進むか、退くか
内藤重政が山内一豊と明智秀満の両名を引き連れて合流したのは日が暮れてからであった。松宮清長は武藤友益に呼ばれ、君尾山に直接向かったようだ。
「遅うなり申した」
「構わん、一色は退けたからな。何とかだがな。しかし、兵は神速を貴ぶということを忘れるな」
「ははっ」
そう言って力無く笑う。ここからはじわりじわりと丹後を侵食していくのだ。
しかし、若狭も丹後も山ばかりで嫌になる。平地が全く無いのだ。これでは国力を付けようにも手の施しようがない。大阪平野や濃尾平野はおろか越前、能登、加賀の豊かさが羨ましく思う。
ああ、今なら信玄公の気持ちが分かる。我等武田には肥沃な土地を戦って奪い取るしか選択肢は残されていないのだ。その運命からは俺も逃れられないらしい。
「伊右衛門と左馬助は高浜から君尾山までの道を調べ、整備せよ。一色勢が襲ってくるかもしれん。警護も怠るな」
「「ははっ」」
さて、一色義定はどう出る。このまま築城されるのを指を咥えて見ているだけなのだろうか。俺であれば必ず妨害する。理想は完成直前の城を奪い取ることだ。
築城には最低でも三か月はかかる。いや、防備を固めるだけならば二か月あればできるかもしれん。しかし、それであれば攻めかかるには十分な時間だ。
その間に丹後国衆達の調略を進めていきたい。一色義道は暗愚な国主だと聞いている。そこがどう働くか。
一色氏は三管四職の家柄だ。侍所頭人を任される家格である。攻め滅ぼすよりも温情を与えて手元に置いておきたい。しかし、そんな従順な者がおるだろうか。傍流を探ってみるか。
ああ、そう考えたら隣の但馬国もそうだ。山名氏が治めているが、山名氏もまた三管四職の家柄だ。しかも一色氏と婚姻関係にある。もしかすると山名の後詰めを借りる可能性もあるな。
山名であれば四、五千は動かせるはずだ。その半分が動くだけでも不味い。動いてくるだろうか。だが、確か但馬も一枚岩ではなかったはず。特に垣屋、田結庄、八木、太田垣の山名四天王が鎬を削っているはず。
そして西には毛利だ。そう簡単に兵を動かせる状況ではない。大丈夫だ。何とかなるはずである。
「―—形様、御屋形様!」
「ん? なんだ?」
内藤重政が俺に呼びかける。どうやら深く思案してしまったようだ。
「これから如何なさるお積もりにございましょうや?」
「今、築城している君尾山城を拠点に丹後を切り取っていく予定だ」
「時間がかかりますな」
「性急に事を進めても上手くは行かぬだろう」
「若狭に兵がおらねば攻め込む好機と見て浅井、朝倉が動くでしょう」
「何を馬鹿なことを……」
しかし、内藤重政の目は至って真剣である。馬鹿なこと、と言って切り捨てずにその可能性を真剣に考えてみたい。動くとすれば朝倉だ。それに浅井は呼応するだろうか。これはするだろう。
浅井と分からぬよう、朝倉の兵を装って雪崩れ込んでくる可能性があるのだ。もしくは物資の提供だけを行うかもしれない。分かっているのは浅井は朝倉を裏切らないということである。
あの織田信長の誘いを蹴ってでも朝倉に味方したのだ。ちょっとやそっとでは朝倉を裏切る真似はしないだろう。若狭武田との約束、朝倉からの誘い、どちらを優先するだろうか。必ず後者だ。
「其方の申したいことは分かった。それは短期決戦に持ち込め、ということか?」
「もしくは機ではないと判断し退くかにございます。戦で悠長なことを申している時間はございませぬぞ」
攻めるか退くか。判断するのは俺だ。冷静に考えろ。ここが今の人生において、分岐点になるやもしれん。浅井、朝倉は攻めてくるだろうか。いや、来ない。
浅井と朝倉の目を三好にずらすのだ。そして、その好機は来ている。与左衛門からの報告によれば今、三好修理大夫が次々と悪手を放っている。先月には管領である細川晴元を幽閉しているのだ。そしてその長男である昭元も監禁している。
諸大名はそれに激怒していると聞き及んでいる。その急先鋒が六角義賢である。畠山高政なんかは鬼十河が亡くなったときから打倒三好を掲げていたくらいだ。
その気運を利用しない義輝ではない。そして浅井新九郎は約束通りに先駆けとして三好相手に深く切り込んでいかなければならないだろう。でなければ前からも後ろからも攻められてしまう。
つまり、若狭に構っている暇は無いのだ。なので俺は丹後に専念することが出来るはずである。ここは賭けだが、備えとして十兵衛を置いておる。何かあれば知らせてくれるはずだ。
だが、悠長なことを言ってる余裕が無いということも事実である。細川藤孝と山県孫三郎が戻ってきたら方針を定めなければ。しかしそうか。考えが甘かった。じっくり落とすなど、悠長過ぎたか。
「俺は決めたぞ、筑前守。一度引いて体制を整えよう。兵部と孫三郎に使いを出せ。調略に従わぬようであれば是非も無し。攻め落とすのみであると」
「承知いたしました」
内藤重政が柔らかい笑みを浮かべ首肯した。どうやら俺は試されていたようだ。今回のことは反省しなければならない。遊びで国盗りを行っているのではないのだということを痛感させられた。
某ゲームであればそれでも良いのだろう。しかし、これは現実なのだ。もっと多角的に物事を考えなければならない。多くの家臣を、命を抱えている事を忘れるな。
そして引いたことが功を奏すことになる。砦を落とせなかった一色式部から国衆達が離反していると言うのだ。向こうから声が掛かる始末である。流れは此方に向かってきている。確実に。
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