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縁戚の公家

「御屋形様。孫犬丸様をお連れ致しましてございまする」

「入らせろ」


 そこでようやく俺は孫三郎から降ろされ、部屋の中へと進むよう催促された。

 溜息を一つ漏らし、衣服を整えてから「失礼いたしまする」と述べて部屋に入る。


 中には上座に公家が二人、そして下座に父が座っていた。父の隣にまで進み出でて頭を下げて申し上げる。


「私は武田伊豆守が子、武田孫犬丸にございまする。此度は遠いところ、御足労いただきまして恐悦至極に存じまする」


 そう述べると向こうから「ほう」とか「この子が」という不思議がる声が聞こえてくる。向こうからの沙汰があるまで顔は上げない。


「ささ、面を上げられよ。麿が山科権中納言でおじゃる」

「麿は久我権大納言でおじゃる。其方の叔父でおじゃるぞ」

「はっ」


 やって来たのは五十代の少し老いてきた男性であった。品があり落ち着いた印象のある男性である。

 それから父と同い年くらいの男。これが叔父の久我だ。しかし、何故俺が呼ばれたのか。山科権中納言達の言葉をじっと待つ。


「突然に呼び出して申し訳ない。其方の父と話をしていてな、知っていることがあれば教えて欲しいのでおじゃる」

「私で分かることでしたら」

「うむ。此処数年で若狭はだいぶ豊かになったと思っておる。其方はどう思うかの?」


 こちらを諮るような眼で質問を投げかける山科権中納言。俺は誇ることもせず、ただ淡々と悲しそうにこう答えた。


「まだまだ豊かにはなっておりませぬ。若狭は平地が少なく米が穫れませぬ。戦も続いており、民は疲弊しておりまする。まだまだ豊かにはなっておりませぬ」


 どうやら若狭は豊かになったと言わせたかったのだろう。豊かになれば銭が巡る。そうなれば武田家も潤っている。そこから献金を狙っていたはずだ。ふふふ、そうはさせぬよ。大事だから二回言ってやったわ。


 それに我らは問題を抱えている。父と祖父と粟屋と逸見。この問題が片付かない限り、外に目を向けるのは悪手だ。我らなど、あっという間に瓦解するぞ。


 いや、それ以前に当家は借銭で首が回らないのだ。父はそれをひた隠しにしているのだろう。だから公家が無心に来る。いっそのこと、公開してしまった方が早いのではなかろうか。


「……そうか。小浜の湊も活気づいてるように聞き及んでおじゃるが」

「いえ、隣の敦賀の湊に比べればまだまだにございまする。敦賀では椎茸や澄み酒などが出回っており、相当潤っている様子にございます」


 これは正直、予想外の幸運であった。このような事態を見越して敦賀に物資を卸していた訳ではないのだが、結果としてそれが良い方向に転がった。


「如何でしょう? この後、敦賀へと向かい、そのまま越前に向かうというのは?」


 悪いが金は出せない。さっさと他国へと移ってくれ。これが俺の本音だ。父はそれを黙って聞いている。山科権中納言の笑顔は一切崩れない。


「そうですな。それも楽しそうでおじゃりますな。しかし、麿は若狭の新たな名産と伝え聞く椎茸や澄み酒を堪能したいと考えておじゃります」


 ほう。今度は椎茸と澄み酒で銭を儲けているだろ。と追及してきた訳だ。確かに儲けている。が、儲けているのは俺であって国主ではない。そこを理解していないと誤った方向に導かれて終わりだ。


「左様でございましたか。確かに若狭の東ではそのようなものが造られていると聞き及びます。しかしながら、それらは主に敦賀にて造られているとのこと。その証拠に先程も申し上げた通り、若狭の小浜ではなく越前の敦賀に運ばれておりまする。山科権中納言がご賞味したいと仰られるのであれば我が武田家も無い袖を振って買いに行かせましょう。誰か!」


 人を呼び、澄み酒と椎茸を買いに走らせる。その様子を見て山科権中納言達も段々と笑みが張り付いてきたように思う。悪いがぼろは絶対に出さない。


 そもそもの話、大喪の礼と大喪儀も将軍である足利義輝が支払うものである。それを何故我が武田家にまで無心しようとするのか。やはり、父が義輝と義兄弟であることが大きいのだろう。


 そして足利将軍家には銭が無い。それで朝廷は頭を悩ましているのだろう。このまま足利家が費用を用立てることが出来ないとなると、朝廷からの信頼は地に堕ちるだろう。


 その後釜に座るのが三好筑前ということか。三好家は畿内を抑えている。特に堺を抑えているのは大きい。銭の巡りが良い場所だ。二、三千貫くらいポンと出すことだろう。


 なので銭が必要なのであれば三好筑前守に用立ててもらうべきだ。そして三好、六角、畠山、北畠、そして足利で醜く争えば良いのだ。その間に我らは力を蓄えさせてもらうとしよう。


