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風が吹けば桶屋が儲かる

 翌日にはいつもの面々に加えて山県源内、宇野勘解由の両名も後瀬山城に集まって居た。更に一色重之と逸見虎清も加えた。これは丹後衆や大飯郡を蔑ろにしないというアピールである。


「さて、皆揃ったな。今日集まってもらったのは他でもない。但馬攻めについてである。調略は如何か?」

「武田又五郎は此方に靡いてございまする」


 そう答えたのは叔父上である。やはり武田高信は城代では飽き足らず、一国一城の主となりたいようだ。その武田高信が鹿野城にいる山名豊数を攻めると約束してくれた。これは大きな援助である。


 それであれば先に武田高信が鹿野城を攻め、山名祐豊の目が西に向いたところで攻め込むのが効果的に思う。武士らしくはないが、この時代に正々堂々などと言ってられない。卑怯でも勝てるならやる。それまでである。


 俺は朝倉宗滴の言葉を忘れていない。


「垣屋と太田垣は如何であった?」

「はっ、垣屋越前守は未だに悩まれてるご様子にござる。あと一押しがあれば」

「太田垣土佐守も同様にござる。どちらに転ぶのが利が大きいか値踏みしているようにございますれば」


 そう報告する山県源内と宇野勘解由。やはり一筋縄では動かないようである。それではどうするか。パッと思いつくのは武力を見せつけるのはどうだろうか。俺は孫四郎に但馬国の地図を持って来させる。


 丹後国と隣接しているのは但馬国の出石郡と城崎郡である。そして出石郡は守護である山名祐豊の本拠である此隅山城がある。対して丹後国で但馬国と隣接しているのは熊野郡と中郡か。


 成る程、地図を見るとより理解できる。だから一色と婚姻同盟を結び関係を深めたのか。段々と考えが纏まってきた。やはり考えは人と話してまとめるに限る。


 山名祐豊が完全に掌握できているのは出石郡のみである。朝来郡には太田垣輝延、養父郡に八木豊信、気多郡には垣屋光成、城崎郡には田結庄是義、三含郡に垣屋豊続、七美郡には田公豊高、二方郡に塩冶高清と郡によって割拠しているのだ。


 それであれば出石郡を落とし、残りを烏合の衆としてしまえば各個撃破しやすいというもの。今は農繁期。雇い兵が多い我が武田が優勢のはずである。そして山名の兵のほとんどは西に向かっているはずなのだ。


「垣屋殿と太田垣殿を味方に引き込む必要はない。中立を保つよう伝えておけ。だが、本当に我が武田の傘下に降らなくて良いのか念押しだけはしておいてくれ」

「「ははっ」」


 頭を下げる山県源内と宇野勘解由。これは罠だ。垣屋も太田垣もここで武田に靡かなかったら後悔することになるぞ。時勢を読むことができるかどうか。見せてもらおうか。


「雇い兵の数は如何程である?」

「はっ。若狭でおよそ千程。丹後では未だ四百程となっておりまする」


 そう答えたのは十兵衛であった。やはり丹後では兵が集まって居ない。それもそのはずである。まだ領内が治っていないのだ。本当なら丹後の内政に注力したかったのに山名が変な横槍を入れるから。


 だが、若狭国内は良く雇い兵を雇えている。というのも、京や近江を追われた百姓や落ち武者が若狭まで足を延ばして雇い兵になっているというのだ。百姓は田畑を失ってしまっては犯罪に手を染めるしかないのである。


 そして雇い兵の数が大きく伸びたのは内藤筑前守重政が近江から無事に戻ってきたのが大きい。奴に任せていた人買いから買った即席の雇い兵がまるっと戻ってきたのだ。


 その大多数が雇い兵として働きたいと申し出てきたのである。こちらとしては願ったり適ったりだ。そのまま雇い兵として組み込むことにしたのである。


「分かった。今回は雇い兵だけで此隅山城を攻略するぞ。まずは兵を丹後の弓木城へと集めよ。兵糧は逸見駿河守の高浜城に集めるのだ。兵糧の手配は上野之助と駿河守に任す」

「ははっ」

「かしこまりました」

「さて、他に何かあるか?」


 そう尋ねたところ、手を挙げたのは内藤筑前守であった。昨日のこともあるし、なんだか気後れしてしまう。だからといって声をかけない訳にはいかない。恐る恐る、内藤筑前守に声をかけた。


