吉坂峠砦の攻防(上)
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永禄四年(一五六一年)六月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
「御屋形様、もっと脇をお締め下され」
「むぅ」
俺は今、叔父上と細川藤孝の両名から武田流を習っている。武田流とは弓術・馬術・礼法等からなる弓馬軍礼故実のことである。若狭武田はその大家なのだ。叔父上は言わずもがな、細川藤孝もこれを修めているらしい。
細川藤孝からは学ぶことが多い。剣術は塚原卜伝に学び、波々伯部貞弘、吉田雪荷から弓術の印可を得ている。学べるものは学んでおいて損はない。
「御屋形様! ご注進にござる!!」
そう言って走り込んできたのは一人の足軽、使番であった。どうやら動きがあったらしい。肝心なのはどこで動きがあったかだ。丹後の一色か。それとも畿内の足利か。
「一色式部、挙兵致しましてございます!」
「そうか、挙兵したか。呼応したのは?」
ここまでは想定通りである。欲を申さば、もう少し時が欲しいところであったがこればかりは致し方ない。問題は誰が呼応したのかである。
「主だったところでは井上佐渡守、岩田丹波守、氏家大和守、江木豊後守、大江越中守、小倉播磨守にございまする。他は留守居もしくは日和見となっておりますれば」
「兵数は?」
「およそ千にございます」
千か。予想よりも動員してきたな。丹後一色氏は確か隣国の但馬守護である山名氏とは婚姻同盟を結んでいた。つまり、丹波だけ備えていれば良いのだ。西から兵を持って来たとみられる。
俺の予想はもっと少ない想定であった。本当に国衆から愛想を尽かされており離反されているとは思えない状況である。しかし、この答えを聞いて納得した。
「率いている将は?」
「一色五郎にございます」
どうやら兵を率いているのは期待の嫡子のようだ。だから此処まで兵が集まったのだろう。焦燥感が募る。此処で叩いておかなければ一気に流れを持っていかれてしまう。
逆に考えろ。ここで一気に叩くことが出来れば丹後は俺のものである。必ず殺す。一色五郎はこの戦で何としてでも殺さねばならない。
「吉坂峠砦の備えは?」
「種子島が三十丁に兵糧も十分に蓄えられておりまする」
「今は誰ぞ守っておる?」
「梶又左衛門様と山県孫三郎様が兵を二百程で」
「直ぐに砕導山城の前田又左と石山城の武藤上野介を向かわせろ。白石山城に入れた伝左もだ」
「承知仕りました」
「その際の主将は武藤上野介に任せよ。此処で野良田の汚名を雪げとな」
「直ちに」
これで兵数は併せて五百程になるはずだ。俺も直ぐに向かわねば。誰を招集するべきか悩ましいところである。出来れば東の者は動かしたくない。
十兵衛は留守居だな。今、一番懸念しないといけないのは朝倉だ。朝倉は腹の底では何を考えているか読めぬ。浅井と六角、丹波の内藤は表面上の和睦か同盟は済んでいる。
しかし、それだと十兵衛に活躍の場が無い。そこで左馬助を派兵してもらうことにしよう。彼の活躍を十兵衛の活躍とする。それと同時に左馬助に経験を積んでもらうのだ。
上野之助も留守だな。銭を稼ぐ手を止めて欲しくはない。それに熊川は街道の要衝。疎かにする訳にもいかぬ。借銭を早く返し富国強兵に努めたいのだ。出費が多く、銭というのは貯まらないものである。
その代わりに松宮清長を呼び付けよう。松宮清長と上野之助は何処か反りが合わないようだ。いや、俺が楔を打ってしまったのかも知れぬ。これは遠く離してやる必要があるだろう。
此度の戦で松宮清長に功を立てさせ、転封させることも考えねばならん。大飯郡を松宮清長に任せてしまっても良いかもしれない。城も又左衛門ではなく。そうするべきだったか。しかし、応じてくれるだろうか。
