人が人を裁くには
永禄二年(一五五九年)四月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
「あぁ、そこだ。そこの腰の付け根をもっと押してくれ」
「かしこまりました。んしょ」
「孫犬丸様、逸見源太にございます」
「おお、源太か。入れ」
俺が文と乳繰り合っていると源太が俺を訪ねてきた。文は席を外そうとしたのでそのまま腰を揉むよう引き止める。そしてそのまま膝枕をさせた。文と乳繰り合っている時くらいしか安らぐ時がないのだ。
「源太、如何した?」
「はっ。申し付けられておりました夜盗の件、調べが付いておりまする」
「おお、そうか! 詳しく聞かせてくれ」
「はっ。どうやら野盗ではなく隣村の者が夜盗に扮して攻め入ってた次第にございます」
それはのっぴきならない事態である。小競り合いならば丸く収めることもできようが強盗、刃傷沙汰まで発展してしまったならば見過ごすことはできない。
「証拠はあるか?」
「野盗の一人を捕えておりまする。罪を許す代わりに吐けと言えばすべて吐きましょう」
源太は俺に問う。如何しますか、と。この件は源太に一任させたのだ。ここで俺が口を挟むのは無粋というものだろう。それに源太にも判断する辛さを味わってほしい。
「言ったであろう。この件は一任すると。良きに計らえ」
「ははっ」
俺は人生で口に出して言ってみたい言葉第三十七位である良きに計らえという言葉を伝えた。ただ、一つだけ確認したい部分がある。それはどう落とし前を付けるかだ。
「ただ……源太、落としどころは何処に持って来る気だ?」
「野盗は打ち首が妥当かと」
「妥当だな。俺もそう思う。では、村人全員が関わっていた場合、全員を打ち首にするか。子はどうする。関わっていた子、知らずに関わっていた子、何も知らぬ子がおるぞ」
「それは……」
全てを厳格な法に照らし合わせれば其れで良いとは思わない。高瀬舟という森鴎外の作品が思い出される。とはいうものの、この国にはその厳格な法が無い。
他国では今川の分国法や武田の甲州法度があるというのに、当家にはないのだ。これは早急に整備しなければならない事案だ。今のうちに考えて国主になったときに発布するのが良いかもしれない。
「まあ、沙汰を下すのは我らではない。俺は其方の意見を父上に伝えるだけだ。既にここまでになっているのだ。民からの評判が落ちる仕事は父上にやってもらおうではないか。だが、先程の意見は考えて欲しい」
「……かしこまりました」
源太が退出する。それを見て俺はもう少し追い込んでみるか、と思っていた。そして再び文と乳繰り合うのであった。
◇ ◇ ◇
~逸見源太の話~
悩んでいた。先程の孫犬丸様の言葉が頭から離れぬ。野盗は悪いことである。なので罰されねばならない。それは他の村々に対する見せしめになる。良いことではないか。孫犬丸様は何故否定的なのか。理解に苦しむ。
こういう時、一人で考え込んでも埒が開かない。そこで助言をいただけそうな方にお話を聞くことにした。となれば十兵衛様か上野之助様だ。
うん、上野之助様にしよう。十兵衛様は……その……ちょっと怖い。なので熊川に向かい上野之助様に助言を乞うことにする。
その道中、孫犬丸様の言葉を思い出す。どこまで罪を問うのか。関わっていた子も同罪である。打ち首で構わない。しかし、知らず知らずのうちに関わっていた子はどうするべきか。罪を問うべきなのだろうか。
残された子はどうするべきか。恨まれるだろうな。食い扶持の無い彼らはどうなるだろうか。野垂れ死ぬか捕まって売られるか、それとも追い剥ぎになるかだ。どれも良い未来とは言えない。
そんなことを考えているといつの間にか熊川に到着していた。初めて来た頃よりも立派な館が建っている。城とまではいかないが、立派な陣所だ。
名を名乗り、上野之助様に目通り願う。それは直ぐに叶った。一室に通される。上野之助様は書に目を落とすのを止め、某に向き直った。
「源太殿ではないか。如何したのだ?」
「はい、相談に参りました次第でございます」
今までの経緯を話し、悩んでいた内容も包み隠さず話す。こういった場合、ヘタに隠すよりも全てを話してしまった方が良いのだ。
「成る程。それで悩んでいるのか。良い傾向だ」
上野之助様が柔らかい笑みを浮かべてうんうんと頷いていた。そして某の悩みに一つずつ丁寧に答えていく。
「まず、孫犬丸様が何を考えているのか、某も計りかねるが今は銭のことでしょう。全くもっておかしなお方だ」
くっくっくと喉を殺して笑う上野之助様。某も付き合いは長い方だと自負しているのだが、未だに孫犬丸様の考えを汲むことが出来ない。何というか、常識外れなのだ。
「其方は打ち首にすべしと告げて、孫犬丸様は了承したのだな」
「はい、自由にせよと」
「ならば自由にして良いのだ。孫犬丸様も仰っておられたが最後に決めるは御屋形様よ。だが……其方にもできることはある」
「例えば?」
「例えば……罪を許し、全てを無かったことにする。揉み消すということだ」
その一言に強い衝撃を覚えた。どうして罪を消す必要があるのだろうか。悪事は悪事。厳格に処罰すべきではないのか。わからない。
「良いか。人は死んでしまえば終わりよ。殺すよりも活かすことを考えなければ」
「上野之助様ならば如何なされまするか?」
「某ならば人を殺めたものは打ち首。盗みを働いたものは弁償の上、賦役を科す」
「それでは周囲に示しが付かないのでは?」
「示しよりも旨みよ。利を示して許してやれば良いのだ。良いか、我らが富み、被害を被った者、罪を犯した者が喜ぶ道を示すのだ。それが仕置きというものである。私見だがな」
上野之助様はそう言って話を終えた。三方が良しと思える道を示す。どうすれば良いのか某の道が見えてきた気がする。もう少し考えて孫犬丸様のもとに献策を持って行くことにしよう。
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