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肚の内の読み合い

 その後、俺は当初の目的を果たすために源太と孫四郎を連れて久我通堅の屋敷を訪ねる。久我通堅は右近衛大将、源氏長者だ。


 流石は清華家。大きな屋敷を京の中心部に構えている。源太が屋敷で働いている下人を捕まえ、俺が到着したことを告げた。


 女中が現れ、俺たちを中へと案内する。やはり武家の屋敷とは造りが違う。屋敷が華やかというか雅だ。俺は物怖じせずに進み、指定された部屋に入る。


「お連れ様はこちらでお休みくださいませ。腰の物を外しましたならば、こちらへ」


 脇差と太刀を源太に手渡すと、俺だけが別の部屋に案内される。そこで待っていたのは久我通堅だけではなく父の久我晴通、従弟の近衛前嗣、叔父の徳大寺公維が居た。


 そもそも久我晴通は近衛家の出なのだ。差し詰め、俺が来ると聞いていたから興味本位でやってきたに違いない。風変りな公卿である。


「お初お目に掛かりまする。私が武田孫犬丸と申しまする。以後、良しなにお願い申し奉りまする」

「ご丁寧な挨拶痛み入る。近衛前嗣でおじゃる。噂の麒麟児に会えて嬉しく思うぞ」

「久我晴通じゃ。遠慮することは無い。もっと近う寄れ」

「徳大寺公維でおじゃる。よろしく頼む」


 三者三様の挨拶を受ける。これで屋敷が華やかな理由が納得いった。家格は清華家なのだが実質は近衛家、摂家なのだ。しかし、だからなんだというのだ。彼らは武力を持っていない。彼らの強さは権威だ。


 つまり、武器は口なのだ。それであれば俺の領分でもある。口八丁ならば望むところだ。料理が運ばれてくる。まずは一の膳からだ。これは長くなりそうである。近衛前嗣が食べるのを待ってから箸を手に取った。


 一の膳は湯引きの蛸に鯛の焼き物、菜汁に膾。白米と香の物だ。食べ方は祖父から叩き込まれているから大丈夫のはず。


「黙り込んでどうしたのじゃ。緊張しているのかえ? 無礼講だ。行儀は無用ぞ」

「いえいえ、美しい料理に見蕩れていたのでございます。流石は久我様のご用意された膳でございますな」


 嫋やかな笑みを浮かべる。徳大寺公維がほぅと言葉を漏らした。ここは沈黙は金である。雄弁は銀どころか悪手だ。聞かれたことにだけ答えよう。


「何を申されるか。この程度のお持て成ししか出来ず忸怩たる思いでごじゃる。ああ、いつになれば京に平穏が訪れるのやら。公方は京を守る意思をお持ちなのでごじゃろうか」


 早速、久我通堅が突っ込んできた。これはお前は公方をどう見ているのか。公方はあてになるのか。公方の甥なのだから答えろとのことだろう。


「仰る通りにございます。公方様をお頼みなさるのは御門違いにございますぞ。今、京を守るは三好筑前でございますれば三好筑前の大事に――」


 ここまで言って気が付く。周囲が固まっているのだ。どうやら、まさか俺が足利義輝を下げて三好の肩を持つとは思っていなかったようだ。


 しかし、大勢は既に決している。ここから義輝が巻き返すことは難しいだろう。もし、巻き返したいのならば九州いや奥州にでも下向して再起を図るべきだ。それが出来ないならまずもって無理である。


「失礼仕り申した」


 咳払いをして膳に向き合う。それを見て近衛前嗣がケラケラと声を上げて笑った。


「ほほほ。時勢を読み解く力はあるようですな。麿も同じ考えでございますぞ」


 そうだろうな。だから近衛前嗣は名前を晴嗣から前嗣に変えたのだ。足利義晴からもらった晴嗣の名を捨てたということは、つまり、そういうことである。


「だからと言って京が安定するとは思いませぬ。三好では役者不足でございましょう」


 そう述べて膳に舌鼓を打った。近衛前嗣が興味深そうに俺を見ている。珍獣扱いされているみたいだ。この宴会に一興として呼ばれたに違いない。つまり、この宴会が先に決まっており、興味本位で俺が呼ばれたのだ。


