殖産と商いと銭と夕餉
永禄三年(一五六〇年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
俺はこの後瀬山城に商人たちを呼び出した。内容はもちろん借銭である。聞けば驚きの一万貫もの借銭があるというのだ。日本円にして一億五千万円である。これは徳政令を出して踏み倒したくなる気持ちがわかる。
しかし、俺は国主であり当主だ。その地位を乱用すれば簡単に返済することが出来るだろう。俺はそう信じている。そう、不測の事態が起こらない限り。
「この武田孫犬丸、商人を無下にはせぬ。それは皆も知っておろう」
皆が頷いた。どうやら俺が商いを推奨しているのは若狭商人の間では有名な話になっているらしい。それならば良い話が出来そうだ。
「まず、借銭だが一か所に集めたい。皆とやり取りをする時間が惜しいのだ。その時間を借銭に費用捻出に充てよう。そこでだ。誰か代表一名が全ての借銭を立て替えて欲しい。誰かいるか?」
当たり前だが名乗り出ない。こんな旨味のないことをする理由がないのだ。なので、俺はそこに旨味成分を付け足してやることにする。
「名乗り出たものは我らの御用商人として――」
「私どもにお任せください、はい!」
そう言ったのは組屋の源四郎であった。何というか機を見て敏という言葉がしっくりくる男である。それが決まれば他の商人と借銭に関して話す必要はない。俺から伝えるのは入船馬足料を少し引き下げるという話くらいだ。
それらを伝え、商人たちを解放した。残るは源四郎との話し合いである。この一万貫をどうやって返済していくか。それが大事だ。
「先に提案しよう。向こう五年間は無利子で、それ以降は年一割の利息でお願いしたい。元金は十年、年に一千貫を返そう。如何か?」
「孫犬丸様であれば一千貫と言わず二千貫は返せそうですけどねぇ」
「無論そのつもりだ。なので五年間の無利子をお願いしているのである」
「かしこまりました。向こう五年間は無利息でお貸しいたしましょう」
借銭は猶予してもらえた。首の皮一枚繋がったのである。この間に何とか銭を貯めなければ。椎茸や蒸留酒は秘匿中の秘だ。教えるわけにはいかない。
では灰持酒の造り方を教えることにしようか。それから食事も見直すことにする。贅沢は禁止。質素倹約を旨とすることに決めた。
しかし、それはあくまで小手先の技術。収入の根幹は年貢だ。そして俺はその年貢を二公一民から五公五民に引き下げてしまった。なんであんなことを約束してしまったのか、今になって後悔が襲ってくる。
過ぎたことを悔やんでも仕方がない。それよりも税収を増やすことを考えるのだ。まず、隠田を厳しく取り締まる。それから検地だ。この二つを領主に徹底させよう。それで石高も見えてくる。
それから段銭はすべて断る。足利だろうが朝廷だろうが無い袖は振れないのだ。我らの地力が付くまで免除してもらおう。
しかし、だからと言って軍備を緩めるわけにはいかない。依然として丹後一色氏とは仲が悪いのだ。俺ならば祖父と父が亡くなった今こそ攻め込む好機と捉える。
百姓を雑兵として徴兵するわけにもいかぬ。今、百姓は生活を立て直そうと必死なのだ。雇い兵を早急に増やす必要がある。そう考えると支出が大きい。
どうして一気に金欠になってしまったのか。大名だぞ、国主だぞ、当主だぞ。左団扇で暮らすと思うではないか。帳簿を見れば見るほど気が滅入ってくる。
平地が少なく森と山しかないのであれば、林業を推奨するのも手である。そして空いた土地を田畑として活用する。これも時間が掛かりそうだ。
館にある要らない物をすべて売り払ってしまおうか。俺が当主だ。そのどれもこれも売り払ってしまいたいくらいである。うん、祖父のがらくたは全て売り払ってしまおう。
ああ、銭が欲しい。銭が欲しいが銭のことばかりを考えているわけにもいかない。領地を良く治めることもしなければならないのだ。
その中で多いのが土地売買のいざこざだ。若狭は土地の売買が激しい国であり、買地安堵を多く求められる。お墨付きを貰いたがるのだ。
しかし、容易に出すことはできぬ。我らを騙している可能性があるからだ。そのため、慎重に話を進めなければならない。この辺り、奉行に任せた方が良いのかもしれない。
まずは分国法を定める。その後、訴訟や村同士の諍いはその分国法に則り奉行が裁く。この仕組みを早急に組み立てたい。そして俺は借銭の返済に集中するのだ。
「失礼仕る」
部屋に入ってきたのは与四郎であった。また何かあったのだろうか。身体を強張らせ与四郎の報告を耳にする。
「申しつけられておりました甲斐と信濃を調べてきてございます」
「あ、ああ。それで如何であった?」
「酷い有様でございました。」
聞けば空き家にも税をかけていたそうだ。大雨で作物が実らなかったにもかかわらずである。しかも滞納を許さず、村単位で連帯責任なのだそうだ。領民が信玄を慕っているというのは真っ赤なウソだったのだ。
「あいわかった。報告ご苦労」
「はっ」
これで新たに税を作成することは適わなくなった。現状の税収を上げる方向で努力するしかない。人は礎だ。そう言ってる甲斐の領民がボロボロな訳だが。
「腹が減ったな。もう夕餉の時間か」
気が付けば外は日が暮れようとしていた。文が夕餉を運んでくる。その献立は赤米の味噌雑炊と鰯が一尾。大根の漬物に茄子の煮浸しである。
昨日まで白米と鯛の煮付け、蕪と豆腐の味噌汁と香の物になますを食していたというのに、何という落差。いや、今までが贅沢過ぎたのだ。
こちらの方が健康にも良い。俺は武士だ。質素倹約し、そのいざという日に備えるべきだろう。そう自分に言い聞かせ、涙を流しながら食事を腹に収めたのであった。
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