逸見駿河守虎清
若狭国 大飯郡 砕導山城 逸見源太
某は孫犬丸様に命じられ父上の居る砕導山城に赴いていた。某の目的は父上の説得である。開門してもらい、父上に目通り願う。
粟屋越中と先代様の目を誤魔化すために若様の許を辞して父上の挙兵に馳せ参じてきたという体だ。若様がそうしろというのである。
「父上、ご無沙汰しております」
「源太か。息災であったか」
「はい」
今、人払いをお願いし夜分遅くに父と二人で言葉を交わしていた。人払いをしなくとも粟屋越中と先代様は御屋形様の居なくなった後瀬山城を攻めている。
しかし、落とすことは能わないだろう。御屋形様が居なくとも孫犬丸様が居る。そして何やら孫犬丸様には守り切れる勝算があるようであった。
「しかし、お前ももう元服する歳になったか」
そう呟き、盃を傾ける。その目はどこか遠くを見つめているような気がした。父が盃を差し出す。某は黙って盃を受け取り、それを飲み干した。父上が飲んでいたのは若様の澄み酒であった。
「父上、どうしても降ることは出来ませぬか?」
「それは出来ぬ相談だ。儂は先代様に殉じる心積もりである。ただ、惜しむらくは孫の顔が見れぬことだがな」
そう言って父がかっかと快活に笑う。某の目には涙が溜まっていた。今ならまだ間に合うというのに、どうして孫犬丸様に降ってくださらないのか。
「御屋形様がお嫌いなのは存じております。しかし、若殿様であれば仕えても良いと仰っておられたではございませぬか!」
「そう喚くな。この状況で寝返ったとて、御屋形様はおろか孫犬丸様も儂を歓迎せぬだろう。それよりも家のことを考えるならば其方が儂の首をもって降る方が良い」
あっけらかんとそう述べる父上。どうやらもう既に覚悟を決めているようであった。しかし、某は諦めきれなんだ。父の命を救いたいと思っていた。
「某にも、母上にも、まだまだ父上は必要なのです。お願いいたしまする。恥も外聞も投げ捨て、孫犬丸様にお降りくだされ」
拳を付けて頭を下げる。涙を流しながら父上の心変わりを願った。しかし、その結果は否。どうしても父上は先代様と運命を共になされるらしい。
「ならぬ。履き違えるでない。今、考えなければならないことは家を保つことである。儂の命を救うことではない。幸いなことにお前は孫犬丸様の覚えめでたく逸見の未来は安泰だ。今はどうやって逸見を繁栄させるかを考えるのだ。ならば儂の首を持って手柄とするのが最上だろう」
父上はそう述べる。最後に「ま、粟屋越中と先代様が負けたらの話だがな」と付け加えた。そして翌日の昼過ぎに知らせが届く。先代様が討ち死にしたこと。粟屋越中が敗走した知らせが。
「決したか。こちらには誰が向かっているのだ? 存じているのであろう、其方は」
父が某に向かってそう述べる。某が孫犬丸様と通じていることはお見通しだったようである。ただ、某と会うために口車に乗ってくれたのだ。
「十兵衛殿と上野之助殿が向かっているかと。もう大勢は決しました。ご決断を」
「どちらも孫犬丸様の腹心だな。丁度良い、両名を城内に迎え入れよ」
父に降伏を迫る。それを受け入れてくれたのか、十兵衛様と上野之助様をこの砕導山城に迎え入れるよう申しつけられた。その言葉通りにお二方を城内に入れ込む。
「十兵衛様、上野之助様、父上がお会いしたいとのことにございます」
そう述べると十兵衛様と上野之助様は顔を見合わせた。そして互いに頷き十兵衛様が「会おう」と答えた。某が先導し、城内を案内する。
「父上、十兵衛様ならびに上野之助様をお連れいたしました」
「うむ」
手短に答える父。その言葉を聞いて扉を開けた。その先に居たのは白装束を身にまとった父であった。白装束、つまり果てる御積もりのようである。
「ち、父上……なにを……」
「お前は黙っておれ。十兵衛殿、上野之助殿、儂の謀反と倅は関係ござらん。咎は儂に」
「もちろんにござる。源太殿は孫犬丸様の小姓。それは孫犬丸様も重々承知しておりまする」
父の問いに十兵衛様が答える。その言葉を引き継ぐように上野之助様が口を開いた。
「決心は揺らぎませぬか。今すぐではございませぬが、必ずや孫犬丸様の時代が訪れましょう。それまで雌伏の時を過ごしていただければ――」
父は首を振る。上野之助様はそれを見て説得を諦めた。某でも駄目だったのだ。上野之助様が行っても無駄だと悟ったのだろう。
「なれば、縄に付いていただきたく」
「それは断る。先代様に合わせる顔がない。必要とあらば、ここから首を持っていかれよ」
父の瞳から強い意志を感じる。十兵衛様も溜息を吐いて父上にこう述べた。
「承知仕った。そのご覚悟、天晴にございまする。某が介錯して進ぜよう。最後に、言い残すことはございませぬか」
「そうだな。源太」
「ははっ」
「名を改めよ。其方は今日より逸見駿河守虎清と。そう名乗れ」
「かしこまりました」
父に名を付けてもらえた。それだけでも幸せ者というものだろう。出来ることならば父の目の前で元服の儀を執り行いたかった。
「元服の儀は我らの方で恙無く行うことを約束いたしましょう。また、所領の安堵も孫犬丸様に掛け合ってみまする」
「……忝い」
上野之助様の言葉を聞いて満足そうに短刀を腹に突き刺した。その瞬間、十兵衛様が刀を振り落とす。某は父の最後の雄姿をその目に焼き付けた。
その後であった。御屋形様がお討ち死に為されたという知らせを受け取ったのは。
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