鶏鳴狗盗
永禄四年(一五六一年)五月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
今日は俺と明智十兵衛、沼田上野之助、それから黒川与左衛門の四人で車座になって座っている。何故この四人なのか。それはこの四人しか出来ない話だからである。
議題はもちろん我らが若狭の国力について。現状、どれだけの兵を徴兵できるかを話し合うつもりなのだ。まず現状を把握することにする。
「若狭にはおよそ四万の領民が住んでおる」
若狭全体で四万人である。これを多いとみるか少ないとみるか。この時代の主だった都市の人口は京で三十万、博多で三万、清州で一万ほどである。小浜だけ切り取ると五千も居れば良い方ではないだろうか。
「我らの存亡であれば五千は集められるでしょうな。しかし、今はそうではない。また、戦が続き国自体が疲弊しておりまする。百姓を集めるのは……」
「上野之助、わかっておる。しかし、小浜が海賊に荒らされることが多くなってきた今、丹後を叩くことを考えなければならない。そこでどれだけの兵を動かせるかを考えるために集めたのよ」
今の雇い兵の数は若狭全体で七百ほど。十兵衛が三百、上野之助が二百、前田又左衛門が百、そして俺が百の合計七百である。しかし、七百だけで落とせるほど戦は甘くない。
「丹後を攻めるかどうか。これは調略の進行状況次第だな。十兵衛、与左衛門。そちらはどうなっておる」
「はっ、森脇相模守は揺れておりまする。もう一押しすればいけるかと」
「稲富相模守は芳しくありませぬな。諦めるほか無いかと」
十兵衛と与左衛門が異なった報告を上げる。だが、それで良い。相手構わずに調略の手を伸ばし、一色義道が家臣を信用できない状況を作り上げることこそが肝要なのである。
「丹後の一色はどれ程の兵を動員するだろうな」
「おそらくは二千ほどは集めることが出来るかと。しかし、それは雑兵や小者、中間が多数を占め、士気は高くないかと」
「どうにかしてそ奴らを追い払うことが出来れば良いのだがな」
雑兵も小者も百姓だ。何度も言うが百姓を殺すつもりはないのである。丹後は武田元信が守護だった国。義道に人望が無いなら俺は大手を振って迎え入れて貰えるだろう。
「もし、仮に。本当に仮にだが、百姓を徴兵するのではなく任意にて参加したい者だけを連れて行くとならば、何人集まるだろうか」
皆が頭を悩ませる。百姓が戦に参戦する利といえば戦利品を持って帰れることだ。太刀や兜、鎧などを手に入れることが出来ればそれなりの資産を築くことが出来る。
しかし、命を失う危険も大きい。積極的に参加する百姓がどれだけいるか。男手というのは大事な労働力なのだ。どの村も安易に手放したりはしないだろう。
「集まって三百……いや、二百かと」
「二百か。雇い兵と併せても千に届かなんだか」
攻め込む戦は難しい。守る戦であれば百姓を動員することが出来るというのに。それは負けてしまった場合、若狭に住まう百姓が土地を、家族を失うからである。しかし、攻め戦の時はその心配がない。
「あと百ほど雇い兵を集められるか?」
「それは能いまするが、三月はいただかねば戦には使えませぬぞ」
「それでも構わん。人手があるだけで儲けものよ」
もし、この機会で一色に攻め込むのならば各村から人口の一割は男手を出してもらおうか。そして従軍した百姓たちの待遇をうんと良くするのである。
我ら武田軍の待遇は良い。
そういう噂が広まってくれたらば、積極的に徴兵に応じてくれるかもしれぬ。出費はちと痛いが、百姓との関係を父と祖父と曾祖父と高祖父が崩してしまった。俺が積み上げ直すしかないのだ。
「向こうから正面切って攻め込んでくれるのが楽なのだがな」
そうしたら領地を守る名目で徴兵することが出来る。いや、待てよ。それであればもっと過激な挑発行為を行えば良いのだ。
「与左衛門、一色の代官の家を襲えるか?」
「代官の家でございますか?」
「そうだ。一色の代官の家だ。丹後の百姓は傷つけたくない。しかし、挑発をしたい。ならば代官を襲う他なかろう。銭や米を貯め込んでいたら根こそぎ奪って来い」
「承知いたした」
百姓は生かさず殺さずが鉄則と思っている大名が大半だろう。その中で俺は百姓にも権利を認める。その話をどこからか聞きつけ、領民が増えてくれればこの上ない幸せだ。
人は力である。人の数もまた力なのだ。どんな人物でも活躍の場はある。使い方次第なのだ。えーと、こういうのを何というんだったか。
ああ、思い出した。鶏鳴狗盗だ。
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