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当主の座

 父の訃報でいつまでも呆けている訳にはいかない。時間を有効に使わねば。


「まだ他の者は知らぬな?」


 そう尋ねると首肯する与四郎。さて、そうなると家中を掌握に動かねばならない。しゃしゃり出てきそうなのは祖父である武田信豊である。俺が幼いと見て横槍を入れてくるに違いない。それから叔父上達もだ。


 祖父は俺を推してくれると言っていたが、それもどこまで信用できるか。俺を上手く操りたいだけなのではないだろうか。そう勘ぐらざるを得ない。


「委細は後で聞く。その知らせを十兵衛と上野之助にも知らせよ。そして必ず砕導山城を落とせ、と」


 そして祖父を見つけたら必ず捕らえるのだ、と。

 俺も武田の呪縛から逃れられないらしい。父追放の武田家と誹られるであろうな。俺の場合は祖父追放、いや暗殺になる訳だが。


「承知」


 そう言って立ち去る与四郎。彼と入れ違いに入ってくるのは内藤重政であった。その顔は晴れやかである。

 それもそうだ。此処まで見事に策が嵌ったのだ。気持ち良くない訳が無い。


「若様。お味方、大勝利にございまする。粟屋越中守を捕らえましてございます。しかし……」


 そこで言葉を区切り難色を示す内藤重政。どうやら不都合もあったらしい。逸見を逃がしたか。それとも松宮玄蕃允に何かあったか。


「武田、治部少輔様が御討ち死にとの由。流れ矢に当たってそのまま、と」


 どうやら祖父が流れ矢に当たって死んだようだ。これは俺にとっては僥倖である。わざわざ暗殺する手間が省けたのだから。にやけそうになる顔を必死に抑えて、神妙な面持ちでそれよりも重要な話をする。


「!! ……そうか。実はな、今、俺の手の者から知らせがあって父上が近江国で御討ち死にされたとのことらしい」

「なんと!?」


 動揺を隠さない内藤重政。俺も仰々しく落胆して見せる。動転し過ぎて俺の手の者という部分を気にも留めていない。情報も鵜呑みにしてしまっている。これは危ないな。


 とは言え、祖父が父と同時に亡くなったのは不幸中の幸いであった。祖父を殺さずに済んだ。これで家督は俺のものだ。若狭を好きに改革することが出来るのだ。


「落ち込んでいても事態は好転せん。内藤筑前守よ。家中を纏めるのを手伝ってくれるか?」

「勿論にございます! 某は若様に付き従い申し上げまする」

「助かる。まずは父の死の真偽を確かめることが第一だ。それから急ぎ遣いを出せ。それから若狭を固めていくぞ」

「ははっ」


 俺は同様の話を松宮玄蕃允にも話した。彼も酷く動揺し狼狽していた。粟屋越中は牢に放り込んでおくとして、今後の対応を松宮玄蕃允とも練る。浅井や朝倉の目が此方に向かないとも言い切れない。彼には後瀬山城の防備を固めてもらうことにした。


 一日遅れで俺の許に父が討ち死にしたという知らせが届く。どうやら事実だったようだ。山県孫三郎と武藤友益の両名は父の遺体と共に這う這うの体で逃げ帰ってきているとのこと。


 どうやら油断していた六角勢は浅井新九郎率いる別動隊の奇襲に本陣深く切り込まれ、大混乱したとのこと。油断した要因としては浅井が兵を六千しか用意していなかったのに対し、六角が二万も動員していたからである。


 令和の世では浅井は一万一千の兵を動員したと言われているが、二十万石の大名が一万以上の兵を動員するのは相当無理をしなければならない。なので、頑張って六千は現実的な線だろう。


 そして浅井領を荒らしに行かなくて正解であった。実は浅井が総力戦を挑んでいる中、浅井の背後である北近江の北部を荒らしてやろうかとも考えていたのだが、朝倉景鏡が五百の兵で後詰に来ていたとのこと。


 もし、北近江の北部を荒らしていたら浅井と朝倉の両家を敵に回していたであろう。若狭の国内統一に精を出していて正解であった。背後を突いていたら、とんだ藪蛇が出てくるところであった。