「内藤の。なんぞある?」

「はっ。此度の出陣、兵を率いる将は何方になりましょうや。浅井と朝倉が虎視眈々と此方を狙っておりますぞ。今回は一向宗も居りませなんだ。それだけではござらん。六角様がまた兵を寄越せと難癖をつけるかもしれませぬ」


 六角の要請はのらりくらりと躱せば良い。しかし、浅井と朝倉が侵攻してきたら、そうも言ってられないだろう。攻め込む口実は……いくらでもあるか。さて、どうする。国吉城は十兵衛から上野之助になったんだったな。


「そうだな、上野之助は兵糧の用意のみだ。それ以降は朝倉に備えてくれ。朝倉に付け入る隙があれば良いのだがな。そうすれば攻め込まれることないよう、内情を乱すことが出来るのに」

「ありますぞ」

「え?」


 そう述べたのは十兵衛であった。そう言えば、十兵衛は越前に寄ってから若狭に来たんだった。そのせいか、朝倉の内情をよく知っているのだろう。彼を国吉城から外したのは悪手だったか。


「朝倉は金吾殿が亡くなられて以降、家中が纏まっておりませぬ。この前の一向宗の対応が良い例でしょう」


 これは後から知ったのだが、我らの手はずで一向宗が越前に攻め込んだ際、誰が朝倉軍の大将を務めるかで揉めているのだ。何故揉めるか、それは朝倉義景が出陣しないからである。


 特に敦賀郡司であり朝倉宗滴の養子である朝倉景紀と、朝倉義景の従弟で大野郡司である朝倉景鏡が朝倉家の軍権を争っているというのだ。


 それを象徴する出来事として、朝倉景紀の息子である朝倉景垙が朝倉景鏡とどちらが大将となるかで口論となり、その口論に負けて敗れた景垙が自害している。朝倉とて一枚岩ではないのだ。しかし、それでも強大なことに変わりはない。


 こういうのを風が吹けば桶屋が儲かると言うのだろうか。丹後侵攻の背後を突かれないために本願寺に越前攻めをお願いしたら、朝倉家中で揉め事が発生して郡司が自害する結果となるとは。


「朝倉九郎左衛門尉殿は自領に引き籠っており申す。また、敦賀郡司の今は亡き孫九郎殿にはお世話になり申した。ここは敦賀郡司にお力添えを」

「相分かった。朝倉の件は上野之助に一任する。十兵衛の意見を良く汲んでから対処して欲しい。農繁期だから攻めて来ぬとは思うが抜かるなよ」

「ははっ」


 十兵衛と上野之助に任せておけば大きく間違えることはないだろう。家臣に任せるとは、こう言うことで良いのだろうか。いまいち分からん。内藤も難しいことを言う。


「六角様から使者がいらしたら俺の所まで通せ。ま、俺は戦場だがな。くっくっく」


 これで対応は済んだはずである。あとは誰を出陣させるかだ。やはり主力は若狭衆となるだろう。丹後衆は未だ地盤が固まっていない。しかし、誰も連れて行かない訳にはいかん。


「十兵衛、動かせる丹後衆に声をかけよ。なに、今回は無理に動かす必要はない。来たい者だけ弓木城に集めよ」

「はっ」


 これで丹後衆の動向を図ることができる。ここで無理をしてでも参陣する者は俺を恐れているか信じているかのどちらかである。


 参陣しなければ、俺を疑っているか未だ地盤が安定していないかのどちらかだな。


「前田又左衛門と山内伊右衛門に陣触れを出せ。雇い兵を率いて弓木城へ来いとな」

「はっ」


 今回の主力はこの二人だ。特に山内一豊はまだ戦でその真価を発揮して貰っていない。彼等には雇い兵を二百は率いてもらうつもりだ。


 それから俺の馬廻には菊池治郎助と梶又左衛門の二人に任せることにする。彼らはそれぞれ五十は率いらせる。山県源内と宇野勘解由はそれぞれ垣屋、太田垣の下に送り込んでおこう。


