出世を。ある者は銭を。戦国の世では力次第で欲しいものが手に入る。俺はそんな兵士たちを見て良い傾向だと思った。欲は人を強くさせる。それが良い欲だろうと悪い欲だろうと。
俺が兵を率いて弓木城に向かったことは山名祐豊に届いているだろうか。だが、翌日に大井城に到着しているとは思うまい。既に武具馬兵糧の類は搬入済みである。
そして大井城にて休息を挟む。兵たちには軽食を与え、体力を回復してもらわねばならない。腹を満たし、喉を潤わせたここからが地獄だぞ。鎧兜を身に着けて移動するのだから。
更に三時間かけて大井城から此隅山城を目指して進む。ひたすら進む。ただ、進む。流石に中国大返しとまではいかないが、それでも進む。
すると、昼過ぎには此隅山城の近くへと到着することができた。なので、此隅山城に到着する直前で最後の休憩を挟むことにした。ただ、休憩ができるのは兵だけである。将は、軍議だ。
「各々方、兵は脱落していないな?」
周囲に確認を取る。どうやら誰も脱落してはいないようだ。それであれば、ここで休息を入れて一気に此隅山城へと攻めかかりたい。
「此隅山城の様子はどうだ?」
「慌ただしい様子でございます。方々へ使番を出しているところから見るに、我らへの対応は出来ていないかと。兵数は全体で三百。その程度かと」
そう答える十兵衛。そりゃそうだろう。じゃないと困る。こちらは七時間以上かけて五十キロの距離を走って来たのだから。時速に換算すると七キロか。やはり早歩きだな。
流石に一流のマラソンランナー並みの二時間では到着できず、三倍以上の時間がかかったが上々の結果だろう。後はこの大一番に勝てるかどうか、である。
「さて、じゃあ攻城戦へと移ろうか。垣屋殿と太田垣殿から援軍は来ない。俺達にも、山名右衛門督にもだ。まずは全軍をもって宗鏡寺砦を攻め落とす。そこから此隅山城攻めだ。此隅山城の攻め手は三つ。前田又左衛門、山内伊右衛門、熊谷大膳亮の三隊がそれぞれ攻め上がって欲しい」
そして熊谷大膳亮は囮だ。できれば熊谷大膳亮を本隊だと思い込ませたい。そこで熊谷大膳亮の部隊に旗を多く持たせる。俺の旗もだ。あくまで旗だけだ。
それから菊池治郎助を前田利家の寄騎に、梶又左衛門を山内一豊の寄騎にする。どちらかの隊が本丸まで到着すれば御の字だが、果たしてどうだろうか。
俺の隊と十兵衛の隊は本丸を制圧するために、できれば残しておきたい。つまり、五百の兵で何とかできないかと考えている訳だ。
ここで物見から詳細な報告が入った。どうやら此隅山城には三百もおらず、二百の兵しか入っていないようだ。となると、宗鏡寺砦に百か。そして籠城の準備も出来て居ない。落とせるぞ。
「まずは宗鏡寺砦を攻め落とす。疲れは癒えたか?」
首肯する又左衛門達。横たわっている兵士達を叩き起こし、隊列を組み直す。魚鱗の陣だ。勿論先頭は槍の又左その人である。殿軍は熊谷直之である。熊谷大膳亮ならば上手く調節してくれるだろう。
此隅山城にそれしか兵が居ないのであれば宗鏡寺砦はもっと少ないだろう。まずはそこを制圧して拠点とする。今、我らが休息を入れている時が奇襲の機会だったというのに。山名勢は好機を棒に振ったな。
俺が合図を送ると陣太鼓が鳴り響いた。全員が一斉に宗鏡寺砦に攻め掛かる。俺は大将らしく床几にどっしりと座って構える。この戦、俺が焦る要素はない、はずである。
しかし、宗鏡寺砦は文字通り砦だ。堀切も険しく、そう簡単に一番乗りができる程甘くはない。ただ、幸いなのは砦の中に百人程しか居ないという点だろう。さて、どうやって門を開けさせようか。
急いで落とさないと此隅山城の防備が整ってしまう。しかし、宗鏡寺砦を無視した場合、挟撃を受ける形となってしまう。しっかり宗鏡寺砦を占領しなければ。広野孫三郎が俺に問いかける。
「何か搦め手を用いますか?」
「いや、要らん。下手に奇策を用いるよりも正攻法が早いはずだ」
焦っては事をし損じる。下手に奇策を弄するよりも破城槌で門を叩いて行くのが最短である。射る弓の手は休めない。鈍い音が門から響いて来る。多勢に無勢だ。直ぐに門は開くだろう。
「中々どうして。落ち着いておられますな、御屋形様は」
そう述べたのは熊谷直之だ。そりゃ、後方で落ち着いて指揮出来ているのだ。前回の一色義定との戦に比べたら雲泥の差である。そう考えていると派手な音を立てて門が開いた。
「右筆、記せぃっ!」
そう叫びながら前田利家が突進して行く。どうやら一番槍と一番乗りを狙っているようだ。一番槍は武門の誉れだからな。だが、大将自ら乗り込むとは。士気は上がるが討ち取られたらどうするつもりだ。
「又左衛門、一番乗りぃっ!」
まずは宗鏡寺砦を占拠した。返す刀で前田利家と山内一豊を此隅山城へと向ける。俺と十兵衛は宗鏡寺砦の掃討と修繕を行い、付城としての機能を持たせることにした。
「熊谷の、陽動を頼む」
「承知つかまつりました」
二つ返事で承諾すると、熊谷直之が多数の旗を持った兵を率いて、わざと宗鏡寺砦から一番遠い北側の山道を選んで攻め掛かる。俺はこれが何を意味するのかすぐに理解できた。
