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後瀬山城攻防戦

永禄三年(一五六〇年)八月 若狭国 後瀬山城


 父が兵を連れて近江へと向かった。今、この城の城代は俺となっている。と言っても形だけだ。実際は内藤重政が全て差配してくれている。後はどの機に事を起こすか、だ。


 十兵衛と上野之助には既に伝えてある。それから前田の又左にもだ。どうやら又左は戦がしたくて仕方が無いらしい。まだまだ血の気が多い年頃だ。


 今回は十兵衛を大将とし、副将に一豊、先駆けに又左という布陣だ。十兵衛と上野之助の大将をどちらにするか悩んだが、十兵衛は我が若狭武田の一門衆に相当する。なので十兵衛が大将だ。上野之助の方が古参ではあるんだがな。


 十兵衛が百五十、伝五が五十の兵を率いている。一豊も同じく五十を率いらせている。それから伝左は百、信定が五十だ。上野之助と左馬助はお留守番としてそれぞれの城を守っている。


 又左には二十の兵を預けている。たった二十かと思っているかもしれないが、又左自身が鍛えた、選りすぐりの二十だ。その実力は折り紙付きと言っても過言ではない。


 合計で四百二十の兵で砕導山城を獲りに行くのだ。はぁ。俺も帯同したかったなぁ。俺はと言うと、内藤重政とお留守番だ。既に松宮玄蕃允は城を離れている。伝左以外の護衛が付くのはいつ以来だろうか。


 いや、待て待て。その前に俺は逸見昌経と話をしなければならないのだ。祖父と粟屋を売り渡せという内容には納得しないだろう。なので、逸見昌経が降ってくれないかとお願いするのだ。


 その使者として源太を向かわせる。源太は嫡男、昌経に無下に扱われることは無いはず。俺だって同じ若狭国の国衆同士で争いたくはない。平和的に解決できるのならばそれに越したことはないのだ。


「若様とゆっくり話すのは初めてでしょうか?」

「そうであったかな。内藤筑前守には色々と世話を焼いてもらっていると思うが」


 主に父のご機嫌取りなどで。他にも父を諫めてもらってもいるし、非常に頼りになる将だ。俺も父と同様に内藤重政には感謝しているし、これからも世話になるつもりである。


 内藤家も若狭の守護代を務める歴とした名家である。内藤氏は武田から別れた家だ。つまり、同族なのである。


「此度の策、若様がご自身でお考えになられたので?」

「あー、いや、違うぞ。十兵衛と上野之助にも手伝ってもらったのだ」


 これは嘘だ。一人で考えたのだが、八つ九つの子どもがそんなことを考え付く訳が無い。十兵衛や上野之助の力を借りたと言っておいた方が無難である。


 それに此処から先は十兵衛と上野之助に任せっきりになってしまうのだ。彼らの手助けが無いと砕導山城を獲ることなど夢のまた夢である。


「若様、碁でもどうです?」

「それなら将棋の方が好きだ」


 そう言うと内藤重政は将棋の準備を始めた。碁は分からないが、将棋ならば分かる。将棋は前世の祖父に嫌という程教えられたのだ。右四間飛車左美濃であれば任せてもらいたい。


「駒を落としましょうか?」

「いや、平手で」

「承知しました。では先手を」


 内藤重政が先手を譲ってくれた。将棋はやや、ほんの僅かだが先手の方が有利とされている。俺は大人しく角道を開けた。内藤重政もそれに呼応する。


「粟屋越中守はやって来ますでしょうか?」

「来るであろうな。でなければじりじりと貧するだけよ。一色と結んだとしても反撃の芽は無い。ここで立ち上がらねば父上が地盤を固め、じわじわと真綿で首を締めるように飢えるだけよ」


 飛車を四筋に振ってそう述べる。三好も俺が抑えてある。六角も足利も父の肩を持つであろう。一色、山名と結んだところで勝ち目は無い。朝倉に背後を突かせる機会でもあるが、今は浅井の援護に手いっぱいだろう。


 源太は間に合ってくれているだろうか。源太次第では相手の兵を減らすことが出来るのだ。戦の趨勢を左右すると言っても過言ではないぞ。


「では、容易に勝てるとお思いで?」

「いや、そうも思っておらん。籠城戦であれば手古摺るだろう。だが、ノコノコとこの後瀬山城に攻め掛かる様であれば容易く落とせるかもしれんな。後は兵数次第よ。乾坤一擲の気概で後瀬山城に―—」


 ぺらぺらと立て板に水の如く喋っている俺をじっと見つめている内藤重政。しまった。やってしまった。戦の戦況と将棋の戦況とで頭が一杯になってしまった。それでまた余計なことを口走ったに違いない。俺は何て言っていたんだ?


