種子島と黒川衆
永禄二年(一五五九年)六月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
俺は自室でせこせこ銭を数える。俺の手持ちだけで六百貫は貯まったようだ。日本円に換算すれば一千万円に届かないくらいである。思わずにんまりと笑みが零れてしまう。このまま余生を過ごしても良いくらいだ。
孫四郎と合流したあの後、本来ならば堺へと向かいたかったのだが、残念ながら時間がないと源太に猛反対されてしまったのだ。堺へ向かうのは泣く泣く諦めて今に至る。
孫四郎は源太と共に俺の小姓として取り立てている。そして十兵衛と上野之助の教えを受けてめきめきとその頭角を現し始めた。流石は尼子と言うべきか。それとも、もう東福寺には帰りたくないという強い思いか。
そろそろ源太は元服しても良い頃合いかも知れない。昌経とも相談してみようか。
「若様。伝左殿がお呼びですよ。お稽古の時間だとか」
「はぁ。孫四郎も良く飽きずに稽古が出来るな」
「そりゃ、寺に入れられた時に比べたら遥かに幸せですから」
そう言って俺を庭へと連れていく孫四郎。孫四郎には尼子を名乗らせていない。余計な禍根が生まれかねないからだ。ただの孫四郎。今はそう名乗らせている。
「若殿、お待ちしておりましたぞ。さ、稽古を始めましょう」
笑顔で俺を迎え入れ、弓を手渡す山県孫三郎。ほぅと溜息を吐いて弓の稽古に精を出すことにした。
弓は嫌いじゃない。心が鎮まるし、何より遠距離で一方的に攻撃できる弓は素晴らしい武器だと思っている。
稽古を一通り済ませると、傍に組屋の源四郎が控えているのに気が付いた。どうやら俺に話があるらしい。
孫四郎から手拭いを受け取り、源四郎を自室に呼び寄せる。
「如何しましたか?」
「そろそろ事を起こす頃合いかと思いまして」
そう述べて揉み手で近付いてくる源四郎。何が言いたいのかというと、敦賀を我ら若狭武田の手中に収めろと言っているのだろう。
俺は手を顎の下に持って行って暫し考える。今、『朝倉』相手に事を起こして勝てる見込みがあるのか。いや、難しい。とてもじゃないが現実的ではない。
将の数、兵の練度、装備の質、どれを取っても劣っている。今はまだ手を出すべきではない。
とは言え、このままだと源四郎も引き下がってはくれないだろう。そこで一計を案じることにした。
「源四郎。申し訳ないのだがまだ敦賀を、朝倉を刺激することは出来ぬ。今戦っても負けるだけだぞ。若狭武田が滅べば其方も大損だろう。だからせぬ。しかし、買い込んでもらいたいものがあるのだが」
「ほう?」
「この銭で種子島を何丁買えるか?」
俺は落胆している様子の源四郎の眼前に先程数えた六百貫の銭を目の前に並べて伝えた。今にも源四郎の口から涎が出てきそうな勢いであった。
「んっ、そうですな。これだけあれば五十丁は仕入れて見せましょう」
一千万円で五十丁か。悪い数字ではないがこの時代の鉄砲がいかに高いかを身をもって知る思いだ。さらに火薬と弾も都合してくれるとのこと。半分に分けて十兵衛と上野之助に分け与えよう。
そして、できれば我が領内で鉄砲と火薬を量産できる体制を整えておきたい。
「よろしく頼む」
「お任せ下さいませ。それはそうと、武田の若様の方でお人を探しているとか」
「ああ、細作を雇う……いや、召し抱えたいと思うておる。細作だけではなく、優秀な武士が居れば即座に召し抱えたく思うておるぞ」
俺が源四郎にそう伝えると彼はにやりと笑みを浮かべ、一つ二つと躙り寄って小声で「居りますよ」と答えた。どうやら源四郎の傍に何かしらの人手が居るようだ。そして彼が思い出したかのように話を切り替え、こう述べる。
「そうそう、聞いた話によると愛知郡肥田城主である高野瀬備前守が浅井家に寝返ったらしいですな」
「なんと!?」
愛知郡といえば六角の領地。そして愛知川と宇曽川に挟まれた要害の城だ。そこに調略の手を伸ばしたか。六角としても放っておく訳にも行かぬであろうな。となれば、やはり戦か。浅井の動きが速い。
「六角左京大夫の動きは?」
「肥田城に攻め寄せる動きを見せておりますれば。何やら水攻めにしたようでございますよ。もしかすると、こちらにも参戦の要請が届くかと」
「分かった。分かる範囲で構わぬので浅井と六角の動きを逐一知らせてもらいたい」
「承知仕りました。ですので今後ともどうぞご贔屓に」
この男が推薦するほどの人物がどのような相手なのか非常に気になる。会いたいと二つ返事で回答し、後は源四郎に任せることにした。はぁ、また一から銭を貯め直しだ。
◇ ◇ ◇
後日、源四郎が再び俺の許へとやって来た。手には布で覆われた細長い棒状の物を持っている。そして後ろに男が二人。
一人は四十代半ばだろうか。髭を生やし、顔には深い皺が刻まれている。じっと源四郎の後ろに控えている。もう一人は二十代の前半というところの青年だ。
「武田の若殿様。申し付けられていた物、お持ちいたしましたよ」
