鐚銭と精銭
永禄三年(一五六〇年)二月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
「うーん」
「何を考えているのですか、孫犬丸様」
「いやなに、ちょっとな」
俺は文に膝枕をしてもらいながらうんうんと唸る。というのも最近、銭の廻りがよろしくない。いや、蒸留酒も手に入れた今、戦もなく順調に稼げているのだが悪銭、つまり鐚銭が多いのだ。
自国で独自の通貨を作成することが出来れば良いのだが、それは難しい。いや、難しいというか現実的ではないのだ。作成しても使用されずに終わるだろう。
では、どうして鐚銭が増えたのか。それは前年に武田信玄が鐚銭の使用を禁止したからである。また、本願寺の顕如が三万疋もの銭を朝廷に献上している。
三万疋と言えば三百貫だ。日本円にして五千万ほど。大金である。さらに毛利元就からも即位料・御服費用の献納があったため、先月晴れて正親町天皇が即位式を行った。
俺も稼げている方だが堺を押さえている本願寺、それから八十万石近くを誇る毛利には到底及びもしない。
そちらに良銭が取られたと見える。朝廷に献上するのだ。鐚銭を送るわけにはいかない。しかし、だからと言って鐚銭を見過ごすわけにもいかない。どうしたものか。
「黒川衆はいるか?」
「此方に」
俺がそう呼ぶと音もなく黒川与四郎が現れた。彼にこう命じる。甲斐と信濃を調査して参れと。調べて欲しいのは撰銭令の影響である。それで経済が冷え込んだかどうかが知りたいのだ。
「かしこまりました」
与四郎の気配が消えた気がした。俺の予想では経済は冷え込んでいると思う。そうなった場合、鐚銭を排除するのは悪手だ。むしろ、この鐚銭を上手く活用できないだろうか。
「銭の巡りがよろしくないのですか?」
「まあ、そんなものだ」
「また御屋形様に叱られてしまいますよ。武士ともあろうものが銭儲けに現を抜かしおって、と」
「良い良い。銭の価値をわからぬ者にはそういわせておけば良いのだ。銭が無ければ其方を身受けすることもできなかったのだぞ。もし、俺以外の男に買われてみろ。どうなっていたと思う?」
そう言って俺は文の着物の裾から手を伸ばし、彼女の太ももを触る。文は頬を赤らめた。いやいや、九歳の餓鬼が十一歳相手に何をしているのか。手を出すにはまだ早い。そもそも、そんな気も起きない。
「少し出てくる」
「いってらっしゃいませ」
源太と孫四郎を連れて小浜の湊へ降り立った。源四郎とちょうど小浜に寄港していた荒浜屋の宗九郎にも話を聞くことにした。
「付かぬことを伺いたいのだが撰銭令が出ている国は何処だ?」
「そうですなぁ。甲斐の武田、相模の北条でも出たと伺っておりまする。他には南の方でも撰銭令は出ていたと伺っておりますぞ」
「そういった地域では鐚銭はどうなるのだ?」
「国によって様々ですね。精銭の半値として扱う場所や一銭たりとも使ってはならないなど、対応は異なりまする」
源四郎と宗九郎が交互に回答する。そこで俺は閃いた。鐚銭を使ってはいけない国から鐚銭を買い叩き、使っても良い国で使えば儲けられるのではないかと。
「孫犬丸様、そんなの……既に行っているに決まってるではありませんか」
「左様でございますぞ。しかし、武家のお方としては目の付け所が素晴らしい!」
そうなってしまったらば、俺にはお手上げだ。そもそも、これは俺が対処する問題ではない。父が対処する問題である。今、俺がしなければならないことは自身の財産を守ることだ。ふと、それに気が付いた。しかし、これを問題の先送りと言う。
「もし、この若狭で撰銭令を発布したらどうなる?」
「内容にもよりますが、小浜ではなく敦賀を使うでしょうな」
宗九郎が忌憚のない意見を述べる。商人は利を求める。小浜の方が敦賀より税が安いから使っているに過ぎない。これで撰銭令など出してみろ。一気に経済が冷え込むことが容易に想像できる。
「さて、ここからは俺と源四郎達との話だ。酒や椎茸を精銭でなければ買わせないと言ったらば、どうする?」
「それは困りましたなぁ。若狭産の椎茸も澄み酒も良い値段で捌けるというのに」
「然り然り。これでは小浜ではなく敦賀を使うしか手はなくなりますなぁ」
俺を含め三人がニヤニヤと笑いながらそう述べた。俺も本気で述べているわけではない。こ奴らもそうだ。俺がそうしないと高を括っているのだ。まあ、事実しないのだが。
「精銭とまでは行かぬが鐚銭は受け取れぬ。もしくは二つおよび三つで一銭と換算させてもらうぞ。無論、其方たちも同じ条件で構わぬ」
つまり、俺が売る時も俺が買う時も鐚銭はその度合いに応じて二枚もしくは三枚で精銭一枚と換算するということである。
源四郎も宗九郎もそれならばと承諾の意を示した。銭の問題は、本腰を入れて考えねばならないのかもしれない。国主ではないというのに、どうしてこうも領内の経済に頭を悩ませねばならぬのか。
益々もって父上からその座を奪いたい衝動にかられるのであった。
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