それから山内一豊も呼び出そう。彼はまだ若い。今の内に多くの経験を積むことで若狭武田の守将となってくれるだろう。これで出揃っただろうか。
総大将は俺だ。そして細川藤孝と内藤重政にも同道してもらう。それに先行させた前田の又左と武藤友益、それと熊谷伝左衛門である。
それから経験を積ませたい山内一豊に明智左馬助、功を上げさせたい松宮清長の三将。
武田信景の叔父御には後瀬山城の留守居をお願いすることにした。
こちらの総数はやや少ない七百というところだろうな。ほぼ同数でのぶつかり合いであれば砦を有している我が方が有利である。俺はそう判断している。
農閑期とはいえ、百姓を徴兵することはできない。国主としての信頼を損なってしまう。つまり、ここでは雇い兵と自主的に参加してくれる農兵のみで凌がなければならないのである。
焦点は俺達が到着する前に一色五郎が砦を落とせるかどうか、になりそうだ。つまり、時間勝負ということである。そうと決まれば出陣するのみだ。
「馬引けぃ! 出るぞ! 細川兵部、供をせい! 叔父上、後瀬山の留守をお頼み申す!」
「承知!」
「はっ」
叔父上に目で合図する。後瀬山城は問題無さそうだ。
「内藤筑前守、山内伊右衛門、明智左馬助に陣触れを出せぃ!」
「はっ」
「御屋形様!」
急に慌ただしくなってきた。俺が脇差と太刀を腰に下げ、馬の支度をしていると傍に尼子孫四郎はやって来た。その時点で何となく察する。どうせ、戦に連れて行けと言うのであろう。
「何か?」
「某も戦に御供致しま―—」
「ならぬ」
「何故でございまするか!?」
「まだ元服前であろう。戦に連れて行く訳にはいかぬ」
自分のことを棚に上げてそう告げる。しかし、俺は国主である。この戦が戦になるよう仕向けた張本人だ。その男が戦に向かわずのうのうと屋敷で過ごしていたら家臣は如何思うであろうか。
家臣を大事にし、そのために自身は一所懸命の思いで頑張る。そういう主人に付いていきたいと考えるはずだ。俺ならそう思う。だから、孫四郎は控えさせ、俺は向かわねばならぬのだ。
誤解なきよう、きちんと孫四郎に告げて、鎧兜も着込まずに馬に跨る。それを見た細川兵部が「御屋形様! 何を!」と窘めるも無視して単騎で駆け出した。付いてきたのは僅か数騎だ。
これは皆を急がせるための策だ。俺が先行すれば死なせる訳にはいかないと急ぎ準備を整えるであろう。ただし、後で怒られることは必定だが。たしか織田信長もやっていたと聞いたことがある。
種子島がある故、そう簡単に落ちはしないだろう。種子島と防衛戦の相性の良さは折り紙付きだ。砦であれば雨の日でも使える強みがある。その音と威力に申し分もない。直ぐに落ちることは無いはずだ。
それでも急ぐに越したことはない。兵は神速を貴ぶのだ。馬であれば三時間程で着くはずである。ここで一色義定を殺せば家臣達の心は完全に離反するだろう。そうすれば丹後は貰ったも同然である。
一色義定が攻め入ったという知らせを受けたのは昼前。俺が吉坂峠砦に到着したのは昼過ぎであった。幸いなことに一色義定は未だ攻め込んできていないらしい。
「御屋形様!? 何故ここに!?」
「何を呆けておる。一色五郎が攻め込んでくるのであろう。急ぎ迎え撃つ手はずを整えるぞ」
吉坂峠砦の守将である山県孫三郎と梶又左衛門の両名と共に迎撃の用意をする。その間に武藤友益と伝左が到着した。これで砦の兵数は六百を超えた数となった。これならば持ち堪えることが出来る。
「伝左は砦の北側を指揮せよ。孫三郎は砦の南側だ。上野介は此処で俺と中央を守る! 又左衛門は後詰めだ!」
「御屋形様、なりませぬ! 鎧兜も身に着けずに前線で指揮するなど、前代未聞にございますぞ!」
「構わぬ! これは武田家存亡の戦ぞ! 負ければ若狭を失いかねんのだ! そんな戦で亀のように閉じ籠もってる将が何処にいる! 危ないと思うのであれば其方が俺を守れ。良いなっ!」