成る程、老獪である。前田利家と山内一豊に割かれている兵を少しでも自分の持ち場へと惹きつけるためだろう。若者二人を補助するためにわざと遠くに陣取ったのだ。
さて、少ない兵をどのように割いて来るだろうか。熊谷直之に多くの兵を割いてくれたら勝ち目が見えて来る。しかし、現状がどうなっているかは分からない。使番の知らせだけが頼りだ。
「十兵衛、どうなると思う?」
「そうですな。順調なのであれば、そろそろ郭を落としたという知らせが届いても良いものですが」
その直後、使番がこちらに走りこんで来る。どうやら前田利家からの使番のようだ。走り込んで来て直ぐに跪くと俺と十兵衛に戦況を報告した。
「御注進でございます! 前田又左衛門殿、千畳敷を抜いてそのまま攻め上がりましてございまする」
「相分かった」
その後、山内一豊からも使番が来た。どうやら彼も郭の一つを抜いたらしい。
しかし、前田利家と山内一豊が烈火の如く攻め上がると敵方は彼らを止めるため、兵を多く割いて来るだろう。つまり、停滞するはずだ。そして閃く。
「十兵衛」
「はっ、何でございましょう」
「兵を率いて熊谷大膳と合流し、共に此隅山城を速やかに落として参れ。指揮は其方が取れ。勿論、旗を持っていくなよ。首も捨て置け」
「成る程。御屋形様は名将でございますな。信玄公もかくやという程の」
「世辞は良い。ここの兵を三百、持っていけ。こちらは百で構わぬ」
「承知しました」
明智光秀が旗を伏せながら兵を率いて北側に回る。残った俺は馬廻である二人の孫三郎と共に砦の防備を固めていた。流石は明智十兵衛。俺が言いたいことを一を聞いて十理解しおった。
どういうことか、簡単に説明しよう。
恐らく敵方は熊谷直之が囮であることをそろそろ見抜いているはずだ。いや、見抜いていなかったとしても危なくなっている南側を放っておく訳にはいかない。前田利家と山内一豊を止めに来るはずだ。
すると、今度は熊谷直之の北側が手薄になる。そこに明智光秀と三百の兵、熊谷と併せて四百の兵で攻め上がらせるのだ。敵方としては囮だと思っていた部隊が本命だったとは思いもしまい。
光秀は俺の意図を理解してくれている。だからこそ、旗を伏せさせ、内密に熊谷直之と合流を図っているのだ。そこから一気に駆け上がる。そうすれば流石に此隅山城の兵達はどうすることもできまい。
残りの問題は後詰めだ。援軍が送られてこなければ俺達の勝ちである。垣屋と太田垣は抑えた。田公と田結庄と塩冶は武田高信の討伐に出ている。この策、成った。そう思った。その時である。兵の一人が叫んだのは。
「御注進! こちらに向かっている一団があるとのこと! 旗印は七曜の紋にございまする! その数、およそ三百に!」
七曜紋。つまり、垣屋氏である。まさか、垣屋氏が山名の呼び声に応じたというのだろうか。どうする。このまま光秀達を攻め上がらせたままで良いのだろうか。
「急ぎ宗鏡寺砦の防備を固めよ!」
あれこれと考える前に、まずは宗鏡寺砦の防備を固める。相手の数は三百。それであれば砦で敵方の攻撃を防ぎ、前田利家か山内一豊に横槍を入れてもらえば勝てる。急ぎ、使番を走らせなければ。
「開門、開門!! 我は垣屋隠岐守の軍勢にござる! 武田様の後詰めに参った次第!」
一人の母衣武者が砦の前でそう叫ぶ。どうやら、垣屋氏の当主である垣屋光成の嫡男、垣屋恒総が後詰めに来てくれたようだ。
しかし、信用して中に招き入れても良いのだろうか。そのまま討ち取られるなどという間抜けな死に方は御免である。だが、招き入れなければ垣屋氏からの好感度は間違いなく下がる。急降下だ。
「……門を、開けよ。ただし、気を抜くな」
苦渋の決断だった。ここで門を開けなければ但馬国を掌握することができなくなってしまう。それだけは避けておきたい。皆の苦労が水泡と化してしまうからだ。
俺の心配とは裏腹に砦の中に入って来たのは五十名程であった。残りはどうやら此隅山城へと攻め掛かっているらしい。
「遅参、誠に申し訳ございませぬ。垣屋隠岐守にございまする。武田様がまさかこの様に早う此隅山城に攻め掛かるとは露程も思っておりませなんだ。この通り謝罪致しまする」
二十代半ばの精悍な武者が平伏してそう述べる。どうやら垣屋氏は臣従してくれるようだ。先程の考えは杞憂だったようである。ホッと胸を撫で下ろす。
「気にしないでいただきたい。それよりも馳せ参じてくれたことを非常に嬉しく思うぞ。垣屋殿が味方についてくれたのであれば百人力というもの。感謝の念しかないというものでござる」
謝辞を述べてから垣屋恒総を立ち上がらせる。それから各方面に使番を走らせた。垣屋氏が味方についたこと。そして、それを敵方に聞こえる様に喧伝すること。この二点を伝えてもらうためだ。
これで此隅山城は事実上の詰みである。ただでさえ、自軍だけでも落城に持っていけそうだったのだ。そこに後詰めが加わったのである。これで落とせない訳がない。
それから程無くして此隅山城は落城を迎えるのであった。
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