 しかし、足利はそれを避けたい。そこで親戚筋でかつ羽振りの良さそうな我等に銭を収めるよう、伝えたに違いない。余計なことを。


「あいや、結構。直ぐに此処を発ちましょう。孫犬丸殿が仰られた通り、越前にでも向かってみるとしますかな」

「大した御持て成しも出来ず、恥じ入るばかりにございますれば」

「こちらこそ突然お尋ねして申し訳ない。それでは失礼」


 そう言って立ち去られていく山科権中納言。退室なされるまで頭は下げる。どうやら護衛、供の者と合流して小浜の湊に向かうようだ。そのまま敦賀へ行き、越前へと向かうのだろう。


 山科権中納言が退室し、扉が閉まり、足音が遠ざかる。すると、父が俺に向き直り、こう褒めてきた。


「中々口が回るようになったじゃないか」

「もうすぐ六歳になりますので。十兵衛や上野之助に四書五経や武経七書を教わっておりますれば」


 どちらも知識の化け物なのだ。十兵衛は寺で学んだというし、上野之助も陰陽道や易学、それに天文学に通じている。一体、何処で学んできたというのか。


「成程のう。その知識で椎茸の栽培や澄み酒を造ったということか。流石だな。十兵衛や上野之助からは銭をたんまりと貰っておるぞ。これで借銭も返せそうじゃ」


 にやにやしながらそう言う父。しかし、父に渡しているのは粗利の一割だけだ。二割は俺が、残りの七割は十兵衛と上野之助が持って行っている。それでも一割で数貫になるのだ。喜ばない訳が無い。


「全く。銭だけは無心に来る業突張り共め。こちらには何の見返りも寄こさぬ癖に」

「しかし、久我家はお身内にございます」

「身内だとしても役に立たねばただの金食い虫よ。我らは京のゴタゴタに関わっている暇は無いのだ。獅子身中の虫を退治せねば。我らが段銭をいくら払ってやっていると思っておるのか」


 父が朝廷に毒吐く。父もそれどころではないのだろう。祖父である武田信豊が逸見昌経が治める砕導山城にて着々と力を蓄えているというのだ。その兵は六百に届こうかという数なのである。気が気でないのも頷ける。


 何故ここまで兵を集められるのか。俺は六角が絡んでいると睨んでいる。六角としては若狭を混乱に陥れてあわよくばを狙いたいのだ。祖父の救援という名目であれば兵を動かせるからな。


 そして、父に味方する武田の一族郎党を討ち取れば武田信豊の後を継ぐ者が居なくなるという目論見だ。そこに自身の次男か三男を養子として入れ込むに違いない。


 俺としても父と祖父が争うのは願ってもない状況だ。どちらも潰し合って欲しいと思っている。そこを十兵衛達と共に叩く。完璧な筋書きである。それであれば父をもっと焚き付けなければ。


「全くにございます。今、若狭は粟屋と逸見に乗っ取られようとしておるのです。銭はそちらへの備え、いや彼らを誅するために使うべきにございます」

「よくぞ申した! 全く以ってその通りである。急ぎ戦支度を整えよう。来年には彼奴らを根切りにしてくれるわ」


 不敵な笑みを浮かべる父。俺としては父が討たれることが望ましいと思っている。親不孝な考えであるが、其の方が滞りなく俺が国主の座に座れるのだ。


 ただ、父は強い。武田の歴史の中でも戦上手と言っても過言ではない。恐らく父が勝つであろうな。しかし、堅牢な砕導山城に籠城ともなれば攻め込むのも一苦労だろう。どう転ぶかは分からない。もう少し梃入れをするか。


「父上、どうでしょう。十兵衛と上野之助に矢銭を支払わせては?」

「ほう。どういう意味だ?」

「十兵衛も上野之助も兵は動かせませぬ。彼らが動けば御祖父様と結んだ朝倉や六角に背後を突かれる恐れがございましょう。彼らは備えとして残しておくのが上策かと」


 朝倉と逸見、粟屋が結んでいたら厄介なことになる。その可能性はほぼほぼ無いと思っているが、朝倉や六角が単体で動く可能性は十分にあるのだ。


 それに朝倉義景の母は祖父の妹。父と祖父ならば祖父に味方するだろう。俺達が敦賀が欲しいと思う程に彼奴等は小浜を奪いたいと思っているに違いない。


 だが、俺の本心は十兵衛と上野之助を身内の争いに巻き込まないでくれ、という思いでいっぱいだ。とは言え、何もしない訳にはいかないので銭を出させるという苦肉の策を述べているのである。


 本来であれば税の前払いという姿勢を取りたかったが、流石にそれは高望みというもの。銭で戦働きが免除されるというのだから、そこは大人しく払っておこう。


「分かった。その様にいたそう」

「ありがとうございまする。それと父上、つかぬことをお伺いしますが、間者働きや細作を統べている者に御心当たりはありませんでしょうか?」

「知らぬな。そのような者を知ってどうする?」

「いえ、別に……」


 言葉を濁す。やはり父でも知らないか。さて、困った。戦は情報が命である。それであれば一から忍衆を組織するしかない。


 戦に燃えている父を尻目に、俺は深い溜息を吐くのであった。

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