 今回は伝左衛門ではなく、父の熊谷大膳亮にも二百で付いて来てもらう。戦慣れしている老獪な猛者が一人欲しいのだ。


 そして副将は十兵衛である。彼にも二百を率いてもらい、そして俺も二百率いる。と言っても俺一人では二百も率いれないだろう。


 そのため、副官には広野孫三郎と山県孫三郎の孫三郎コンビに来てもらう。これで千を超える軍団が完成だ。


 そう思っていたのだが、ある一人がじーっとこちらを見ているではないか。そう。尼子孫四郎である。それで思い出してしまった。彼を次の戦には連れて行くと約束したことを。


「孫四郎はだな、あー、その、なんだ」


 どうしよう。戦に連れて行く他にないのだろうか。そこで、俺はふと思い出した。尼子晴久が去年の始めに亡くなったことを。つまり、尼子家中が揺れる時期なのである。


 家中は未だ安定していないようだ。どうも晴久が毛利と徹底抗戦だったのに対し、嫡男の義久が融和路線を敷いているのが原因のようだ。家臣の反発を招いている。それを逆手に取ってやろう。


「孫四郎は俺の名代として尼子家に向かってくれるか?」

「わ、私が尼子家にございますか?」

「そうだ。そこで尼子の対毛利の気運を探って来て欲しい。それから現当主に不満を持っている国衆や家臣を引き抜くことも視野に入れてくれ」

「……はぁ」


 孫四郎を尼子に送ることで、彼の身に危険も生じるかもしれない。しかし、尼子とて馬鹿では無い。西に強大な毛利という存在がいるのに、わざわざ我等と敵対するような行動を取るだろうか。


 しかし、どこかピンと来ていない孫四郎。表情から察するに不服のようだ。それとなく問い質してみる。


「どうした。孫四郎?」

「恐れながら御屋形様は某を戦に連れて行ってくれるとお約束下さいました。しかし、ご依頼なされたのは御使いではございませぬか」


 孫四郎がそう述べた時、十兵衛が徐に立ち上がって孫四郎の前まで歩き、彼の頰を手の甲で思い切り叩いた。甲高い音が部屋に響き渡る。上野之助は然もありなんという表情を浮かべていた。


「戦うばかりが戦ではない。それであれば我等はとっくに滅んでいたであろう。何故生き残っているか。何故丹後を落とせたか。それが理解できないのなら其方は必要ない。部屋に籠もっていなさい」


 そう述べると十兵衛は振り返り俺に向かって両手をついて頭を下げた。


「御屋形様。申し訳ございませぬ。偏に我らの指導不足にございまする。ご容赦の程を」


 孫四郎は十兵衛と上野之助の薫陶を受けてきた。にも関わらず、この体たらくだと十兵衛は言ってるのだ。この件、十兵衛や上野之助に責は無い。勿論孫四郎にもだ。彼はまだ若い。逸るのは仕方のないことだろう。


 だが、それはあくまで俺の考え。世間一般は教育係の失態となるだろう。孫四郎は十兵衛と上野之助の配下に置いている。なので、俺は彼らの望むことを了承する。俺が口出しするような問題ではない。


「構わん。孫四郎は十兵衛の申す通り蟄居させよ」

「承知仕りました」


 しかし、これで尼子に対するカードが一つ減ってしまった。これは痛い。孫四郎なら旧知の御仁が居るやもしれぬのに。有能であれば引っ張ってきて欲しかったのだが、難しいだろうか。


 だが、まだ尼子とは接してすらいないのだ。まだ間に合うはずだ。なんとか但馬国を捥ぎ取り、そのまま武田高信を使って因幡国を掌握しなければ。考えをまとめ直す。


「それでは各人、抜かりなく頼む」


 こうして、俺は丹後から続く連鎖戦線へと身を投じることとなったのであった。

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