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政の在り方

弘治二年(一五五六年)十月 若狭国 大飯郡 砕導山城


 俺は御祖父様を連れて砕導山城に入った。事前に市川信定を先触れとして走らせる。そのお陰か、逸見昌経は城の前で俺達を出迎えてくれた。


「済まぬな。御祖父様が世話になる」

「お気遣いは無用にございまする。あ奴はちゃんとやってますかな?」

「もちろんだ。俺の役に立っているぞ」


 俺と昌経のやり取りを見て御祖父様が目を丸くしていた。どうやら俺がここまで話せるとは思っても居なかったらしい。下馬し、昌経の案内で城内に入る。


 そしてそのまま一室に入る。小さな小部屋に俺と御祖父様、昌経の三人が居る。俺は御祖父様の膝の上に座った。御祖父様が居る時は此処が俺の定位置である。


「駿河守、やはり父上には従えぬか」

「従えませぬな。見てくだされ、我らは今にも餓えてしまい申す」


 そう言って料理を運ばせる昌経。その膳に乗っていたのは赤米に大根の漬物、具のない味噌汁のみである。これが今の精一杯のお持て成しだと言いたいのだろう。


 若狭は平野が少ないため、赤米や黒米が盛んに栽培されている。他にも粟や稗、小麦が栽培されているのだが、やはり米と比べて収穫量は少ない。


「先の戦の責として米に金、その何もかもを孫犬丸様の御父君に奪われ申した。それでも従えと仰られるのか」


 昌経が厳しい目で俺を見る。俺は父が行っていることが正しいとは思っていない。しかし、ここまで家臣を追い詰めているとは知らなんだ。鈍器で後頭部を叩かれたような衝撃が走る。


「しかし……」


 俺は言葉が出てこなかった。御祖父様はそんな俺を優しく撫でるだけである。自分の了見の狭さを恥じた。しかし、今の俺に出来ることは何もない。


「孫犬丸が跡を継いでくれれば或いは、とは思うがまだまだ先の話よ。だが、それまで堪えるのも酷な話。どうじゃ、孫犬丸。当主になるため、立ち上がってみんか?」


 それは父ではなく祖父に付けという誘いだった。つまり、また挙兵をすると暗に仄めかしているのである。それ程までに父が憎いのか。


 もし、この話に俺が乗れば勝てるだろうか。……いや、無理だな。十兵衛が付いてくるかも怪しい。俺を主君と仰いでくれているが、十兵衛は学友の義龍の誘いも断ったほどの男だ。


「御祖父様、お戯れはおやめくださいませ。当主は父にございますぞ。それに……今のままでは勝てませぬ」


 今のままでは勝てない。それが俺の本心である。若狭の国衆への根回しも足りていない。武に関して、父上はそれだけ才を持っているのである。それは俺も感じているところはある。


「ふふふ、『今のままでは』か。やはり虎の子は虎か。虎視眈々とはまさにこのことよ」

「このまま何もせんでも次期当主は俺だ。違うか、駿河守」


 笑う昌経を嗜める。そういった意図は含んでいなかったのだが、そう聞こえてしまったのは俺の落ち度だ。別に父を排して国主の座に収まろうなどとは思っていない。


 ただ、国衆たちが望むのならば吝かではない、ということだ。父の命と若狭に住まう住人の命、どちらが大事かは天秤にて測るまでもない。必要とあらばするだけである。


 ただ、行うのならば万全を期してから行う。これは鉄則だ。準備に手間取り期を逸するのであればそれまでだったということである。


「駿河守。父上ではなく俺には付いて来てくれるのか?」

「御父君よりは話の分かる嫡子であると思うておりまするぞ」

「それでは答えになっていない。付いて来てくれるのか、どうなのだ?」


 俺は澄んだ目で昌経を真っ直ぐに捉える。その目を覗き込んだ昌経は軽く溜息を吐いてから俺の問いに答えた。そして答えて口角を上げる。


「否にございます。今はまだ、ではありますが」

「何故だ?」

「まだまだ経験が足りてませぬ。政は机上では出来ませぬぞ。もっと様々なことを経験するべきでしょう。政は児戯では――」

「児戯ではない。真剣に考えているから問うているのだ。俺はこの国を良くしたいと思っている。始め、俺は俺が産まれた意味がわからなんだ。しかし、朝倉金吾殿と出会って思うた。意味などないのだと。やりたいようにやり、好きなように生きる。俺はこの国(・・・)を良くしたいのだ」

「……であってもでございます。世の中には是か非か。右か左か。進むか引くかだけではございませぬ。答えを性急に求めるは御父君譲りでしょうな。先代様はそうではなかった。こちらを慮り、こちらに寄り添ってくれた」

「それは――」


 それを良く言えば放任主義。悪く言えば管理不足。昌経は支配されたくなかった。そして御祖父様はそれを認めていた。最低限の義務をこなせば自由にして良いと。


 しかし、父は違った。全てを管理しようとした。そして時代の潮流は父にある。これからこの日ノ本は戦国と言う名の乱世を終わらせねばならぬのだ。誰かが管理しなければならない。この日ノ本を。


 それを昌経に言うことはできなかった。逆の立場ならば俺も昌経のようになっていただろう。そして、それこそ虎視眈々と力を蓄え、他国と結び、蜂起していたかもしれない。


「……また来る。その時は会ってくれるか?」

「もちろんにございます。若様のその姿勢は素晴らしいかと。世が世ならば若狭二楽の如く名君になっていたでしょう」


 昌経の言う世とはいつのことであろうか。俺は祖父の膝の上を降り、出された食事を掻き込むと市川信定を呼び付け祖父の迷惑料として昌経に十貫を渡す。要らぬと言われたが強引に置いてきた。


「見送りは要らぬ。馳走になった。次は源太と共に参ろう」


 昌経との会話は考えさせられることが多かった。父上も父上である。若狭一国を統一できずに何が国主か。俺ならばもっと上手くやれるというのに。


 少し前まではこんなことを考えることもなかった。どうしてこんなに苛ついているのか、自分でもわからないでいた。

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