西田辺の戦い
今回の戦場回り
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1oOoctO5AEPrOIui63gh4qKToch8EWu4&usp=sharing
一色五郎義定が建部山城から出陣した。これは悠長なことを言ってられない状況となった。向かうのは恐らく万願寺城だろう。万願寺城の後詰め、つまり救援に向かったのだと俺は推測する。
それは拙い。もし、前田又左衛門の軍勢が負ければ勢いを奪われる。万願寺城と呼応されると厄介になりそうだ。これはどう対処するべきか。又左を囮に使うのもありだ。冷静に考えろ。ここが勝負の分かれ道だぞ。
「何だか騒がしくなってきましたな」
悠長なことを述べながら一条信龍が合流してくる。どうやら彼はこの状況を楽しんでいるようだ。やはり甲斐の武田一門は根っからの戦闘狂なのだろう。
「松宮玄蕃允は建部山城に向かってくれ。一色五郎を足止めして欲しいのだ。打ち破る必要はない。武藤上野介が来るまで耐え忍んでくれ」
「ははっ」
「沼田上野之助。其方はすぐさま前田又左衛門に後詰めに向かえと伝えろ。危なくなったら退くよう伝えるのだ。だが、落とせるなら落とせ。その判断は又左衛門にさせろ。それくらいやってもらわねば困る」
「はっ」
「武藤上野介は宝寿寺から永福寺へ抜け、迂回して一色五郎の背後から急襲をかけよ。一当てして混乱させるだけで良い。速度を重視するのだと伝えよ」
「ははっ」
取り敢えず、先頭の二人に使い番を送る。松宮玄蕃允は兵を二百、武藤上野介は兵を百程率いている。これで問題無く立ち向かえるはずだ。問題は一色式部である。
彼がこの混乱に乗じて建部山城から弓木城に移られたら面倒である。それを防ぐ手立てを何か考案しなければ。
「熊谷大膳亮は居るか!?」
「は、此処に」
相変わらず冷静沈着な男だ。この男から伝左衛門が生まれたと思うと何だか面白くなってくる。顔は似ているのに性格が全く似ていない。伝左には何故ああも落ち着きが無いのだろうか。
「すまぬが手勢を率いて弓木城前の宮津で待ち伏せしてくれ。一色式部が来たら捕らえて欲しい。最悪、殺しても構わん。そして勝てないようならば見送れ。お前が死ぬ方が若狭武田にとっての損ぞ」
「承知仕り申した」
今はそんなことを考えている場合ではなかった。建部山城から弓木城に向かうのであれば宮津は必ず通るだろう。兵を伏せておき、一色式部がのこのことやって来た場合はそこで終わらせる。
さて、これで打てる対策は行ったか。あとは本隊も万願寺城へと向かうとしよう。
「中々に見事な采配でしたな」
「采配も何も。私はただ家臣に命を下しただけにございます」
「某から見ても的確な判断でござった。丹後の地理もしかと調べられておる。本気で丹後を呑み込む気で」
一条信龍が面白そうにそう述べる。何が面白いのか分からないが、その通りだ。入念に準備をしてあらゆる可能性を探る。戦とはそういうものだと俺は考えているのだ。
「勿論だ。奪えもしないのに軍を動かすなど愚の骨頂でしかない。動かすからには勝つ。君とは臣に、民に益をもたらさねばならぬのですから」
「良きお考えです。しかし、残念ですなぁ。某も槍働きを出来るかと期待していたのですが、どうやら出番は無さそうだ」
「おや、その気があり申したか。それでは一番良い部分を貴殿にお頼みすることにしましょう」
そう述べてから一条信龍の目を見つめ、くすりと微笑む。信龍はガシガシと後頭部を乱暴に掻いて一本取られたという表情をしていた。どうやらリップサービスだったようだ。だが俺はそれを本気にするぞ。今は人手が足りないのだ。
そもそも付いてきたということは、そういうことを期待していたということである。やはりこの男は戦闘狂だ。
万願寺城に近付くと段々と怒号が聞こえてくる。戦の真っただ中といったところだ。味方の助太刀をしたいと逸る気持ちを抑え、まずはしっかりと戦況を見極める。
