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丹後侵攻

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 松宮玄蕃允と与四郎の二人がほぼ同時に戻ってきた。俺は急ぎ諸将を集めて評定を開く。中には既に鎧を着込んで参陣した者も居た。前田利家がまさにそれである。


「揃ったな。それで如何であった。まずは松宮玄蕃允から報告を」

「はっ。加賀一向宗の壱岐法橋殿が越前攻めを確約して下さりました。間も無く越前に五千以上の一向門徒が雪崩れ込みましょうぞ」


 これは朗報だ。大量の銭を使ったのだ。それくらいやって貰わなければならない。これで後顧の憂い無く丹後攻めに集中できるというものである。


「申し上げまする。一色五郎でございますが蟄居を命じられて居たようにございまする」


 その黒川与四郎の知らせには思わず耳を疑った。なんと一色五郎は蟄居を命じられていたというのだ。そのまま詳しい話を与四郎から聞き出す。


「何故蟄居を?」

「我ら若狭武田から吉坂峠砦を奪えなかった責を咎められているとのことに」


 これには開いた口が塞がらなかった。何故にこういう事態になっているのか疑問に思っていたところ、十兵衛がこう呟いた。「某の策にござる」と。どういう意味なのか、その真意を尋ねた。


「敦賀の道川兵衛三郎と組んで一計を案じてみただけにござりますれば」


 そう言ってにやりと笑う十兵衛。どうやら敦賀商人の道川兵衛三郎が一色義道と商いをするため田辺(舞鶴)港に赴いた際、色々と吹き込んだらしい。それもゆっくりと、着実に。


 ある日は嫡男の一色義定が父を追放し、その地位を奪おうとしていると吹き込み、またある日は家臣の松田山城守頼通が若狭武田に通じていると吹き込む。


 相手を信じさせるコツは虚実入り混じって伝えることだとか。それで一色義道は周囲を信じることが出来なくなったのだろう。


 そして実の息子まで信じることができなくなったということだ。そこまで追い詰められているのだ。自身の圧政と十兵衛の策のせいで。位を簒奪されると思ったのだろう。元から親子関係は良好ではなかったようだし。


 ここは出過ぎた真似をするなと叱責するべきか。いや、功績は素直に認めよう。委縮されても困る。若狭武田にとって有益になることは率先して行ってほしいのだ。


「ところで御屋形様。こちらの御仁は何方で?」


 そう切り出したのは細川藤孝であった。こちら、というのは勿論一条信龍である。その信龍はしきりに笑みを浮かべているだけであった。


「あー、この方は一条右衛門大夫様だ。まあ、武田右衛門大夫様と申し上げた方が分かりが良いか」


 そう言うと皆の顔が引き攣ったのが分かった。頭の中はこの場に居る全員が一緒だろう。何故この場所に居るのだ、と。俺も同じ気持ちである。


「某のことはお気になさらず。さ、続けてどうぞ!」


 そう言ってにこにこしている一条信龍。やり辛いこと、この上ない。しかし、評定は進めなければ。えーと、どこまで話が進んだのであったか。


「こほん。では確認するぞ。加賀はもうすぐ越前に攻め込む。一色式部は疑心暗鬼に陥っているとのことだな。それであれば攻め時は今だと判断致す。異論の有る者はおらんか?」


 周囲を見渡す。誰も異論は無いようだ。俺は覚悟を決めて頷く。今から人を殺しに、殺すために出陣するのだ。


「又左衛門は手勢を引き連れて直ぐに君尾山城へ向かえ」

「承知ぃ!」


 そう言って評定の間を出ていく前田の又左衛門。君尾山城が落とされたら話にならない。それから君尾山を拠点にするのであれば兵糧を運び込まなければ。


「伊右衛門は君尾山に兵糧を運び込んでくれ。多い分には構わぬが少ない分には問題だ。くれぐれも誤るなよ?」

「は、ははいぃっ!」


 本隊はこのまま田辺の建部山城を落とす。建部山城は山城だが果たして落とせるだろうか。包囲して餓え殺しにする選択も視野に入れなければ。それと並行して周囲を制圧する。

 

「十兵衛と細川兵部は小浜の湊から船で日ケ谷城に向かってくれ。松田殿と共に与謝郡と竹野郡を制圧して欲しいのだ。吉原越前守だけは必ず殺せ。大将は十兵衛。兵部は悪いが補佐に回ってくれ」


 十兵衛も兵部も優秀な家臣だ。それだけに自分が正しいという自負を持つだろう。ここでしっかりと序列を作っておかなければ要らぬ時間を取る羽目になる。あくまでも今回は十兵衛が大将だ。次回は兵部に任せよう。


 そして大事なのは一色義道の弟である一色義清――このころは吉原姓を名乗って吉原義清と名乗っている――を殺すことだ。与謝郡と竹野郡が彼の者の下に集まられては厄介である。


「かしこまりましてございます」

「承知仕りました」

「では出陣式を行うぞ。式が終わり次第、全軍をもって君尾山城に集合。そこでもう一度軍議だ」

「「「ははっ」」」


 兵数を試算したところ、此方は千五百程動員できそうだ。それもこれも一向宗のお陰である。更に調略済みの丹後国人衆と合流できれば少なく見積もっても五百は増員できるだろう。


 それに対し、一色式部はどう足掻いても千が限界だ。建部山城には三百も詰めていれば良い方である。十兵衛と兵部が上手いことやって丹後の中郡や熊野郡からの後詰めを足止めしてくれたら容易に落とせるはずである。


 いや、建部山城を落として終わりではない。必ず、何としてでも一色義道を捕まえなければ。堅固な山城と名高い弓木城に逃げ込まれたら厄介になってしまう。


 そんなことを考えていると視界の端にひょこひょこと動く彼の姿を捉えてしまった。


「……何を、やってるんだ。孫四郎」

「なにとは失礼な! 出陣の準備にございます!」


 小姓である尼子孫四郎が戦支度を進めていたのだ。ぶかぶかの兜を頭に乗せ、前が見えてるかも怪しい状態である。どこの三流コント番組だ。


「お前は連れて行かんぞ」

「何故にございますか!?」

「何故って、そりゃ――」


 なんと伝えるべきか。元服前だというのは前も使った。ここで理不尽に拒否してみたら内緒で勝手に従軍するかもしれない。そして人知れず殺されるのだ。それは拙いぞ。


「分かった。来年連れて行く。だから今回は我慢してくれ」

「本当ですか?」

「本当だ、ホント。なんなら金打するか?」

「ちょっと何言ってるか分からないですが、分かりました。今回は我慢しましょう」


 そう言って不本意ながらも立ち去っていく孫四郎。俺が君主なのに。俺の方が偉いのに、何故あんなに上からくるのだろうか。これが若さか。というか、金打は江戸時代の文化だったか。これは失敗だった。


 孫四郎にはやってもらうことが沢山ある。それまでに様々な経験を積んで、見て、触れて大きく育って欲しいのだ。俺の知ってる歴史と同じ道を辿るなら、俺の見立てでは対毛利は彼が活躍するはずである。


 だが、それもこの丹後を切り取れたらの話よ。まずは丹後に集中するべきだ。

 何か見落としは無いか。三好と六角の情勢はどうなっているか。一向宗は本当に動いてくれるか。


 疑いだしたら限りが無い。駄目だ。疑ってしまっては俺も一色義道と同じ末路を辿ることになるだろう。


 信じろ、家臣を。家臣が行った外交を。俺は絶対に生き残る。史実のように浅井や朝倉、そして織田に飲み込まれるのは御免だ。

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