外交上手
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永禄四年(一五六一年)十一月 若狭国 後瀬山城
「お初にお目にかかりますな!」
眼前に居る男性が爽やかな笑みと共にそう述べた。歳は二十を過ぎた頃合いだろうか。程良く鍛えられた身体に綺麗な二重の目。爽やかな二枚目の男である。
服装も煌びやかで、傾奇者でもあるようだ。前田利家が居たら羨ましそうに見ているだろう。大小の物も新品なのだ。そこから裕福な人物であることが窺える。と言うか、俺はもう伝左から誰なのか耳にしているのだが。
本願寺の本拠である石山御坊から帰って来た熊谷伝左がこの人物を連れて帰ってきたのだ。伝左が申し訳なさそうにしている。俺はバレないよう軽く溜息を吐いてから自己紹介をした。
「こちらこそ、お初にお目にかかりまする。武田孫犬丸と申しまする」
「一条右衛門大夫信龍と申しまする。以後、良しなに」
俺は伝左、そして一条信龍と車座になって話をする。一条信龍はあの武田信玄の弟だ。そんな御仁がなぜ若狭武田に。そんな思いが胸中を占める。
「いやぁ、偶然でござったな。この伝左衛門殿が顕如上人に挨拶をと申し出たところに某も顕如上人に挨拶していたところであったのだ。いやぁ合縁奇縁にございますな!」
そう言って笑いながら白湯を一口。どうやらこの一条信龍が甲斐武田の外交を担っているのだろう。そして『あの話』は俺の耳にも届いている。
どうやら、武田と上杉が川中島で激突したらしい。四回目の衝突だということだから、一番激しい戦だろう。そこまで理解していれば一条信龍が何をしに来たのかも理解できる。
一向宗を使って上杉を牽制するつもりだったのだろう。第四次の川中島は両者に大きな痛手を負わせた。特に武田方は山本勘助や諸角虎定等の将が討ち死にしていたはずだ。そこには武田信繁も含まれている。
戦の結果は痛み分けといったところだろうな。いや、やや武田不利かもしれない。両者共に数千という死者を出したとのこと。信玄公はその対処に追われているだろう。
「真に。どちらも良い返事を貰えたとのこと。重畳にございますな」
そう述べる一条信龍。
しかし、この時、俺はこんなことを考えていた。俺と一条信龍とでは、どちらが偉いのだろうかと。俺は仮にも若狭の国主である。
しかし、一条信龍は我が武田の本家の弟だ。俺なんぞ、分家の分家に過ぎない。ああ、頭が混乱しそうだ。
「お聞きしておりましたぞ。加賀の一向宗に越前を攻めてもらうご予定とか」
「ええ。我々もそろそろ一色式部殿から丹後を返してもらおうと考えておりしてな。あの地は五代目、元信公が治めていた土地。そろそろ利子を付けて返して貰わねば」
そう言ってそば湯を啜る。別にばれてはいけない情報ではない。武田宗家の御仁である。伝左も一条信龍に強く出られたら断れないのだ。致し方ないだろう。
「本願寺に大量の米を御贈りになられてましたな」
「腹が減っては戦が出来ぬと申しますのでな。戦をしてもらうために御贈りしたまでのことにござる」
「米が大量にあるとは羨ましい限りですな。甲斐は貧しく、それどころではござらん故」
「なんの。我らも借銭で首が回らぬ。あの米も商人から銭を借りて贈った米に」
中々に嫌なところを突いてくる一条信龍。甲斐は広いのだが平地が少ないのだ。水害も多いと聞く。平地はそれこそ躑躅ヶ崎館周辺くらいのようなものだ。それでも若狭よりは裕福ではあるが。
だがな、俺達の米だってなけなしの米だ。わざわざ贈るために源四郎から買い付けたのだから。若狭の立地的に米がある訳がないだろう。買った米と銭を贈っているのだ。だから一向に銭が貯まらない。借銭が増える。
「何を仰られるか。若狭には甲斐程の広さも豊かさもござらん。そこまで仰られるのであれば交換いただきたいところだ」
甲斐は一国で二十五万石はある。若狭の三倍はあるだろう。此方としては是が非でも交換してもらいたいくらいだ。戦をしなければ甲斐の石高を上げることが出来る。俺にはできるぞ。
一条信龍は笑って流す。しかし、目が笑っていない。背筋が凍るような目である。そんな一条信龍がこう述べてきた。どうやらこちらが本命の頼み事だろう。
「どうでしょう。孫犬丸殿の米を我が甲斐に売っていただけませぬでしょうか?」
「そうしたいのは山々でございますが、どう頑張っても甲斐に米を送り届ける道がございませぬ」
若狭から甲斐に米を送るには日本海から上杉の領地を通って甲斐信濃に入るか、浅井もしくは朝倉の領地を通って美濃を通過し甲斐信濃に入る他ない。米があるかないかではなく、米を送る道そのものがないのだからどうすることもできない。
「朝倉から飛騨を経由して甲斐信濃に米をお送りいただければよろしいかと」
