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若殿様の殖産奨励

弘治三年(一五五七年)十月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 それからの俺は俺個人の力を蓄えることに必死だった。若狭に戻り、十兵衛と上野之助の許を行ったり来たりの毎日だ。お陰で無駄に足腰だけは鍛えられている。ああ、早く新庄に居を構えたいものである。


 あれからずっと上野之助が椎茸の栽培を行っていた。勿論椎茸は莫大な富を築いてくれたのだが、銭の用途が多過ぎだ。熊川城の築城に街道の整備。牛や鶏の購入に新庄の開発だ。


 これに優先順位を付けるのならば、熊川の築城が最優先だ。その後、牛と鶏を購入してから道の整備を行い、最後に新庄を開発することになる。つまり、新庄の平野を有効活用出来るのはまだまだ先なのだ。


 しかし、良い報告もあった。十兵衛が国吉に酒蔵を建ててくれたのだ。そちらでは俺が梃入れして澄み酒を造ってもらっている。


 と言っても俺が知っているのは簡単な灰持酒の造り方だ。それを杜氏に伝えた。後は彼らが上手いことやってくれるだろう。酒の専門家ではないから、俺も詳しいことは分からんのだ。


 その次に行うことはランビキだ。いわゆる兜釜式焼酎蒸留器である。これは構造がそう難しくはない。それでいて酒精の強い酒を作ることが出来る。高値で売れるだろう。


 それだけじゃない。酒精の強い酒は消毒にも使える。この時代の治療法は馬の糞を煎じて飲んだりするのだ。それよりは消毒として酒精の強い酒で消毒した方がマシになるだろう。


 今は無理でも行く行くは作りたい設備である。


 これで十兵衛も銭を稼げるはず。今は国吉城の直ぐ北東にある敦賀の湊へ椎茸や澄み酒を持ち込んで阿漕に稼いでいる。川舟屋の道川兵衛三郎という商人が近付いてきたので、十兵衛と兵衛三郎に商いは任せている。


 何故小浜を使わないのか。距離的に遠いというのもあるが、最大の要因は敦賀だ。この敦賀が欲しいから敦賀を使っているのだ。もっと椎茸と澄み酒に溺れさせてやる。そして、溺れ切ったところで取り上げるのだ。


 と言っても、源四郎を蔑ろにしている訳ではない。むしろ融通している。欲しい量だけ適正価格で譲渡しているのだから。ただ、陸路になるのでそう多くは持っていけないのが悩みの種だと言う。


 それから稼ぎの二つ目の軸として食品加工物も奨励している。今、俺は蕎麦を作っている。と言っても何もソバの実を育てて蕎麦がきにしろと言ってる訳ではない。蕎麦切りを作っているのだ。蕎麦はそう難しくはない。


 蕎麦粉とつなぎ、それから水があれば出来るのだ。つなぎを用いない十割蕎麦もあるが、それは技術的に難しい。そこで、俺は鶏卵を使った卵切り蕎麦か自然薯をつなぎにした蕎麦を採用することにした。


 養鶏に関しては上野之助が進めている。これで材料は揃った。後は蕎麦を長期保存させるため乾麺にすることも考えなければ。乾麺にすれば水分が抜けているため、重量と保存期間が大きく改善される。つまり、船で運んで売れるのだ。


 それからソバの実を炒ってそば茶にして飲もう。もう白湯は飽きた。それにそば茶は健康にも良かったはず。竹の水筒に入れて持ち歩こう。


 蕎麦の問題は出汁だが、こちらには椎茸がある。昆布も蝦夷から取り寄せている。更に鶏も居る。出汁は作ろうと思えば良い出汁が作れそうだ。


 後は牛だな。牛が来たら牛乳で蘇やチーズを作ってみよう。と言っても蘇は作れるがチーズは作れない。南蛮人の知恵を借りなければ。内藤なら既知の南蛮人を紹介してくれるだろうか。


 いや、待て待て。確かカッテージチーズなら簡単に作れたはずだ。温めた牛乳にお酢を入れれば良いだけだったはず。これは早急に試してみよう。ただ、賞味期限が早かったはずだ。それだけは注意したい。


 それから大豆の栽培も奨励した。畑では連作をせず、必ず間に大豆を栽培させることにしたのだ。三圃式農業とかノーフォーク式農業だとか言われているが、そこまで詳しいことは知らない。


 俺が分かってるのは大豆を間に挟むということ。もしくは休耕させることなんだが、休耕させられるほど土地は余っていない。なので、たい肥だ。肥料を発達させよう。


 今までは糞尿を直接畑に撒いていたが、一度醗酵させることにするのだ。これだけで劇的に改善されることはないだろうが、着実に前進はしている。銭廻りが良くなっているのが証拠だ。