 話を戻そう。


 油断し、敗北した六角ではあるが被害は軽微だったようだ。と言うのも、我ら武田が六角の楯になったからである。浅井勢の被害が六百に対し、六角勢の被害が八百だが、その内の二百は武田の被害である。


 戦上手の父のことである。奮戦したのだろう。そして、それが幸か不幸か六角の傷を致命傷にしなかったのだ。


 つまり、割合的に痛手を負ったのは浅井だ。試合に勝って勝負に負けたというところだろうか。そして若狭武田に憎しみも買ってしまった。挟撃体制になるだろう。これには頭を悩ませるはずだ。


 六角も直ぐに反撃に出るだろう。面子を潰された形だ。やられたままでは終わることは出来ない。このまま朝倉を巻き込んで大騒動に発展させて欲しいものである。


 溜息しか出んな。このままでは争いに巻き込まれてしまう。何とか参戦を回避して自領を富ませ、丹後国へと雪崩れ込みたい。これは一計を案じなければならん。


 ともあれ、まずは葬儀の準備だ。それから母にもこの訃報を伝えねばならん。全く、損な役回りだよ。

 重い足取りで武田氏館に赴く。母は侍女の八重と着物を見繕いながら笑っていた。暢気なものだ。


「失礼いたしまする。孫犬丸にございます」

「おお、どうしたというのじゃ? 入り給う」

「失礼いたしまする」


 中に入る。さて、どう切り出したものか。俺が不安そうな、難しい顔をしていたからだろうか。気に掛けた母から俺に話を振ってくれた。


「孫犬丸、どうしたというのじゃ? そう難しい顔をして」

「はい。その、単刀直入に申し上げます。父上が御討ち死になされました」

「……今、なんと?」

「父上が、浅井方に、討たれ、御討ち死に、致しました」


 分かりやすいように何回か言葉を区切って伝える。父が浅井に殺された、と。

 母はと言うと、その事実を受け入れられなかったのか頭に手を置いて気を失ってしまった。それを侍女の八重が受け止める。こればっかりは致し方ないだろう。伴侶が亡くなってしまったのだから。


 母のことは侍女の八重と文に任せ、俺は城に戻る。母上ばかりに構っていられる状況ではないのだ。俺はこの後瀬山城を守り抜かねばならぬのだから。


 ◇ ◇ ◇


 後日、十兵衛達が後瀬山城に帰還してきた。と言っても、兵達は東の備えに戻らなければならないので、後瀬山城にやって来たのは十兵衛と又左、それと伝左の三人とその手勢のみである。


 兵達の表情は明るい。どうやら勝ち戦のようだ。しかし、十兵衛達の顔色は優れなかった。

 俺は彼等を城に招き入れる。それから努めて明るい声で彼等に尋ねた。


「戦はどうであった?」

「はっ、砕導山城は無事に攻め落としてございます。逸見駿河守は城内にて自刃して果てましてございまする」


 代表して十兵衛が返答した。攻め落としたというのに嬉しそうな表情は見せない。十兵衛もそれだけ俺のことを気にかけてくれているのだろう。なので、俺は逆に努めて明るく声をかけた。


「ようやった! これで若西も治めやすくなろう。逸見駿河守の妻は如何した?」

「はっ、源太が……いや、逸見駿河守虎清が保護しましてございまする」


 源太ではなく逸見駿河守虎清と言い改めた。どうやら元服したようだ。何があったのか、後ほど詳しく伺わねばならんな。


「如何するべきか。何か案はあるか?」

「はっ。であれば厚遇するべきかと。逸見駿河守は敵ながら天晴れな最期でございました」

「もちろんだ。逸見駿河守とは何度も腹を割って言葉を交わした。こうなってしまったのが残念だがな。そのまま家臣は源太に纏めさせよ。しかし、粟屋越中……彼奴の謀反は目に余る」

「はっ」


 虎清は厚遇しよう。逸見も武田の傍流だ。そして若狭国の四老の身分でもある。ここで会話が途切れる。俺達の間に気まずい空気が漂い始めた。


 それをぶった斬ったのが前田又左であった。空気を読めないのか、それとも空気を読まないのか。傾奇者が居てくれて今だけは助かったと思う。


「何だよ。折角の勝ち戦ってぇのに辛気臭くていけねぇや」

「又左!」

「いや、構わん。又左の申す通りだ。折角の勝ち戦だ。其方の武勇を聞かせてくれ」


 十兵衛が俺を慮って又左を窘めるが、俺がそれを制止する。確かに父のこと、祖父のこと、昌経のことは残念であるが、それとこれとは話が別だ。それに、もう切り替えて領内のことを考えねばならぬのも事実である。