「ほう。ではどうするのが吉だと?」

「さて。ですが、近衛様は既に手を打っているのでは?」


 質問に対し、質問で返答する。こちらの手の内、腹の内は探らせない。公卿社会は腹の読み合いだ。そうこうしているうちに二の膳が運ばれてきた。


 一の膳だけでも食べられない量が運ばれてきたというのに、二の膳は更にこれ以上の量だ。二の膳は魚介が中心となっていた。


「孫犬丸殿は最も天下に近い大名はいずことお考えで?」


 急な質問が飛んできた。これはどういう意図だろうか。俺に天下を目指す心積もりは有るかとでも聞いているのだろうか。訝しがりながらも答える。


「尾張の織田でしょうか」

「なんと! 尾張の織田とは!」


 そこかしこで失笑が漏れ聞こえる。しかし、近衛前嗣だけは俺を見つめ、その真意を推し量ろうとしてきた。俺は焼き魚を突いて摘まむ。


「何故そう思うのじゃ?」

「消去法です。朝倉は金吾殿が逝去されてから身動きが取れずにおりまする。六角は浅井と険悪になりつつある。長尾は尊王の志高くとも武田、北条の相手をせねばなりませぬ。なれば、織田か今川のどちらかでしょう」

「それであれば今川ではないのかえ?」


 久我晴通が尋ねる。俺はそれに抽象的な回答をした。こればかりは時の運としか言いようがない。いや、織田の情報収集能力が長けていたということではないだろうか。俺はそう思っている。


 情報が豊富にあれば冷静な判断ができる。今川はどこかに慢心があったのだろう。敵地に入るということは、どこからでも襲われるということなのだ。


「戦というものは難しいものです。私のような稚児でもそれは理解できまする。まさに水の如し。勝てると思えば負け、負けると思えば負ける。不思議なものでございます」


 そう言った俺に近衛前嗣が肝心な質問を投げかけてきた。


「三好筑前は天下を獲れぬか」

「獲れぬでしょう。天下を獲るには覚悟が足りませぬ」


 俺が三好ならば足利義輝を宥めすかして飼い殺しにする。自身が執権に落ち着く。そして娘を義輝に嫁がせ、その子を将軍として実権を握るのだ。ここまで大きくなればそれが手っ取り早い。


「ほほ、やはり武士は怖いの」

「怖や怖や」


 久我晴通と近衛前嗣が俺を見ながら嬉々としてそう述べる。それを見て武家で良かったと心底思うのであった。


 ◇ ◇ ◇


~久我通堅の話~


「山科殿が申していた通り、面白き稚児であるな」

「然り然り。中々どうして先を見通すのが上手い」


 近衛殿がそう呟いた。その言葉に父も同意する。そして父は近衛殿を見た。どうやら近衛殿が長尾に入れ込んでいるのを遠回しに窘めているのだろう。近衛殿は意にも介していない。


「しかし織田であるか。先日、公方の許を訪れておったが粗暴にして乱雑。品の欠片も見受けられなんだ」

「なんでも織田殿は家督を相続した際に上総守を名乗っていたそうですぞ」

「なんと!」


 この叔父上の言葉に近衛殿も父上も騒然としていた。上総守を名乗れるのは親王のみ。それを知らなかったとみえる。いや、周囲が止めたにもかかわらず聞き入れなかったか。


 そう考えると織田殿が粗野であるというのも納得がいく。しかし、孫犬丸はその織田殿が最も天下に近いと評した。これはどのような意図があるのだろうか。


「ふむ、では今川治部大輔殿に上洛を促してみては如何か?」


 麿がそう提案すると近衛殿が賛成の意を示してくれた。


「ほほほ、それは面白そうじゃ。今川も気になっておったのよ。天下を狙う腹積もりがあるのかどうか。家格も申し分なし。その気があるのならば将軍にもなれようぞ」


 それから誰が天下の素質があるかを喧々諤々と議論しあった。もちろん、そこに孫犬丸の名はない。我々が孫犬丸を再評価するのは、今から一年後のことであった。

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