目は丹後に向けて
永禄四年(一五六一年)七月 若狭国 小浜の湊
公方から参戦の要望が来た。その兵を四百も出すと行ってしまった過去の自分を殴りつけたい。今は七百を用意するのにひぃひぃ言っているのだ。半分以上の四百を遊びになど行かせられない。
そこでどうするのか。それはもちろん、参戦したという体裁だけ整えようというのである。そこで内藤を呼び出し、二人で小浜の湊へと向かった。目的の人物は今日も小浜の隅に居た。
「これはこれは武田の御屋形様ではございませぬか」
「久しいな、宗九郎」
そこに居たのは荒浜屋の宗九郎である。人売りの宗九郎。どうやら越後で今年の三月に大きな戦があったらしい。なんでも上杉憲政を擁して北条が支配する関東に攻め込んだというのだ。
さらに今度は武田と雌雄を決するために川中島に着陣する予定だとも。普通の将ならば、馬鹿なことをと一蹴するが、上杉輝虎であればと納得している自分がいる。
「此度はどのようなご用件で?」
「それなのだがな、男手が欲しいのだ。都合四百名ほど何とかならぬか?」
「それくらいであれば都合いたしましょう。費えは……そうですな、四十貫で如何でしょう?」
「構わんぞ。後で取りに来い」
「毎度様でございます」
これで四百名の目途が付いた。頭数さえそろえばそれで良いのだ。先鋒は浅井である。そこが崩れたらもう終わりよ。戦わずとも逃げ帰ってくれば良いのだ。
「そういうことでございますか。しかし、それであれば最低限の装備を整えねばなりませんな」
内藤が言う。どうやら俺が行いたいことを理解したようである。本当に理解力が高くて助かる。伊達に若狭の守護代を行っているわけではない。
今の若狭から四百人を連れて行くことが出来ないので、四百人を宗九郎に用立ててもらい、彼らを戦場に連れて行こうというのである。
もちろん、逃げられる可能性が無いでもない。それを減らすために戦が終わったら解放する。もしくは雇い兵として雇い入れることを伝える。これで少しは逐電する者が減るはずである。
もう一つの問題、内藤が言っていた装備の問題だが、最低限の装備のみとするつもりだ。長槍ではなく、普通の槍と腹当に鉢金を貸し与える。御貸具足を貸すまでもない。
何故ならば繰り返しになるが彼らが戦闘する場面になった場合、既に勝敗は付いているからである。後は内藤が彼らをどこまで鍛え上げられるかだが、時間が少な過ぎる。逃げなければ御の字と思っておこう。
「迷惑をかけるな」
「なに。誰かが行わねばならぬことにございましょう。御屋形様は丹後のことだけをお考えくだされ。なにやら丹後の百姓たちがこぞって御屋形様の庇護を求めているようですな」
「流石は内藤。耳が早いな」
黒川衆の暗躍の甲斐もあり、加佐郡と与謝郡では我らの庇護下に入りたいと申し出る村々が増えてきたのだ。それだけ一色の税が重かったのか。それとも我らの税が軽過ぎるのか。
しかし、領民や領地が増えれば必然的に税収が増える。それならば税は下げるに越したことはない。百姓が潤えば経済は回るのである。そういう世界ならばいくらでも稼ぎようはある。
ただ、百姓に力を持たせるのはまだ早い。武は与えても知は与えぬよう考慮しなければ。それは天下が太平になってからで良いのである。
「良いか、内藤。死ぬでないぞ。其方はもちろん、其方の部下もである」
「それは命令でございますか?」
「当たり前だ。これは命令である。其方にはまだやってもらわなければならぬことが多くあるのだ」
「命令では仕方ありませぬな。承知いたしました」
たとえ俺の評判が落ちたとしても内藤は若狭武田に必要な男なのだ。俺は将軍と三好の戦はお茶を濁すことにし、丹後へ逆襲して一色義道が貯め込んでいる銭や宝物をどうやって奪うかを考えていたのであった。
◇ ◇ ◇
同時刻 丹波国 八木城 松永久秀
「殿! 殿ぉーっ!」
遠くで声がする。この声は楠木正虎だな。「儂はここだぞぉ!」と叫んで知らせてやる。すると、横にいた弟の甚介が「ここは兄上の城ではないのですよ」と苦言を呈してきた。そんなの、無視だ。無視。
「殿ぉ! 若狭の武田孫犬丸様より書状を預かって参りましてございまする!」
「ご苦労じゃった」
正虎から書状を受け取る。それも二通。適当に手に付いた方から書状に目を通した。そこに書かれていた内容は不可思議なものであった。
どうして参戦の要請を出しているというのに、甚介との共闘の話になっているのだろうか。色々と正虎に問い質したいところではあるが、それはもう一通の書状を読んでからである。
その書状にはお味方できない。何故ならば義輝方で参戦するからと認められていた。これには儂も苛立ちを覚えた。しかし、一度深呼吸をして冷静になる。
孫犬丸は何を考えているのか。確か、つい一月前には孫犬丸は丹後の一色と国境付近でぶつかっている。つまり、畿内の戦に参加する余裕などないのだ。
そこで辿り着いた結論。それは向こうにもこちらにも同じ書状を送っているという結論だ。と言っても送っているのは二通目だけだろう。
丹波攻めの兵糧その他は提供するという文言。罪滅ぼしのつもりだろうか。しかし、提供された兵糧をどう使おうと我らの自由である。そう思った瞬間、はっとした。もし、孫犬丸がそこまで考えているとしたら。
「やはり、あの時に殺しておけば良かったか。くっくっく。甚介、どうやらこの文は其方宛てのようじゃ。良きように使え。帰るぞ、甚四郎(正虎)」
「はっ」
手にしていた文を弟の甚介に投げ渡す。そして楠木正虎と共に八木城を後にした。しかし、畿内で総勢十万もの軍がぶつかろうというのに、それを無視して丹後を攻めるか。
つまり、彼奴は幕府の要職に就く気もなく、朝廷の権威も歯牙にかけていないということだ。これが何を意味するのか。想像するだけで楽しくなりそうであった。
それとも嫌がらせの為に大々的に我らに味方すると申していたではないかと糾弾しようか。いや、証拠が無いか。
「くっくっく」
人知れず笑みが零れ出でた。小僧が何を目指しているのか、お手並み拝見と行こうではないか。
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