「応よ! まずだな、城門をこじ開けた後、俺が槍を持って―—」

「孫犬丸様、それに十兵衛殿も。伝左と又左も此方へ」


 又左が武勇伝を語っている最中、内藤重政が俺を評定の間に呼び出した。いや、此処にいる面子全員を呼び出したと言った方が正しいだろう。


 そこには内藤重政、松宮清長、熊谷直之、市川定照、白井光胤等錚々たる面子が顔を揃えて俺を待っていた。沼田上野之助も居る。そこに十兵衛、伝左、又左も加わる。俺はそんな彼等の前に座った。


 驚いたのは山県孫三郎と武藤友益が城に到着していたことだ。二人とも酷く憔悴しており、全身が傷だらけである。それを見ただけで負け戦の凄惨さが理解できると言うものだ。(六角は負け戦だと認めていないが)


「申し訳ございませぬ。某共が付いておりながら、御屋形様をみすみす……」


 声が詰まり涙を流す山県孫三郎。その場で討ち死にしなかった不名誉、生き恥も相まって涙が止まらないようだ。俺は立ち上がり、山県孫三郎に近付くと俺の持てる全ての力で山県孫三郎を抱き締めた。


「よう帰ってきた。よう無事で帰ってきた。其の方等が無事で帰って来ただけでも俺は嬉しいぞ」

「あ、有難きお言葉にございまする。ううぅっ」


 次に武藤友益を抱き締める。二人とも汗と土埃の香りがした。俺も目に涙を浮かべる。流石に涙を流すまでには至らなかった。そこまで役者ではないようだ。


「若様! どうか、若様が御屋形様の跡をお継ぎ下され! 何卒、何卒、お願い申し上げまする!!」


 彼らと抱き合っていると、横から声が聞こえてきた。その声の主は内藤重政である。どうやら俺を神輿に据えようという腹のようだ。今の空気であれば持っていけると判断したのだろう。


「若殿様、拙者からもお願い申し上げまする!」

「某からもお願い申し上げまする!」

「若様!」

「若殿様っ!」


 機を見るに敏。十兵衛と上野之助がそれに追従した。更に眼前の山県孫三郎と武藤友益もそれに続く。すると、全体の勢いが大きく加速していく。家臣達が次々と俺に屋形の座に付けと押してくるではないか。


「「「若様ぁっ!!」」」

「あい分かった!」


 俺は上座に座り直し、家臣達と相対する。皆が真剣な表情で俺を見つめていた。屋形に付くということは彼らを養い、守り抜く責任が生まれるということだ。俺にそれが出来るだろうか。


 否! それが出来るかどうかではない。それをするのである。何も一人でしなければならないと言う訳ではない。皆に助力を請い、成し得て行けば良いのである。息を吐き、覚悟を決める。


 辺りが静まり返っている。どうやら、俺の言葉を待っているようだ。目を瞑る。俺はこれから当主となる。思い出されるのは朝倉宗滴の言葉だ。


 『武士は勝つことが本にて候』


「これから俺が若狭武田の当主となろう。至らぬ点もあろうが、皆、よろしく頼む」

「「「ははっ」」」


 こうして俺は対面の儀を恙無く終え、若狭武田の九代目の当主となったのであった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

【現在の状況】


武田孫犬丸 九歳(数え年)


家臣:たくさん

陪臣:たくさん

小姓:尼子孫四郎

忍衆:黒川衆

装備:越中則重の脇差、修理亮盛光の太刀

地位:若狭武田氏当主

領地:若狭国(八万石)

特産:椎茸(熊川産)、澄み酒(国吉産)

推奨:蘇造り、蕎麦造り、農地拡張、家畜(鶏、牛、兎)

兵数:300

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― 新着の感想 ―
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[良い点] 初めまして。 いつもこの作品を読ませてもらってます。 毎日4本投稿大変ですね。例え書き直しだとしても私だったら4本もあげられません。きっと先に体力の限界が来ますから。 [気になる点] 最後…
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