「どうされました?」


 そう述べて優雅な手つきで端の香を一つ進ませる。俺の角成を気にしての手だ。内藤重政にはとても余裕がある。何と言うか、数々の修羅場を潜ってきた百戦錬磨の雰囲気だ。


「いや、別に。内藤筑前守はどう思っているのだ?」

「そうですなぁ……某は―—」

「御注進! ご注進にござる!!」


 内藤重政が口を開こうとした矢先、一人の兵士が俺達の部屋の前にまでやって来た。必死に走ってきたのだろう。肩で息をしている。その兵士がこう叫んだ。


「粟屋越中守、逸見駿河守、武田治部少輔様と共に挙兵! 七百の兵にて後瀬山城に迫っておりまする!」


 来たか。俺と内藤重政の間に緊張が走る。さて、此処で懸念すべきことは松宮玄蕃允が此方に呼応してくれるかどうかである。考えるのは呼応してくれなかった場合だ。


 常に最悪を想定しろ。これがビジネスマン時代の俺の口癖であった。この場合の最悪は松宮玄蕃允が裏切り、寝返って祖父に付くことだ。一気に劣勢に追い込まれてしまう。


「配置に付けぃ! 狼煙を上げよ!」


 内藤重政が慣れたものだと言わんばかりに手早く指示を出す。さて、俺もやることをせねば。

 後瀬山城は大きく西と東の両方から攻め込める山城である。小郭が連続している造りだ。


「内藤筑前守、俺は妙興寺の郭に向かうぞ! 其の方は八幡の郭を頼む!」

「なりませぬ! 若様は武田家の御嫡男! 万に一つがございますれば―—」

「その前にこの城が落とされれば全て終わりよ! そう思うのであれば松宮玄蕃允を呼び寄せ、粟屋と逸見を早急に蹴散らせぃ! 案ずるな、供はつける。宇野勘解由、広野孫三郎は供をせい! 孫四郎は此処で待っておれ!」

「「ははっ」」


 ここで話を打ち切って俺は妙興寺側の郭へと向かう。俺が立ち上がり、席を外すと何処からともなく与左衛門が傍に近付いてきた。


「あの者達の準備は?」

「出来ておりまする」

「良し!」


 俺は兜だけを被って前線へと赴く。と言うか、俺に合う大きさの胴丸が無いのだ。こればっかりは仕方がない。

 それに、何も最前線に向かう訳ではない。郭の後方で指揮をとるだけである。


 この郭には既に百の兵が詰めていた。宇野勘解由と広野孫三郎に率いさせる。俺が来ると皆が驚いた顔をしていた。こういう時、何か言葉を掛けた方が良いのだろうか。


「俺もお前達と共に生き残るために此処に来た! 共に生き抜くぞ! 生き抜くために根伐りにするぞっ!!」

「「「応っ!」」」


 寄せ手がゆっくりと警戒しながらこちらを見てる。幸いなことにまだ距離はある。こちらの士気も十分。


 そして攻め掛かって来た。二百程だろうか。いや、後ろの備えにもう少し居る。俺は与左衛門が連れて来た三十名の配下に指示を出した。


「玉込めえぃ!」

「玉込めえぃっ!」


 そう叫ぶと種子島隊の組頭が大きな声で復唱する。連れて来た三十名は訓練通り、慣れた手つきで種子島に玉薬と玉を込め始めた。どうやら、こちらに寄せて来たのは粟屋越中守のようだ。扇の家紋が見える。


「狭間から筒出せぃ!」


 そういうと狭間から筒を出した。本来は弓を射る狭間なのだが、今回は種子島を放つ狭間となっている。そして、種子島に火を灯させる。今日が晴れていて良かった。


 しっかりと引きつけて、耐えて耐えて、今。俺は生まれて初めてと言っても良いほど肚の底から響くような大声を張り上げた。


「ってぇーっ!」


 そう言った瞬間、耳を擘く爆裂音が鳴り響いた。耳鳴りが酷い。辺りには煙が立ち込め、指示を出して居ないのに兵士達は次弾を装填し始めていた。これは十兵衛達の訓練の賜物である。


