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孫犬丸式蒸留器

永禄三年(一五五九年)十一月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 人が増えた。俺が直接指示を出せる人が増えたのである。そうなったのであれば商いを、殖産をもっと奨励しようではないか。


 現在、十兵衛のもとで澄酒と濁酒の二種類が醸造されている。そこに新たな酒を投入するのだ。その秘密兵器を熊川で作成する。手伝ってくれるのは上野之助と源太、孫四郎の三人である。


 何を作るのか。それは蒸留の仕組みである。兜釜式焼酎蒸留器と言われるものだ。蒸留は九世紀には確立しているのである。今の技術で出来ないわけがない。


「よし、仕組みを説明するぞ。三段重ねの容器を造るのだ。一番下は鉄や銅などの燃えぬ素材で、二段目と三段目は木や竹で構わぬ」


 地面に絵を描きながら三人に伝えていく。一番難しいのは二段目だが、二段目も素材は何でも良い。そう考えると一段目の加工が難しいのかもしれない。


「一段目は酒をなみなみと注ぐ場所だ。燃えぬ素材で桶を作れば良い。二段目が複雑だ。一段目とはまるように注ぎ口の付いた、抽出口の付いた容器を作らねばならん。更にその上に水の入った桶を置くのだ」


 一段目に注いだ酒を熱し、蒸発して上昇する。三段目に置かれた水の入った桶で冷やされ凝縮する。それが垂れて二段目の注ぎ口から蒸留酒が流れてくるようにするのだ。


 うん、どう考えても二段目が一番難しい。そこで、一段目を上野之助が、三段目を孫四郎が、二段目を俺と源太で作成することにした。


 上野之助が離れる。銅や鉄を加工するとなれば職人に頼まなければならないのだ。こればかりは我らだけではどうすることもできない。大きさを事前に示し合わせ、解散する。


 源四郎は器用に木の曲桶を作り始めた。この曲桶はタガを使わない。合せ目をサクラやカバの皮の紐で縫い合わせて底をつけるのだ。


「孫犬丸様、どう致しますか?」


 源太が尋ねてくる。俺はまず、普通に桶を作る。そして凝縮した液体が効率よく注がれるよう、木の板を駆使して注ぎ口まで凝縮液が流れるようにする。


 問題の注ぎ口だが、これは丁度良い大きさの竹をくり抜き、突き刺して完成だ。あとは上手く組み合わさるかどうかである。


 四人で試行錯誤してあーでもない、こーでもないと言いながら失敗してはやり直し、それを繰り返して何とか試作品をつくることができた。


 兜釜式焼酎蒸留器という名だが、この世界では『孫犬丸式蒸留器』としてやろうではないか。ふふふ、俺の名前が後世にまで残るぞ。


「濁酒を注ぎ込んで火を付け熱してくれ」

「かしこまりました」

「源太は器を持ってきてくれ」

「はい!」


 これで時間が経てば蒸留されて出てくるはずである。待っている間は釣りをしながら気長に待った。そして上野之助が大漁となったところで一度、蒸留器の様子を見に行く。


「おお!」


 きちんと蒸留されているではないか。問題は酒精の強さだが、上野之助に確認してもらうしかない。上野之助以外は十代前半、俺に至っては一桁歳なのだから。


「では失礼して」


 そう言って口に含んだ瞬間、上野之助は噎せ返った。どうやら酒精が強かったらしい。しかし、それは成功を意味する。上野之助が噎せ返ったのを見て俺は喜んだ。


「これを量産することは可能か?」

「そうですな。であればこの『孫犬丸式蒸留器』を増やさねばなりませぬ」

「まだこの技術を他国に流出させたくない。能うか?」

「努力いたしましょう」


 上野之助と詳しい話を詰める。彼は椎茸作りも担っているのである。どちらも我らの秘匿技術だ。情報が漏れれば減収は必至。真似されて仕舞いだ。


「椎茸は難しいのは最初だけにございます。そこを某が終わらせ、残りの工程を他の者にやってもらうのが最適かと」

「わかった。山内伊右衛門を自由に使え。其方の与力と思ってくれれば良い」

「かしこまりました」


 残る作業はもっとも重要な工程、商談である。蒸留した濁酒を持って源四郎のもとへ向かう。蒸留された濁酒はとても澄んだ透明感のある酒になっていた。


「これは若殿様、今回はどのような用で?」

「まずはこちらを呑んでみてはくれぬか?」

「某を毒殺なされるお積もりかな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言い、透明な蒸留酒を口に含む。そして源四郎も噎せ返った。それを見て俺は年相応の笑い声をあげたのだった。


「どうだ、この酒は! 売れるか!?」

「なんと……ごほっ。これは、売れるでしょうな。酒好きには堪らない一品かと」


 源四郎が今もなお噎せ返りながらそう答えた。しかし、問題は価格である。これをいくらで買い取ってくれるのか。それ次第では源四郎に売るのを渋ることもあるぞ。


「一升で一貫だ。どうだ、買うか?」


 そう言ってふと思い出す。度量衡の統一もいずれは行いたい。若狭で使う桝を統一したいのだ。共通の物差しが無ければ商いは出来ぬ。


「一升に二貫出しましょう。その代わり、我々以外には売るのを止めていただきたく」


 源四郎がちらりと俺を見る。どうやらこの酒を造れるのは俺だけだと気が付いているようだ。この酒の販売を独占しようというのだろう。しかし、望むところである。


「それで手を打とう。誰彼構わず売れるほど量産出来ぬのだ。こちらとて望む条件である」

「ありゃ、これはヘタを打ちましたな」


 そうは言うが、一升に二貫出したとしても利益が出ると判断したのでこの金額を提示してきたのだ。俺が申し訳なく思う必要はない。


 灰持酒を蒸留したらまた違う味、風味になるだろう。それも楽しみである。次は酒の肴を開発して抱き合わせで売っても良いかもしれない。まだまだやれることがある。


 俺は源四郎と銭儲けの話を二人でこそこそと話し込む。文曰く、二人の目は永楽銭になっていたと言われてしまった。

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