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そのころ、丹後国にて

明日明後日が引っ越しのため、更新が滞るかもしれません。

予めご了承ください。

永禄四年(一五六一年)六月 丹後国 加佐郡 建部山城 一色義定


「この戯けがぁ! 負けたで済む問題かぁっ!」

「申し訳ございませぬ」


 頭を下げると、父上がそこに盃を投げてきた。避けずに甘んじて当たる。この敗戦は某の責任よ。兵の数が揃わなかったというのは言い訳に過ぎない。


 しかし、父上はなにもわかっておらぬ。兵を小出しにして勝てる相手ではないのだ。だというのに、建部山城に兵を千も残して何がしたいのだか。


 対して向こうの孫犬丸は単騎にて砦の救援に向かったと聞く。まだ元服前だというにもかかわらずだ。父上は相手が稚児だからと侮り過ぎている。諫めなければ。


「若狭勢の勢い強く、また後詰めも迅速にございました。侮って勝てる相手ではございませぬ」

「そういう問題ではないわっ! 儂は何としてでも勝たねばならぬのじゃ! だから領民の間で儂を侮る声が広がっておるのじゃっ!」


 領内で父を哀れみ、蔑む声が広がっている。特に与謝郡と加佐郡で我ら一色を侮る声と隣国である若狭武田を羨む声が増えてきている。これは若狭の手の者が広めているに違いない。


 しかし、事実そうなのだから反論することが出来ずにいた。我らは二公一民に加え、賦役も課している。それに対し、若狭は税を軽くし五公五民にしたと聞く。


 さらには新田の税は既存の税よりも向こう五年は五割安くするとも。若狭は去年から活気に溢れているのだ。無論、この丹後から若狭に流出する者も増えている。


「であればやはり二千の兵にて攻め込むべきでございました」


 某は最初からそう述べていたのだ。だというのに、父上が傍に兵を置いておきたいという理由で半分の千しか与えてもらえなんだ。そして負け戦よ。


 不幸中の幸いだったのは死者および重傷者が少なかったことである。こちらの被害は百程度だ。二千の兵があればまだ巻き返すことが出来る。


「過ぎた話を蒸し返すでないわ! それともなにか。負けたのは儂のせいじゃと申すのか、其方は!?」

「然に非ず、某はただ――」

「五月蠅い! 其方は下がっておれ! 儂が良いと言うまで部屋から出てくるでないぞっ!」

「なっ!」

「お主、儂を排して国主になろうとしておるのだろう。だからわざと負けたのじゃ! そんなことをしても其方に誰も付いて行くわけがなかろう!」


 父はそれだけを言い残すと部屋から出て行ってしまった。事実上の蟄居命令。父上はこの若狭との戦をどうするつもりなのだろうか。戦を始めるのは容易だが、収めるのは難しい。


 どちらかが滅ぶまで戦をするつもりなのだろうか。もし、そうだとしたら滅ぶ方は……。


 某が自室に戻ると弟である右馬三郎が直ぐにやってきた。そしてこれまでの経緯を話すと右馬三郎もまた肩をがっくりと落としたのであった。


「お父上は何を考えておられるのか。もし、若狭の武田が攻め込んできたら誰が兵を率いるというのか」


 右馬三郎がそう言う。父みずから兵を率いるというのであれば話は異なってくるだろうが、それはないだろう。となれば叔父の吉原越前守か稲富相模守辺りだろうか。


 いや、まだ武田が攻め込んでくると決まったわけではない。出来ることは無いか。そう考えた時、思い浮かんだのは但馬の山名氏であった。


 叔母が但馬の国主である山名祐豊に嫁いでいる。助力を求めても良いはずだ。そうすれば我らにまだ逆転の目が出てくる。兵数でも勝るだろう。そこで停戦すれば良いのだ。


「右馬三郎、済まぬが父上に内密で叔母上のもとへ向かってはくれぬか?」

「叔母上のもとにございますか?」

「そうだ。そして現状を報告し、助けを請うのだ。あくまで甥が叔母に助けを求めるだけよ」


 そう。あくまで甥が叔母に助けを求めるだけ。そこから先はどう転ぶか賭けである。しかし、我らが生き残るためにも手段を選ぶことはできぬ。


「かしこまりました。早々に出立いたします」

「頼むぞ」


 右馬三郎が出て行く。何もできない無力さに苛まれるとはこのことか。ああ、某がもう少し早く産まれ、もう少し早く家督を継げればこうはならなかったものを。


 ◇ ◇ ◇


永禄四年(一五六一年)六月 丹後国 加佐郡 上村一徳


 一人の農民がこちらに向かって走ってきていた。それを廃屋の中から寝転びながらじっと見つめていた。慌てている様子を見る限り、どうやら動きがあったようである。


「おーい! 五平どん! 五平どんの言った通り、戦になったど!」


 五平というのはこの場での名だ。毎回、異なる名前を使うことにしている。今回は五平、前回は四助、その前は三郎、それから……何だったか。多過ぎて思い出せん。


「やっぱりか。んで、どっちが勝ったんだ?」

「武田の若殿様じゃ。いやー、やはり武田の若殿様は素晴らしいお方なんだな!」

「だろう。武田の若様は百姓に優しいと聞く。それに比べて丹後の一色といえば重税に次ぐ重税。この負け戦の補填をと考えてまた税が増えるだろう」


 そういうと目の前の男の顔が曇り始めた。こうなったら逐電することも視野に入れなければならない。そんなことを考えている表情だった。


 無理もない。生きていけないほどの重税なのだ。彼らの気持ちは痛いほど良くわかる。良くわかるが故に、脆くそして操りやすい。


「そう不安そうな顔をするな。なに、その悩み事を解決するのは簡単なことよ」

「な、どうやって解決するというんじゃ!」

「お前の村が武田の殿様の領地になれば良いのだ。そうすれば税も軽くなり、武田の若殿様が守ってくださる」


 名案だと言わんばかりに胸を張って言い切る。自信満々に言い切ることが大事なのだ。自信の無い言葉が響く人間なぞ、世の中には居ない。言い切って安堵を与えてやるのが大事なのだ。


「周囲の村々とも相談し、一気に武田に降るべきだ。よく考えろ、一色が何をしてくれたというのだ。早く降らねば武田の兵が村を襲いにやってくるぞ」


 燃やし、奪い、殺されるぞと耳元で囁く。男の喉がごくりと鳴ったような気がした。慌てて駆けていく男。それを見てもう一度寝ころんだ。


「さて、他の場所へ行くとするか」


 関係を築いてきた場所で最後の一押しを行うため、廃屋から姿を消したのであった。それから直ぐである。加佐郡の村々が武田に付いたという知らせが耳に入ったのは。

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