 敵方の兵はというと酷く狼狽し動揺しているのが郭の中からでも分かった。種子島を身に受けたのは初めてだろう。最初はその音に驚いてしまう。ここで駄目押しの斉射をお見舞いする。これで敵の前線は崩壊するはずだ。


「放てぇーっ!」


 二度目の爆裂音。舞い飛ぶ血飛沫。狭間の隙間から凄惨な戦場の現実が垣間見えた。これが、俺が描いた、望んだ現実である。吐き戻さないよう、必死で耐える。


「勘解由。まだ前線は崩れんのか?」

「もう崩れるでしょう。この惨状でございまする。雑兵共の士気は高くないかと」

「向こうに父上が仕込んだ草の者が居りまする。間も無く悲鳴が聞こえてくるでしょうな」


 与左衛門がそう言うと郭の向こうから大きな悲鳴が二つ三つ聞こえて来た。どうやら、雑兵が種子島に震え慄いたようだ。そして、それを合図に粟屋陣営が総崩れし始める。


「某は反対側を見て参りまする」


 そう述べて手勢を率いて立ち去る広野孫三郎。こちらは安泰と見たのだろう。俺も勝ったと思っている。いかんいかん、この油断が敗北を招くのだ。更なる戦果を求めなければ。


 追い首が欲しい。粟屋越中守の首級が欲しい。あの男は若狭武田に対し、何度も謀反を起こしているのだ。今日、此処でその禍根を絶っておきたいのだ。


 しかし、郭から出て追い首を求めるのは危険過ぎる。この銃撃で流れ球にでも当たって野たれ死んでいれば良いのだが、そうは都合良く行く訳がない。


「越中守は無事か?」

「そのようで」


 旗が健在のようだ。さて、粟屋勝久を追って首を獲るか。それとも今回は追い返しただけでも良しとするか。判断に迷うところである。しかし、悩んでいる時間はない。


 首を獲るために打って出よう。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。俺が追撃を指示しようとしたところ、敵方の後方から叫び声が聞こえて来た。それと同時に一人の兵が俺の元にやって来る。


「御注進! 松宮玄蕃允様が粟屋越中守と逸見駿河守に襲い掛かっている模様にございます!」

「承知した。下がれ」


 どうやら示し合わせた通りに松宮玄蕃允は役目を果たしてくれたようだ。松宮玄蕃允も裏切るという最悪の想定は脱することができた。これで俺の勝ちは揺るぎないものになっただろう。あとは勝ちをどう大きくするか、である。


「打って出ますか?」

「……いや、止めておこう。窮鼠猫を噛むという言葉もある。今回は松宮玄蕃允に任せ、この郭の守りを固めよ」


 腰が引けてしまった。冷静になってしまった。恐怖に負けてしまったのだ。戦場がこんなに恐ろしい場所だとは思わなかった。鎧兜も無しに来て良い場所ではない。種子島で援護射撃をするのが精いっぱいだ。


 昼前に始まった戦も昼過ぎには終わっていた。いや、正確に述べるのであれば俺の出番が終わっていた。

 後瀬山城に戻り、汗を拭う。座り込むと一気に疲れが襲ってきた。戦はこうも体力を消耗するのか。


「お疲れにござりまするか?」


 俺に抑揚の無い声でそう声を掛けてきたのは黒川与四郎であった。いつの間にか後瀬山城に戻ってきたようだ。相変わらず表情の読めない男である。


「ああ、参った。戦があんなに疲れるとはな」

「お疲れのところ、申し訳ござらぬが急報にござる」

「なんだ?」

「武田伊豆守様、御父上様が御討ち死にとの由」


 俺の手が止まる。まさか、父が討ち死にするとは考えていなかった。いや、待て待て。これは後の世に言う野良田の戦いという奴だ。それであれば俺は父を負け戦に送り込んだのだ。


 これは、こうなることも想定しなければいけなかった俺の落ち度だ。


 想定していなかったことで落胆はしたが、父を失ったことでは不思議と落胆しなかった。いや、むしろ自分で若狭を牛耳ることが出来ると喜びさえ覚えたくらいだ。なんと親不孝な男であろうか。それに気が付いた俺は自嘲するのであった。

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[気になる点] 一豊は上野之助の与力扱いにしたのに、十兵衛の副将ってどういうこと? いつの間にか配置転換してたの?
[一言] ここから前回からどう変わってくるか楽しみ
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