 後はその大豆を使って豆腐、味噌、醤油を作る。豆腐と味噌の作り方は坊主共が知っている。献金した代わりにその作成方法を聞き出すことにした。


 今、主に作られているのは糠味噌だ。大豆味噌は高価すぎて作っていられないのだ。しかし、俺は大豆味噌を大量生産して銭を阿漕に稼いでいきたい。


 作物の栽培に関して、某バラエティ番組と某ゲームで勉強できて良かった。別に意図的に学んだ訳じゃないけど、それとなく頭には入っていたのだ。


 最初、明通寺の坊主に尋ねたのだが答えることを渋っていた。己らの利益が失われると思ったのだろうな。そこで俺はこう告げた。


「お前らが教えてくれないのであれば別の寺に尋ねるだけだ。そうだなぁ。曹洞宗にでも尋ねるか。さて、どうする?」


 手の平を返して直ぐに豆腐の作り方を教えてくれた。これも凍み豆腐にすれば保存期間は伸びるはずだ。若狭で食の文化が花開くのは銭になる。なにせ、海産物が獲れて京の都から近い。これ以上の利点はない。


 しかし、残念なことに醤油が分からない。そこで、醤油に関しては調べさせることにした。たしか、河内や大和、紀伊の寺で醤油に似たものがこの時代でも造られていたはず。それを探しに行かせたのだ。


 ああ、やはり忍びが欲しい。こういった情報伝達は忍びの得意分野であろう。そろそろ、本腰を入れて忍びを探す時期が来たのかもしれない。


 つらつらとやること、やったことを述べてきたがこれだけでは足りない。若狭でも産業を奨励しなければ。


 前にも述べたが若狭では塗り物が盛んになるはずなのだ。しかし、若狭塗の発祥は江戸時代である。それを早めるにはどうすれば良いか。


 江戸時代に出来たということは今でもそれは出来るはずなのだ。若狭に漆塗りの職人は居ないだろうか。それであれば漆塗りを奨励できるかもしれない。


 いや、もう一つ問題がある。どこから漆を調達してくるか、だ。三十三間山に漆の採取できる木々を植えるのはどうだろうか。いや、漆が採れるまで時間がかかり過ぎる。


 それに能登の輪島では輪島塗が既に発達している。船で小浜、敦賀に流れてきたら太刀打ちできないだろう。漆塗りを推奨するのは見送った方が良さそうだ。


 俺が溜息を吐きながら貰った脇差を磨いていると、伝左が俺の許へ血相を変えて駆け込んできた。嫌な予感しかしない。


「若殿様! 帝が崩御なされたとの由!」


 ほら見ろ。やっぱり良くないことだ。帝が亡くなったとあらば葬儀をせねばならん。大喪の礼と大喪儀を行わねばならん。いわゆる御大喪という奴だ。銭が掛かるぞ。


 崩御された帝も銭には苦心したらしい。たしか、即位の礼が十年近く出来なかったんじゃなかろうか。清廉な帝で献金を突き返したりもしていたようだ。それもあり困窮しているのであろう。


「それをどうして俺に?」

「今、御屋形様の許に朝廷から使いの者が。恐らくは銭を用立てて欲しいという内容かと存じまする」


 しまった。派手に動き過ぎたか。もし、朝廷に若狭には銭があると思われていたら大変なことだぞ。何か聞かれたら……知らぬ存ぜぬで押し通そう。


「孫犬丸様! 孫犬丸様はどちらにおわしまするか!?」


 ほら来た。この声は父の近習である山県孫三郎のものに違いない。俺は逃げようとしたのだが、空気の読まない馬鹿が大きな声を張り上げてこう言った。


「若様でしたらこちらにおわす!!」

「伝左、馬鹿、シーッ!」


 そうは言ったものの間に合うはずもなく、敢え無く孫三郎に見つかってしまった。逃げようと踵を返すも機敏な動きで孫三郎が迫ってくる。


 流石に腰に下げている脇差を抜くのは拙い。その自覚があったからか、近くに落ちていた木の棒を拾い構える。

 すると孫三郎も手近に落ちていた木枝を拾い、俺に対して正眼に構えた。


「いざ」


 俺は手に持った木の棒を思い切り孫三郎目掛けて投げつける。そして逃げる。剣術なんてまだ大して学んだこともないんだ。孫三郎相手に勝てる訳がない。


 しかし、その犬槍は孫三郎に苦も無く叩き落とされてしまい、あっと言う間に捕まってしまった。そのがっしりとした二の腕に担ぎ上げられてしまう。


「孫犬丸様もそろそろ剣術のお稽古をなさらねばなりませんね」

「孫三郎、放せ!これは上意ぞ!」

「残念ながら某の主君は御屋形様にて。孫犬丸様ではございませぬ」


 こうして、俺は父の許へ、ひいては朝廷の使いの者の許へと文字通り担ぎ出されてしまったのであった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

【現在の状況】


武田孫犬丸 六歳(数え年)


家臣:熊谷直澄(伝左衛門)、沼田祐光(上野之助)、明智光秀(十兵衛)、市川信定(右衛門)、逸見源太、山県孫三郎?

陪臣:明智秀満(左馬助)、藤田行政(伝五)

装備:越中則重の脇差

地位:若狭武田家嫡男

領地:三方郡(一万石)

特産:椎茸(熊川産)、澄み酒(国吉産)

推奨:蘇造り、蕎麦造り、農地拡張、家畜(鶏、牛、兎)

兵数:300

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