【閑話】孫犬丸の食事
俺こと武田孫犬丸の朝は早い。起床時間は大体日の出と共にである。そのため、夏は朝の四時から起きていることになる。
今日も今日とて陳情の処理に追われる始末である。と言っても陳情というのは民百姓からではなく、国衆からの陳情だ。
隣の領主に銭を貸したのに返さないだの、領地が越境しているだのを俺が裁いているのである。早く、法度なり分国法なりを制定しないと身体がもたない。
そんな俺の朝は当然ながら朝飯から始まる。今日の朝飯は何だろうか。そう思っていると文が俺の朝飯を運んできた。
「失礼します」
膳を眺める。まずは粟と稗の混ざった赤米の玄米飯が二合。精米された白米よりも栄養価が高いと自分に言い聞かせて最近は専らこれである。そして何より安いのだ。
それから大根と里芋の味噌汁。大根は菜っ葉も入っているのが嬉しい。これも丼一杯の味噌汁だ。それから俺は茹で卵を塩で食べている。茹で卵を食べているのは世界広しと言えど俺だけだろう。
流石に生卵を食べる勇気はない。がしかし、たんぱく質を摂取したいと考えた場合、茹で卵は非常に効率が良いのだ。それから梅干しだ。
これで米類の炭水化物、味噌や茹で卵のたんぱく質、野菜のミネラル、ビタミン、梅干しで塩分が摂取できることになる。問題は脂質だが、これは諦めるしかない。
「いただきます」
まずは味噌汁を一口。この味噌汁には生姜が少量入れ込んである。生姜は良い。味を引き締めるし健康にも良いのだ。玄米が進む進む。
それから茹で卵に少量の塩を付けて口の中に放り込む。芯まで火が通っているため、少しパサついているが、逆にそれが良い。
当たり前だが昔ながらの梅干しのため、蜂蜜だったりで食べやすく甘くしてあるわけがない。非常に塩っ辛いのだ。そのため、玄米が進む。
最後は玄米に汁をかけて汁かけ飯にして胃の中に流し込んだ。俺は朝餉を腹に収め、机仕事に励む前に少しだけ身体を動かすのであった。
◇ ◇ ◇
「腹が減ったな」
庭に出て伸びをする。天を見上げると太陽が真上を指していた。どうやら昼のようだ。俺は文を呼ぶと、いつものを持ってきてもらうことにした。
「お待たせしました」
「おお、すまんな」
握り飯である。それを二個。もちろん赤米の塩むすびだ。それと瓜が俺のいつもの昼ご飯になっている。
塩むすびを頬張る。文が握ってくれたからか、少しこぶりだ。塩の塩梅が丁度良く、俺の好みを理解していることが伺える。
塩むすびを平らげると、食後の甘味と言わんばかりに冷えた瓜に齧り付く。瓜の水分が非常に心地良く、食べ進む度にシャリシャリと小気味良い音が響く。
「文も食べぬか?」
「いえ、私は朝と夕で十分でございます」
この時代の人間は朝餉と夕餉しか食べない。俺としては昼餉も食べてもらいたいところだ。特に子どもは身体の成長に関わる。
身体が大きい方が戦場では有利だ。それに体力も異なってくる。俺の領地では無理やりにでも一日三食を推奨するべきか。食べながら考え込む。
「今日も旨かったぞ。いつもありがとう」
「いえ、そう仰っていただけて文は嬉しゅうございます」
文と少しだけいちゃついてから、俺は午後の政務に取り掛かるのであった。午後からは検地の数字が届いたため、収穫量の概算を出す予定である。午後も頑張ろうか。
◇ ◇ ◇
くぅと腹が鳴った。外を見る。辺りが茜色に染まり、もうすぐ日没であることを告げていた。気が付けば一日が終わろうとしていた。一日のなんと早いことか。
一日が終わる。そうとなれば夕餉の時間である。俺は切りの良いところで政務を切り上げると、文に夕餉にすることを伝えた。
すると、既に準備が整っていたのか、文がすぐに夕餉を持ってきた。今日の夕餉の献立は何だろうか。心を弾ませる。
もちろん米は二合で赤米の玄米で稗と粟が混ざっている。正直、父上が当主だった時よりも食事の質は落ちた。しかし、健康に良いのは後者だろう。そしてお財布にも優しい。
それから味噌汁。大根と牛蒡、それから胡瓜とニラが入っている。漬物はらっきょうの漬物だ。らっきょうを食べるとカレーが食べたくなる。当然、再現することはできない。
それから焼鯵だ。ここでやっと脂質を摂ることが出来る。脂質は人間にとって重要な栄養素だ。そして、夕餉はこれだけである。
一汁一菜。漬物を一菜扱いするのならば一汁二菜だ。だが、それで良いのである。現代の著名な料理研究家もそれで良いと言っていた気がする。
「いただきます」
いつも通り味噌汁を一口。野菜の旨味が汁に溶け出しており、非常に美味しい。特に牛蒡が良い仕事をしていると思う。これに豚肉が入れば豚汁か。今後、猪肉を入れてみようか。
鯵も脂がのっていて、非常に美味である。ほんのりと塩味が利いており、米が進む。そしてらっきょうも非常に味が濃く、米が止まらない。胃の中に流れ込んでいくのがわかる。
食事は健康と娯楽、両方の側面がある。どちらも蔑ろにすることはできない。もう少し、領内の食事情を改善できないだろうか。そうすれば領民の健康も改善できるのではないだろうか。
医食同源。その言葉を重く受け止めながら俺はご馳走様を告げたのであった。さて、明日の朝餉は何だろうか。
寝る準備を整えながら、俺は明日の食事に思いを馳せるのであった。
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