忍びの道
若狭 某所 黒川与左衛門
深夜、若狭国の深い山中にある掘っ建て小屋で五人の男が密会している。そのうちの二人というのは父と某の親子であった。
残りの三人というのは我ら黒川衆に付き従う田川仁左衛門、上村一徳、藤山節庵である。仁左衛門はその手に若狭産の澄み酒を持っていた。頬も心なしか赤い。
一徳は至って普通の農民然としていた。その見た目だからこそ、忍び活動が出来ているのだろう。どこからどう見ても小作人にしか見えない。
節庵は山伏だ。筋骨隆々で見るからに戦が得意そうである。しかし、実のところ戦は不得手であった。見掛け倒しなのだ。見た目との落差が激しい。
三人とも父と同じく四十代半ばである。父とは既知の仲なのだ。上下関係というよりは互いの信頼関係で動いているのである。
「与四郎、若狭の若様に会ってきたらしいな。如何であった?」
仁左衛門が酒を呷りながら父に訊ねる。父は言葉を選ばず、率直に自身が感じたことを仁左衛門に伝えることにした。
「俺をもってしても底が見えなんだ。末恐ろしいと感じたぞ。我らを召し抱えると仰せだ。表向きは蔵米取りの武士として取り立てられておる。我ら親子は年に百五十俵の武士よ」
その内訳は蔵米が百俵に役高が五十俵だ。まさかここまで厚遇されるとは思ってもみなんだ。三雲様も我らをここまで評価していなかったと思う。一徳が声を出して驚く。父は更に畳みかけた。
「なんと!」
「さらに若様は我らが六角様……三雲様の手の者だったとしても構わないとの仰せだ」
この言葉は某も耳を疑った。敵国の者であろうとも仕官の志があれば良いと仰るのだ。果たして、その真意を探ることは定かではないが、何はともあれ我らには朗報である。
「これは父上の見立て通りであったな」
父がそう述べる。どうやら父が若狭の若様に仕官することを決めたのではなさそうだ。いや、父と祖父の二人で話し合っていたのかもしれない。疎外感を感じる。
「このまま若狭に乗り換えるか? どうせ甲賀でも我らの序列は高くはない」
そう言うは一徳である。甲賀には五十三の家がある。その五十三家が更に柏木三家、荘内三家、南山六家等に細分化されているのだ。今の我らは多羅尾家や杉谷家にも負ける体たらくである。
我らはここに居る五人の他、祖父や母上、また彼らの家族含め二十人程度しか居ないのだ。動ける人員など十に届くかどうかである。時々、他家が輝いて見える時がある。
「そう判断するのはまだ早い。今はまだ天秤がやや若狭に傾いただけよ。この先、我らを召し抱えた若様がどうなるかわからぬ」
父はそう述べた。確かに若狭は揺れている。祖父と父との確執。もし、祖父が勝てば若様は廃嫡される確率が高い。若様ではなく、若様の叔父が家督を継ぐ。そうなったらば若様はどうするだろうか。
「父上、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも申します。ここは若様に飛び込んでみては如何でしょうか。もし、戦になれば我らの力で勝利に導けば良いのです」
「与左衛門、戦とはそう簡単なものではない。それが出来れば我らはこんな場所で密会なぞしていないだろう」
父に窘められる。それは某も重々承知しているつもりだ。もう何度も戦場に出ている。いつまで経っても某を子ども扱いしかしない父上には嫌気が差していた。
「どうする。若狭の情報をつぶさに近江に伝えるか?」
節庵が父に尋ねる。そう。我らは若狭の内情を調べるために近江から若狭に送られたのだ。そのお役目を忘れてはならない。しかし、それは若様を裏切ることに繋がる。
「秘匿すべき部分は秘匿する。まずは当たり障りのない情報を送る。それから六角にとって良い知らせだけを送ることに致そう」
つまるところ、両方を天秤にかけ生き残るということだ。不義理だと思うかもしれない。しかし、我らのような力のない家が生き残るにはこうするしかないのである。
「それでその若狭の若様はなんと?」
「一つ、まずは人を増やせと。一徳は人を買って参れ。忍び向きの童をだ。宋九郎という者から買えとの仰せだ。この地にて育て上げるぞ」
「かしこまった」
「二つ、逸見と粟屋、つまり若狭の御屋形様と敵対している奴らを調べろとのことだ。これは仁左衛門に任せる」
「承知」
「三つ、浅井を調べろと仰せだ。これの意図は儂にもわからぬ。節庵、頼めるか」
「やってみよう」
この場にいる五人がそれぞれに目配せを行う。少しずつではあるが、確実に事態は好転しているように見えた。我らは忍び稼業から足を洗うつもりはないのである。
これが我ら黒川衆に与えられた最初の使命だったのであった。
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