国家の大事
永禄四年(一五六一年)二月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
それは夜明けとともに始まった。廊下を武者が歩いてくる。足音が鳴り響き、甲高い鎧の音が俺の安眠を妨害してきた。おそらく、良くない知らせである。
「ご注進にございまする! 小浜に海賊が現れましてございまする!」
「ちっ! 相変わらず厄介なものだ。兵を集めよ。浜衆は!?」
「既に対処に当たっておりまする」
折角良い気持ちで文と同衾していたというのに火急な知らせのお陰で目が覚めてしまった。どうやら既に浜衆である菊池治郎助と梶又左衛門は対処に当たっているようだ。
であれば、俺が為すことは後詰めの用意である。尼子孫四郎に声をかけ、馬廻を集める。その間に俺は湯漬けを腹の中に収めた。海賊衆、全くもって厄介な相手である。
おそらく丹後の海賊衆だろう。それであれば引き上げる際、高浜を通って丹後の加佐郡へと戻るはず。そして高浜城に居るのは逸見虎清だ。
「あの……御屋形様、どちらへ」
文が心配になったのか俺に声をかけてきた。別に俺はこのままの格好で戦場に向かうわけではない。むしろ、俺は行かない方が良いかもしれない。足手まといになる可能性があるのだから。
「心配するな。俺はまだ出ぬ」
後瀬山城の麓に集まっている山県孫三郎と広野孫三郎、それから熊谷伝左衛門を捕まえる。兵をそれぞれ二十は率いているようだ。これならば安心だろう。
「無理はするな。小浜は我らの方が詳しい。奴らに手土産を持って帰らそうと思うな」
「ははっ」
「かしこまりました」
山県孫三郎と広野孫三郎が小浜へと向かっていく。伝左もそれに続こうとしたので、俺が制止を掛けた。彼にはやってもらいたいことがあるのだ。
「伝左、お前は高浜城へ向かえ。わかるな?」
「かしこまってございます。彼奴等を一網打尽にしてやりましょう」
以心伝心というのはこういうことを言うのだろうか。一を述べて十を理解してくれるのは非常にありがたい。そろそろ若狭でも水軍を組織しなければならないだろう。しかし、水軍を率いることのできる将が居ない。
水軍に関しては一度棚上げだ。遣い番を走らせ、明智十兵衛の居る国吉から船で小浜に来るよう伝えた。逃げ道は西だと思うが、念には念を入れて東に逃げられた時のために国吉から船で向かわせるのである。
海賊は海賊でも私利私欲のための海賊が一番御しやすい。逆に一番面倒なのは一色氏の子飼いの海賊である。浜に火を放って逃げて行ったときは全員ひっ捕まえて処してやろうかと思ったほどだ。
今回の海賊は前者だったようで捕まえられるやつはひっ捕まえた。そして縄を打って尋問する。どうして小浜ばかりに来るのか。田辺――現在の舞鶴――の方がよっぽど実入りが良いだろうに。
「へへ、小浜を襲ってきたら丹後の殿様から褒美が出るんでさ。そりゃ小浜を襲うだろうで」
「そうか。それが聞ければ満足だ。連れて行け」
「ははっ」
どうやら丹後の一色氏が海賊を唆していたらしい。こいつの証言をもとに賠償金をふんだくりたいくらいだが、そうも行かないのが戦国乱世。
「被害状況は?」
「多くはありませぬ。事前に気が付けたのが良かったかと」
海賊が見えた途端、銅鑼を鳴らして浜衆が準備を行ったのだ。それでも突っ込んで来る辺り、何も考えていない海賊だなと思う。陸に上がれば勝てる要素はないだろうに。
「民の様子は?」
「少し怯えてはおりますが以前よりは安心して商いが出来ると」
おべっかを使われているのか。どちらにしても早く片づけなければならない問題なのは間違いない。攻め込むべきか。いや、だが戦続きで疲弊しているのだ。そう簡単に戦に踏み切ることはできぬ。
「御屋形様、一色を討ち取りましょう! 丹後に攻め入りましょうぞ!」
広野孫三郎が言う。しかし、戦は軽々に始めることはできぬのだ。戦は国の大事。もっと熟慮しなければならぬのである。
「待て、そう逸るな。しかし……其方たちの言も胸の内に留めている」
まずは百姓たちの説得からだ。百姓なくして戦も生活も出来ん。雇い兵をどれだけ動かすか。百姓兵をどれだけ徴収するかを計算しなければ。
「孫四郎、十兵衛と上野之助を呼んでくれ」
「ははっ」
ここからまた楽しい算術の時間である。はー、いやだいやだ。
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