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仁政を目指して

永禄二年(一五五九年)一月 若狭国 三方郡 西郷村


 俺は宣言通りに領民を慰撫するため、まずは三方郡の村々から回ることにした。三方郡は明智十兵衛と沼田上野之助、市川定照や松宮清長など俺の息の掛かった者が多く居る郡だ。若狭の中でも安全な郡である。


「何も若様が直々にお出ましにならずとも」


 そう述べるのは市川定照だ。どうやら定照は現状に危機感を抱いていないらしい。それもそうだ。危機感を抱いているのは俺を除けば十兵衛、上野之助、伝左に源太の四名だけなのだから。


 村が新年に湧き上がっているところに俺が登場する。それなりの護衛を引き連れて突然やってくるのだ。村人の顔が引き攣るのも無理はない。


 そこで俺は手土産に酒を持って回っていた。十兵衛がつくっているのではない、安い酒である。安い代わりに量を確保したのだ。それもまた激しい戦いだった。


 源四郎に量を買うから安くしろと買い叩くのにどれほど苦労したか。思い返すだけで涙が流れそうになる。それを堪えて、笑顔で領民に酒を手ずから振舞った。


 その際に一言、声を掛ける。感謝の言葉と労いを。俺はお前たち一人一人を見ているぞという意味を込めて。それだけでも喜んでくれるのだ。俺まで嬉しくなってしまう。


 その後、村の有力者を数名集めて意見交換を行う。明かりは油の火のみ。向こうは五名。我らは明智十兵衛と逸見源太の三名である。


「さて、胸襟を開いて話そうではないか。この孫犬丸、全てを受け入れる所存ぞ」


 俺は胡坐をかき、堂々とそう宣言する。そしてこうも付け足す。勘違いしないでいただきたいのだが、俺は其方たちと良好な関係を築きたいと思っていると。


「何が辛い?」


 そう尋ねると、集められた一人が意を決したように口を開いた。暗くて顔はよく見えない。そのために暗くしたのだ。そして男がこう述べる。


「毎年のように戦が続いてる。米も育てられん。税も重い。とてもでねが暮らしていけねだ」


 村人は初手で核心を突いてきた。これは想定されていた質問だ。俺としても回答を予め用意してある。


「それは理解している。もし、俺が国主となった暁には年貢を軽くすることを約束しよう。今は二公一民だな。五公五民にすることを誓おう」


 これは俺が決めることではない。本来ならば国主ではなく沼田上野之助のような治めている領主たちが決めることである。しかし、それを飛び越えて俺は約束する。


 何故そのようなことをするのか。それは領主が兵を集めようとも俺に心酔していれば襲われる心配はないからだ。むしろ、俺に歯向かうよう指示されていた場合、俺に密告してくるだろう。だから俺は宣言できる。


「その代わりと言っては何だが、労役を増やさせて欲しい。如何か?」


 先程の男に代わり、今度はまとめ役のような老人が口を開く。その声はしわがれており、切実さを伴っていた。


「しかし、こうも戦が続くとそれもままなりませぬ。なんとか戦を減らしてはくれませぬか」

「今の俺ではそれが出来ぬ。しかし、もし俺が国主になったら戦になった場合、当分の間は戦に出た場合に相応の手当を出すことを約束しよう」


 兵役に一か月従事した場合、一俵の米を褒美として授けることにする。一俵といっても、この時代の一俵は現代の半分以下だ。それだとしても多くの米を消費するのは変わらない。


 なので、もし俺が戦をするならば短期決戦で済ませるか雇い兵で戦うかの二択になるだろう。本当ならば農民兵を使いたいところだが、今はそれどころではない。


「それならば、まぁ……」


 村長は訝しがりながらも承諾した。他にも村人の話を聞く。隣村と境界線で揉め事になっているのを何とかしてほしいと頼まれたり、野盗が多発しているから何とかしてほしいと頼まれた。


 しかし、俺はそのどの悩みも断るという選択肢を持っていない。ここで断れば村人からの信頼は水泡と帰してしまうだろう。なので、引き受け、そして成功させるしかないのだ。


 この意見交換会を様々な村で行った。どこの村も似たり寄ったりであった。そして、隣村との境界線の揉め事は二つを一つの問題として換算できる。さて、どうやって裁定しようか。


 十兵衛と上野之助に相談する。二人の意見は一致していた。十兵衛が応える。


「まずは領主に証文を求めましょう。もし、無い場合は寺に確認を取るべきかと。また、偽造は厳しく処罰するよう予め通達しておくことをお勧めいたしまする」

「源太、そのように指示を出せ」

「ははっ」


 源太が俺の祐筆の代わりを務める。領主に問題の解決ではなく証拠となる証文の提出を求める。判断するのは俺だ。俺が責任をもって裁断を下すのである。


「野盗の方はどうだ?」

「これはおかしな話ですね。我らは野盗を厳しく取り締まっており申す。戦続きの遠敷郡や大飯郡ならまだしも、三方郡に野盗が蔓延るとは」


 上野之助が頭を捻った。どうやら三方郡での夜盗は珍しいようだ。俺はこれの調査に乗り出す。誰に対処させようか。悩んだ結果、俺は源太に任せることにした。


「源太、やってみるか?」

「そ、某でございますか? お任せください。必ずや解決して見せましょう」


 源太が深く首を垂れる。これを何度も何度も繰り返し、まずは三方郡の民百姓の信頼を取り戻す。まだまだ先は長そうであった。

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