乱暴に雪崩れ込むよりも少し時間がかかっても急所を見極めてから突入した方が良いに決まっている。さて、戦況はどうだろうか。
味方が押しているように見える。又左衛門と森脇相模守が果敢に城へ向かっている。松宮清長の姿が見えないということは一色義定を足止めしているのだろう。
此処で俺が考えるのは二つ。共に城攻めをして手早く万願寺城を落とし、全軍をもって松宮清長の後詰めに向かうか。それとも万願寺城は彼らに任せて本隊は松宮清長の後詰めに優先して向かうかである。
「貝吹け。太鼓鳴らせ。旗を掲げよ」
手早く指示を出す。すると六根清浄の旗印が大きく掲げられた。それと同時に陣太鼓と法螺貝がけたたましく鳴り響く。それに合わせて俺は声を出した。周囲もそれに呼応する。
これで万願寺城に居る敵味方全ての兵達の意識が此方に向いただろう。そして兵の数を見て一色軍の士気は下がり、若狭武田軍の士気は上がる。
「では一条右衛門大夫殿、万願寺城を落としてきていただきたいのだが、手勢は何名ほど必要であるか?」
「五十ほどお貸しいただければ。それで落として御覧にいれましょうぞ」
「伝左」
「はっ」
俺は伝左に命じて五十の兵、それから武田菱の旗をものの数分で用意させた。目付に伝左をつける。信龍は我が軍の者ではないのだ。必要な措置だろう。
準備の整った一条右信龍が馬に跨り、戦場を駆けていく。その後ろを伝左と兵が続いていった。
「我こそは徳栄軒信玄が弟、一条右衛門大夫信龍なりぃ! 我こそはと思う武士は参られよ! この槍の錆にしてやろうぞぉっ!!」
そう叫びながら城の周囲を巡る。どうやら言葉で相手の士気を下げようというのだろう。そして突入の機を窺っているのだ。戦慣れしている彼が居れば安心だろう。伝左も信龍から奪えるものは奪って身に着けて欲しい。
それを見届けてから俺達は松宮清長と合流するため、歩を進める。段々と手勢が少なくなってきた。率いているのも俺と広野孫三郎、梶又左衛門と菊池治郎助、それから山県源内と宇野勘解由といった面々だ。主に小浜に住んでいる浜衆と馬廻りである。
彼等と兵を率いて一路、建部山城に向かう。その道中、海沿いの道で一色勢と松宮玄蕃允が激しくぶつかっていた。どうやら相手は予想通り一色義定のようである。
「すわ掛かれぃ! 武田を悉く打ち倒せぃ!」
味方が倒れても物ともせず松宮清長に襲い掛かる一色義定。松宮清長は何とか耐え忍んでいるという状況だ。これは直ぐに合力せねば。さて、どうする?
「治郎助、松宮玄蕃允に今すぐ退くよう命じよ。これは主命である!」
「ははっ」
武藤友益はまだ到着していないようだ。友益が到着する前に松宮清長が崩れるか。一色義定は噂に違わぬ剛の者だな。出来れば味方にしたいが、果たして。
「残った我等は南の丘に登るぞ。松宮玄蕃允を追ってきた一色五郎の横っ腹を叩いてやるのだ」
「「「「ははっ」」」」
旗と指物を伏せたまま急いで丘を駆け上る。頂上まで登りきったところで松宮清長と伝左の様子を窺った。どうやら無事に撤退を進めているようだ。
どうやら伝左が俺の意図を的確に伝えてくれたようだ。松宮清長が総崩れしたように見せかけて撤退を始める。いや、本当に総崩れしたのかもしれない。
逃げる松宮清長。追う一色義定。どうやら彼等の目には松宮清長とその部下しか映っていないようだ。これはまたとない好機である。
まだだ。俺達が喰らい付くのは長蛇の列になっている敵兵の真ん中やや後ろが理想だ。今だと少し早い。
最悪、一番後ろでも良いのだ。その場合は松宮清長が反転して挟撃の形を取れるのが理想だが。
「今だっ! 太鼓鳴らせぃ! 旗揚げろぉっ!!」
陣太鼓と法螺貝が鳴り響く。俺は腰に下げている脇差を抜くとそれを振りかざした。
一色勢の勢いが止まる。どうやら俺達の出現に面食らっているようだ。そして俺は掲げた脇差を振りかざした。
「全軍! 突撃ぃぃぃっっっ!!!」
こうして、俺の西田辺の戦いの火蓋は切られたのであった。
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