そう言って源四郎が手に持っていた物を俺に手渡す。布を解いていくと、そこにあったのは種子島銃であった。どうやら、本当に用意してくれたようだ。
「一丁はこちらに。残りは全て国吉城に送らせて貰っております。なんとか六十丁仕入れることが出来ました」
気が回る男だ。此処に持って来ると父やその腹心達に不審がられると踏んだのだろう。それで十兵衛の許へ種子島を送り届けたのだ。これからも贔屓にしてやらねば。
「助かる。これからも玉薬は源四郎殿から買い入れたい。手配を抜かりなく頼むぞ」
「勿論でございますとも!」
そう言って手を揉む。それから「そうそう」と思い出したように後ろの二人を紹介し始めた。
「この御二方は黒川与四郎殿と其のお子である与左衛門殿でございまする。甲賀から流れてきた二人でございますれば」
「ほう、甲賀か」
甲賀と言えば誰もが良く知る忍びの里ではないか。伊賀と良く争っていると思われがちだが、実際はそんなことはなかった。ただ、どちらも優秀な諜報網を持っている事実に相違はない。
「お初にお目に掛かりまする。某、黒川与四郎と申しまする。こちらは倅の与左衛門にて。何卒、麾下にお加えいただきたく存じ上げまする」
問題は、彼らを信じて良いものかどうかという点だ。甲賀ということは六角の手先か。六角左京大夫、いや三雲対馬守に言われてきたのではないだろうか。
派手に動き過ぎたか。思い返されるのは祖父を連れ戻しに観音寺城へ赴いた時だ。その時に目を付けられたに違いない。
そして俺は次期当主。動向を探るに相応しい相手だ。そしてその男が細作を欲しがっている。送り込まない手はない。
とは思いつつも、日和見な態度は見せられない。信頼されていないと黒川親子に思われたら堪ったものじゃないからだ。そして細作が欲しいのも事実。要は六角相手に事を荒立てねば良いのである。俺は覚悟を決める。
「相分かった。其の方らが三雲の手先だとしても構わぬ。俺がその方らを召し抱えようぞ」
「お雇いなさる、のお間違いではございませぬか?」
「いいや、間違えておらぬ。俺はお前たち二人を召し抱えるのだ。其の方らにも事情はあるだろうが、それも全て併せ呑んで召し抱えると申しておる」
格好良いことを吐いているが、内心は心臓がバクバクだ。本当にこの判断が正しかったのか自問自答が収まらない。しかしもう言葉を吐き出してしまった。今更飲み込むことは出来ない。
いや、これで良いのだ。どちらにしても細作は必須である。それならば好印象を与え、俺の手からするりと逃げ落ちないようにする方が良いのだ。雇うのであれば逃げられる。召し抱えるのであれば簡単には逃げ出せまい。
むしろ三雲から我らに寝返らせれば良いのである。やりがい搾取だろうと何だろうと俺に心酔してくれればそれで良いのだ。覚悟を決めて優遇することにする。
「ほ、本当によろしいので?」
声を震わせながら尋ねてくる倅の与左衛門。父はと言うと、流石は忍び。全く以って動じていない。
俺としてはやっぱり止めたと言いたいところだが、流石にそれは伝えられない。黙って静かに頷く。
「ありがとうございまする。誠心誠意、若殿様にお仕えさせていただきまする」
そう述べたのは父の与四郎であった。その場に座り込み、拳を地面につけて頭を深く下げた。与左衛門もそれに倣う。そうと決まればまずは二人で忍び衆を組織してもらうところから始めてもらわねば。
「まずは手駒を増やせ。人が足りないなら宋九郎から買え。銭は用立てる。必要なものあらば伝えよ」
「ははっ」
宗家である甲斐武田の主な収入源は人身売買と言っても過言ではないくらいだ。それくらい人買い、人売りは一般的なのである。俺は文を買ったときのことを思い出す。
種子島を買うために銭を全て吐き出したのだが、この時代、なんと二十文から三十文で人一人が買えてしまうのだ。
一貫は千文なので、四十人も買える計算になる。二、三貫であれば一月もすれば十兵衛と上野之助らが納めてくるであろう。そう考えたら文は高かったな。
「其の方らの名を取って黒川衆と名乗れ。準備が出来次第、やってもらいたいことが二つある。粟屋と逸見の動向を探ること。それと浅井の動向も探ることだ。期待しておるぞ」
「ははっ」
こうして、俺は草の者を配下に召し抱えることができた。
着々と組織を強化していくことに成功するのであった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
【現在の状況】
武田孫犬丸 八歳(数え年)
家臣:熊谷直澄(伝左衛門)、沼田祐光(上野之助)、明智光秀(十兵衛)、市川信定(右衛門)、山県孫三郎?
陪臣:明智秀満(左馬助)、藤田行政(伝五)
小姓:尼子孫四郎
忍衆:黒川衆
装備:越中則重の脇差、修理亮盛光の太刀
地位:若狭武田家嫡男
領地:三方郡(二万石)
特産:椎茸(熊川産)、澄み酒(国吉産)
推奨:蘇造り、蕎麦造り、農地拡張、家畜(鶏、牛、兎)
兵数:300
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