藤と藤
それでも宇喜多は天下を狙う
https://ncode.syosetu.com/n5175jt/
良かったらご意見ください。
反応が良かったら続きを書きます。
永禄十一年(一五六八年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
刈り入れの季節を迎えた。当家は豊作とはいかないが不作でもない。それなりの米が収穫できた。それは喜ばしいことである。しかし、俺は浮かない顔をしていた。
何故か。それは織田との関係が拗れたからである。徳川は甚大な被害を被った。それに比例するかのように六角の士気が上がった。織田はまだ観音寺城を落とせずにいる。
徳川に甚大な被害を与えることが出来たのは良かった。織田とは矛を交えていない。まだ交渉の余地はあるだろうか。状況を整理しておこう。
織田、浅井、松平と六角、三好が争っている。松平は俺が潰したため、実質は織田、朝倉と六角、三好だ。そこに朝倉が加わってきた。もちろん六角の味方としてである。
また、一色龍興が越前から美濃に侵攻した。その相手もしなければならないため、織田の動きが鈍ったのだ。更に動いたのは武田である。松平が弱ったところを放置するような祖父ではない。
織田は窮しているが、実は俺も困っている。というのも平島公方の容体が芳しくないようなのだ。いつ身罷られてもおかしくはない。そうなると俺は大義名分を失う。義昭が次の将軍位に座るだろう。
いっそのこと、周暠の叔父上を担ぎ上げるか。それとも俺が……いや、今のは気の迷いだ。将軍関係の問題で俺はそこまで頭を悩ませているということである。
ただ、俺も手を拱いているだけではない。織田に調略の手は伸ばしてある。今頃、組屋源四郎が織田の陣中を見舞っているはずだ。その源四郎に色々と伝えてある。
どう伝えてあるのか。それは俺が織田に敵対して後悔していること。でも、浅井は父の仇敵であること。平島公方の病状重く、芳しくないことを告げてもらっている。
もし、この時点で織田に我らと和睦の意があるのであれば使いが送られてくるだろう。俺はそれを期待しているのである。こちらから頭は下げたくない。今現在、困っているのは織田なのだ。
ただ、将来的に困ることになりそうだから今のうちに関係を修復しておきたいわけで。織田は今の状況でいつまでも我らを敵に回している余裕があるのだろうか。
朝倉が六角と三好に与してからというもの、浅井の動きも散漫なようだ。つまり、ほぼ独力で六角、三好、朝倉、一色に対処しなければならないのである。そこに擦り寄ってきた我ら武田。どう思うだろうか。
「御屋形様、織田から使いの者が参っておりまする」
「そうか、通せ」
やってきたのは禿げ上がったやせ細った男であった。鼠顔の男である。名を木下藤吉郎と名乗っていた。そう。あの木下藤吉郎である。この目で見るのは初めてだ。
「お初にお目に掛かりまする。某は木下藤吉郎と申しまする」
「……気分を害した」
俺はそれだけを言い残し、立ち去ることにした。どうしてそのような振る舞いをしたのか。それは藤吉郎を出世させたくなかったからである。藤吉郎ってあれだろ。豊臣秀吉だろ。
そんな化け物のような人物を相手に交渉など出来っこない。それならば気心の知れている者と胸襟を開いて話したほうが良いに決まっている。万千代を捕まえ、秀吉……じゃなく藤吉郎に利家の元へ向かうよう告げた。
「かしこまりました」
万千代がそれだけを言い残し、室内へと入る。俺は聞き耳を立て、無事に伝えられたことを確認してから孫犬丸に会いに行くためにこの場を離れた。
藤吉郎は俺の言葉通り、前田利家に会いに向かったようだ。その利家から報告が上がってくる。どうやら織田は武田との関係をより強固にするため、婚姻を進めているとのことであった。
今回は互いの行き違いがあったためこのようなことになった。それを無くすためにも婚姻を進めたい。とのことである。どうやら俺が信長の娘を娶るようだ。相手はこれまた藤である。信長の三女だそうだ。
今は織田と甲斐の武田が同盟を結んでいる。甲斐武田と若狭武田も婚姻同盟だ。つまり、織田と我らが同盟を結んでも何の不思議もない。しかし、困るのは立場である。今、俺には妻が四人いる。
一人目は武田信玄の孫娘である藤。それから草刈氏の霞。若いころから俺に付き従っている河野藤兵衛の娘の文。それから公家から嫁いだ栄だ。そこに更に織田信長の娘である藤が加わるというのである。
現在の序列はこうだ。藤がいて霞と栄がいる。そして文が最後という序列。藤が加わるとなったらどこになるのか。正室は一人だ。こればかりは変えられない。また、孫犬丸が嫡男だ。これも変わらない。
なので、信長には娶るのは良いが正室にはできない。このことを告げ、承諾してもらわなければならないのだ。あの信長が承諾するだろうか。するだろうな。信玄公と我らを同時に敵に回すとは思えない。
俺は良いと思っているが、念のため弥八郎や十兵衛に尋ねる。二人に尋ねたところ、二人とも良い考えとのことだったので話を進めることにした。
この同盟が成れば俺は東側を固めることに成功する。これで能登の攻略に専念することができるのだ。どちらにしても織田、甲斐武田と事を構えるつもりはない。そんな恐ろしいこと、誰ができようか。
俺の織田の上京を遅らせるという目論見は達成するだろう。ここからは考えて行動しなければ一気に包囲網を敷かれてしまう。いつか、いつか織田か甲斐武田かを選ばねばいけない日が来るのだろうか。
どちらにせよ、俺の気は晴れないままなのであった。
餓える紫狼の征服譚
~ただの傭兵に過ぎない青年が持ち前の武力ひとつで成り上がって大陸に覇を唱えるに至るまでのお話~
https://hifumi.co.jp/lineup/9784824203236/
本日、2巻目が発売となっております。
良かったら今から予約購入してください。1巻と合わせて購入いただけると泣いて喜びます。
紙でも電子でも両方でも何でも構いません。手前味噌ですが、面白く書けたなと思っています。続巻を出すためにも何卒のご協力を!





