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悩みの種

永禄五年(一五六二年)四月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 段々と日差しが強くなり、日中は暖かさも増してきた。草木が生い茂り始め、どこからか田植え歌が聞こえてくる。そして、その歌を聞いて俺は確信した。出陣の機が熟したと。


 歌が聞こえてくるということは、百姓が忙しいということである。百姓が忙しいということは、兵として使うことが出来なくなるのだ。


「皆を集めよ。それから山県源内と宇野勘解由も呼んできてくれ」

「はっ」


 小姓の孫四郎にそう伝える。


 今回は先に述べた通り、電撃戦を仕掛けるつもりだ。電撃戦とは高い機動能力を活用した戦い方である。この機動力とは何を意味するのか。


 それは敵の態勢が整う前に攻め落とすことを指している。彼我の一番の違いは雇い兵か農兵かというところだ。つい先日までは我らの四割が雇い兵なのだ。


 まずは丹後国から山名勢を一気に一掃する。それと同時に垣屋、太田垣と連携して但馬国を一気に切り取るのが理想だが果たして上手くいくだろうか。


 どちらにしても山名祐豊の首だけは求めたい。山名祐豊の首さえ手に入れば但馬国はこちらのものなのだ。そして、一枚岩でない今こそが好機でもある。


 まずは調略がどこまで進んでいるのかを確認しなければならない。それ次第では計画が全てご破算だ。さて、諸将が集まるまで独自の考えを纏めることにしよう。


 銭で雇った兵がどれだけの練度で、今現在の数が如何程揃っているかだ。それに種子島の数も気になるところである。


 最終的な着地も決めておかねば。但馬国を割譲してもらい、和平が現実的だろう。もし、山名祐豊が但馬国を差し出すというのならば首は求めない。しかし、その可能性は無いだろう。


 それから兵糧の問題だ。久美浜に物資を集めよう。そして熊野郡の松倉城と六体城を急ぎ奪還する。そしてそのまま逆侵攻をかけるのだ。


 戦をするとなったらまた商人たちが集まってくるだろうな。彼奴等は銭のためならば何でもする。我らの味方ではないが、銭を与えている限りは味方である。


 借銭しなくてもやっていけるだろうか。お手製の算盤を弾く。戦は銭が多く、大きく動く。ふむ、商人を味方に付けるために、あえて借銭するのも有りだな。


 俺が死んだら貸した銭は返ってこない。俺が危なくなったら後押ししてくれるだろう。津島も熱田も堅田も自前の兵を持っている。商人は兵を持っているのだ。


 そんなことを数刻も考えていたら夜が更けてしまった。しかし、中々眠りにつくことが出来ない。考えることが多過ぎるのだ。


「おや、寝付けぬのですかな?」

「内藤の。こんな夜更けにどうしたというのだ?」

「その呼ばれ方は懐かしゅうございますな。御屋形様のお父君にもその様に呼ばれておりました」


 内藤筑前守が遠い目をする。いやいや、呆けていないで用があるのであれば話して欲しいのだが。もう夜は更けている。


 俺は内藤の横に立ちながらどうしたのかと、更に突っ込んで尋ねる。


「何もございませぬぞ。御屋形様の宿直を某が行っていただけにございます」

「何を言うておる。宿直ならば広野孫三郎と梶又左衛門、菊池治郎助が居るではないか」

「某が無理を言って宿直を変わってもらい申した。まあ、座りなされ」


 言われるがまま、内藤筑前守の横に座る。こうしてみるとただの好々爺にしか見えない。おっと、五十手前の男をお祖父さん呼ばわりしたら怒るかな。だが、この時代では五十は年寄りという認識だと思う。


「武田は大きゅうなられましたな」

「何を申すか。五代である元信公は若狭と丹後のみならず安芸の分郡守護になられておったぞ。それに比べれば俺などまだまだちっぽけなものよ」


 本音を言えば但馬国と因幡国が欲しい。そして尼子を盾に毛利の侵入を防ぐのだ。そこから南下し、播磨と丹波と備前を奪う。そこまで進むことが出来れば上出来だが、まあ無理だな。絵空事だ。


 丹波は赤鬼と呼ばれている赤井悪右衛門を攻め立てることが出来ないだろう。波多野、浦上、宇喜多とも事は構えたくはない。


 更には別所だ。別所も手強いと俺は見ている。しかし、浅井と朝倉に敵わない以上、西に領地を伸ばすしかないのだ。消去法で西もしくは南西に伸びるしかないのである。


 弱いところから喰らっていく。これは戦の常道である。


「御屋形様は時折、眉間に深い皺が刻まれますな」

「ん? そうか。気が付かなかった」

「それだけ考えねばならぬことが多いということでしょう。御屋形様は幼少の頃より神童と持て囃されて居られましたゆえ」

「持て囃されていたとは手厳しいな」


 俺はそう言って笑う。別に持て囃されていた実感は無いのだが。まあ、どちらにせよ俺は国主の嫡男だ。そう言った意味でも持て囃され、ちやほやされていたのだろう。


「御屋形様、もっと周りをお頼りになられませ。何も神童が全てを引き受けなければならないと言う訳ではございませぬぞ」

「? 別に俺は信頼しているが。お前も十兵衛も上野之助も」

「ですが、先代の武田治部少輔様や御父上である武田伊豆守様などはお信じになられて居りませなんだでしょう。古臭い考えだと思っていたのではございませぬか?」


 これは痛いところを突かれたと思う。確かに俺は父も祖父も信じていなかった。道具としてしか見ていなかった。余計なことをするな、と。やはり、分かる者には分かるのだな。


 しかし、他の者を決して疎んじたりはしていない。恐らくこれは内藤筑前守からの戒めだろう。

 父も祖父もいない。つまり、面と向かって俺を叱ってくれる者が居なくなったのだ。


 臣下が諌める。これは勇気と体力と愛が無ければ成すことのできない行為だ。それを内藤筑前守は身を以て行ってくれたのだろう。これには感謝しかない。正対し、頭を下げ感謝を述べる。


「其の方の言、忘れずにしかと胸に刻んでおこう。では、そろそろ寝るとするか」

「ははっ。おやすみなさいませ」


 俺は寝床に潜り込む。布団が恋しい。内藤は何を伝えたかったのだろうか。温故知新ということか。伝統を否定しているつもりもないし、相手を舐めている気もない。俺の悩みの種がまた一つ増えるだけなのであった。

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