そう述べる一条信龍。俺は驚きを隠し得なかった。まさか飛騨を提案してくるとは。俺もそれは考えたが、無理だ。重たい米をもって飛騨の山を越えるなど正気の沙汰とは思えない。
「現実的とは思えませぬな。御宗家様が飛騨を奪ってくだされば或いは、というところでございましょう」
そう言うと一条信龍は黙りこくってしまった。まさか、本気で飛騨を奪えるか考えているのだろうか。そうすれば越前の朝倉を若狭武田と甲斐武田で挟撃することが出来る。此方としても願ってもない状況だ。
「そうですな。現実的ではござらんかった。忘れて下され。はっはっは」
屈託のない表情を浮かべながら大声で笑う一条信龍。どこまで本気に捉えていたのだろうか。それが少し怖くもある。底知れない男だ。
甲斐武田としては飛騨を攻めて加賀と越中を奪う手もある。しかし、加賀と越中は一向宗の、本願寺の領地だ。
そして、本願寺の門主である本願寺顕如上人は武田信玄の義弟である。攻める訳にはいかない。
信玄も信玄で藻掻き苦しんでいるのだな。そう思うと心が軽くなり、自然と笑みが零れてきた。それを悟られないよう、唇の両端を噛む。
「御用はそれだけですかな? 我等も丹後攻めのため時間が無い故」
暗に『用が無いならさっさと帰れ』と伝える。しかし、それもどこ吹く風、左から右に言葉を流している一条信龍は帰らない。何かを探っているのだろうか。
「ふむ。それでは某も丹後攻めに合力致しましょうぞ」
え。聞き間違いだろうか。一条信龍が残って丹後攻めに合力すると聞こえた。いや、何のために。何を考えているのだろうか。断る一択しかない。
「いやいや。それには及びませぬ。御宗家様も一条右衛門殿のお帰りを首を長くしてお待ちでしょう。早くお戻りになり顔をお見せになるのがよろしいかと」
「斯様な心配は無用にござる。それとも、この一条右衛門太夫が邪魔者だと?」
これは困った。なんだ、戦がし足りないというのだろうか。川中島で散々戦ってきただろうに。この場合、必要ないと答えても大丈夫だろうか。大丈夫だな。
「必要ございませぬ。私は忠実で有能な臣下に恵まれております。あまり見縊らないでいただきたい」
毅然とした態度で断る。一条信龍の目を真っ直ぐに見つめる。なんとも怜悧な目だろうか。同じ武田だというのに自分のとは大違いである。
「……ぷっはっはっは! いやいや、これは失礼をば。孫犬丸様は中々に面白い御仁でござるな。では、貴殿のお手並み、近くにて拝見させていただきましょう」
どうやら帰る気は全く無いようだ。直ぐに軍を動かす訳ではないのだが、本当に良いのだろうか。勝手に完結して付いてくることがなし崩し的に決まりそうだ。
俺が困りながらうんうんと唸っていると、誰かが襖の向こう側に現れた。おそらく与左衛門であろう。
「御屋形様」
「与左衛門か。如何した」
しかし、一向に話そうとしない与左衛門。ああ、一条信龍が気になっているのか。俺は彼ならば心配無用と言わんばかりに話を促した。
「構わん、話せ」
「三好勢と松永勢が六角左京太夫が籠もる将軍山城に挟撃を仕掛けたとの由。浅井勢の奮闘著しく、三好方の三郷何某などが討ち取られた模様にござる。内藤筑前守と宇野勘解由の両名も近々帰陣致しましょう」
どうやら史実とは異なった流れになったようだ。浅井が三好と戦ったという話は聞いたことが無い。こうなっては兵の数でも兵の質でも負けているはずだ。大敗だろう。
「公方様は?」
「相変わらず三好家に押さえられているかと」
それでも崩れないあたり、流石は三好である。三好修理大夫もまだ四十手前か。優秀な息子も居る。ここから粘るだろうな。この状態では三好も六角も浅井も動けない。一向宗が背後を突いたら俺達も攻めかかる。
「伝左。顕如上人は何時頃に越前に攻め込むと?」
「私共と同時に使い番が出ましたので、今頃には加賀に到着しているかと。松宮殿は何と?」
「まだ戻っておらん」
松宮清長は加賀の一向宗と折衝に赴いていた。彼はまだ帰ってきていない。恐らく交渉が難航しているのだろう。こればかりは松宮清長に任せるしかない。
「兎にも角にも我らは戦支度を進める他ない。松宮玄蕃允と与四郎が戻ってき次第、評定を開き丹後に攻め込むぞ」
「ははっ」
「承知つかまつりましたぞ。孫犬丸様」
厄介なことになった。何故、一条信龍が居るのか。何故、こうなってしまったのか。俺は頭を抱えることしかできなかった。
一条信龍は本願寺や松永との外交を担当していたらしいですね。そして相当の伊達者だったとか。
私は典厩信繁と大夫信龍が大好きです。でも、典厩信繁は死んでしまった……。本作には登場しません。
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