「「「ははっ」」」
窘めてくれた武藤友益を一喝して持ち場に付かせる。どうやら俺も頭に血が上って正常な判断が出来なくなっているのだろう。それだけ、戦場の空気というのは人をおかしくするのだ。思わず爪を噛む。
馬防柵も設置してあり、門も鉄城門になっている。しかもこの鉄城門、一色側からはただの棟門に見えるように細工してあるのだ。
どうやら叔父が熱心な改修を行ってくれたに違いない。いくら銭はこちらで用意したとはいえ、これには感謝の念が堪えない。一色の驚く顔が目に浮かぶ。
「見えました! 一色勢にござる! 先鋒は……小倉播磨守かと!」
小倉播磨守といえば一色家五家老衆の一人ではないか。信頼できる者に先鋒を任せたのだろう。悪くない判断である。その数は三百程。どうやら此処が最初の山場のようだ。
どちらが流れを掴むかの局面である。此処で小倉播磨守に痛手を負わすことが出来れば防衛は安泰だが、果たして。一色側の足軽達が盾に隠れながらじりじりと迫ってくる。手汗が止まらない。
「火矢を射かけよ」
まずは盾を無力化したい。火矢を放って盾を使えなくするのだ。しかし、それにしても数が多い。砦から顔を出そうものなら向こうの射手に狙われてしまうのだ。多勢に無勢とは正にこのこと。
その時である。砦の両端から轟音が響いてきたのだ。どうやら伝左と孫三郎が種子島を放ったようだ。若狭武田家では家格に応じて種子島を貸与している。伝左と孫三郎であれば五丁ずつ持っているはずだ。
これからの戦は種子島が中心となるはず。各家で種子島の扱いには慣れてもらわなければ困るのだ。つまり、それだけ出費をしているということである。
借銭を返すためにも益々負けられなくなってきた。ここで返す刀で一色氏を討ち取れば彼が貯め込んでいる金銀財宝は俺のものである。そして、悪政を敷いていたのだ。貯め込んでいるに違いない!
種子島の轟音に馬が怯える。元来、臆病な性質である馬だ。この種子島の音に慣れていなければ馬が怯えて進まないだろう。馬が使えないとどうなるか。混戦になれば自軍の兵士が自軍の指揮官を見つけられないのだ。
幸いなことに我らは慣らす時間があった。今回は砦での防衛戦だったため馬を必要としないから今回はその限りではないが、野戦だったら重要な事項だ。
「砦の種子島隊は何処だ!?」
「こちらに」
どうやら砦の種子島は本陣、つまり中央に位置しているようだ。武藤上野介が種子島隊を配備し、中央の狭間から種子島を覗かせた。
「上野介、中央の種子島隊を下がらせよ! そして左右に振り分けぃ!」
「何故にございます?!」
「敵を門前に集めるのだ。此処は鉄城門、そう簡単には落ちはせん。両端よりかは持ち堪える事が出来る」
今、一色勢は両端から中央に集まってきている。砦の両端に種子島があり、中央には無いのだから種子島の無い所に密集するのは納得のいく心理である。
しかし、如何せん敵の数が多い。物量で圧し潰すつもりだろう。足軽は畑で採れる訳ではないのだぞ。狭間の数も限られており、対処が難しい。
「援軍はまだ来んのか!」
「前田又左殿が此方に向かってるはずですが……」
「湯だ! 沸かした湯を上からお見舞いしてやれっ! それから門の裏に重石を置くのだ! 絶対に破らせるな!」
幸いなことに砦はまだ保っている。敵方もだいぶ疲弊してきているはずだ。兵も百は失っているだろう。負傷も含めればもっとだ。此処で俺達が負ければ若狭の負け。俺達が勝てれば丹後の負け。その様相を呈してきた。
次から次と兵が湧いて出てくる。どうやら先鋒を任されていた小倉播磨守の部隊に後続から合流した軍があるようだ。大江越中守、桜井豊前守が合流したようである。
しかし、まだまだ戦は始まったばかり。俺の長い一日は始まったばかりなのであった。
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