鬼と竜
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永禄十一年(一五六八年)四月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
俺の目の前には髭面の大男が一人。小綺麗な直垂を身に着けているが、これがなんとも似合っていない。見るからに武人な男が目の前にいるのだ。
「柴田権六と申しまする。備中守様においてはご機嫌麗しゅう――」
そう。柴田勝家である。信長の書状を持って後瀬山城まで来たのだ。どうやら謀反の咎で今の今まで干されていたらしい。二、三年、ここ最近になって働きを許されているのだという。
「して、何用か?」
「はっ。此度の観音寺攻めに備中守様もご助力いただけるとのこと、我が殿は大変嬉し――」
え。
待て待て。この権六。今、何と言ったか。俺が観音寺攻めに赴くだと!?
いやいや、何かの間違いだろう。そのようなこと、一言も申しておらなんだ。それどころか俺は西の三村家親と東の遊佐続光をどう料理しようかと、それで頭は一杯なのだが!?
「今、俺が観音寺城攻めに助力すると申したか?」
「はぁ、松永殿からそのようにお伺いしておりますが?」
松永か! あの男、いけしゃあしゃあと俺をだしに使ったに違いない。信長の耳に入ってしまえば俺も断れない、そう踏んだに違いない。そうやって強引に俺を引き入れてきたのだ。
断れば信長の心象が悪くなってしまう。ここで心象を損ねるのは悪手だ。つまり、観音寺城攻めに加わらなければならないのである。
「なにか?」
「いや、なんでもござらん。我らとしても織田殿とは昵懇にしたいところ」
「そのお言葉を聞けて安心し申した」
しかし、しかしなぁ。今、織田には叔父の足利義昭が居る。どうやら尾張にて義昭に改名したようだ。できれば叔父とは轡を並べたくはない。なにかと難癖を付けて撤退したいところである。
「だが、我らは三好とも昵懇の仲にて。六角殿を攻めたてるは助力するが、三好と事を構えるつもりはござらん。三好が参るならば下がらせてもらう。よろしいか?」
「これは異なことを。三好の当主は松永と共に居る。つまり、三好も我ら織田の盟友にござろう」
権六が言う。確かに筋は通っている。言いたいことも理解できる。だが、平島公方に肩入れしてしまった手前、そう安々と乗り換えることは出来ない。
「言葉を変えよう。平島公方に与した手前、平島公方に、いや公方に弓引くことは出来ん」
「……承知した」
これでも一応、源氏に連なる者だ。いや、それどころではない。叔父が源氏長者なのだ。足利も久我も武田も源氏一族である。これは理由になるだろう。
「して、観音寺攻めはいつ頃と織田殿は考えておるのだ?」
「刈り入れが終わり次第と」
となると八月の末から九月にかけてか。七月には能登に出兵したいと考えていたのだが、果たして上手くいくだろうか。どうしてこうも難しい選択を迫られるのか。もっと武力で全てを解決できたら良いのに。
織田信長の動きは活発だった。どうやら帝とも連絡を密にしているらしい。いや、連絡というよりも綸旨が届いているとのことだから命令が降りているだけかもしれない。
こうなってくると次の天下人は織田信長で決まりだ。どうして俺に白羽の矢が立たなかったのか。それは将軍候補を擁立していないからだろう。もし、叔父の周暠を還俗させていれば或いは。
いや、今はまだ朝廷と距離を置くと決めていた。オレが本腰を入れて朝廷と向き合うのは織田と足利が対立してからである。
「観音寺攻めには誰が加わるのだ?」
「他にも浅井殿と松平殿が」
「ほう、松平か。それは大丈夫なのか?」
「と、申されますと?」
「我が祖父、信玄公は三河と駿河、遠江を狙っているぞ?」
「……それは松平殿が対応するところ。松平殿が大丈夫だと仰るならば大丈夫でございましょう」
「そうか。杞憂であったな」
戦を遅らせるには背後に脅威を覚えてもらわなければならない。敵の敵は味方。三好と六角を信玄公に引き合わせるか。ここで小さな織田包囲網を敷くのだ。
「もう一つ、我らが六角を攻めるには条件がある」
「なんでございましょう?」
「六角の名跡を我らにいただきたい。また、観音寺城をいただきたい。如何か?」
俺の祖母は六角承禎の妹である。つまり、俺にも六角の血が流れているのだ。俺が六角の名跡を手に入れたとて何もおかしなことはない。
これで子には武田以外にも六角、草刈、河野の名を名乗らせることが出来る。家督争いが起きないよう、上手く差配しなければならない。
「それは……某の一存では何とも。我が殿に確認させていただきたく」
「構わぬ。また、六角を相手にするなら、いま生きている六角は根絶やしにしてくれとも伝えて欲しい」
「かしこまり申した」
権六との会見をこれにて終える。六角も終わりが近づいてきた。六角承禎に初めて会った日のことが思い出される。あのころはまだまだ右も左もわからない孺子だった。
どうしてそこまで意地を張るのか。おそらく意地を張っているのは承禎ではなく子の義治なのだろうな。時勢の読めない男なのだろう。淘汰されてしかるべきである。
はぁ。まさか国行を受け取った代償が戦になろうとは。高い買い物になってしまった。失意の中、夕餉を食べる。今日の夕餉は玄米にとろろ、蟹汁にお浸し、それから海苔と香の物だ。
醤油を手に入れることが出来て良かった。やはりとろろに醤油は欠かせない。この時代の庶民から見れば豪華だが大名や公家から見ると質素な食事である。
まだまだ戦乱は収まる気配が見えない。身体が資本だ。健康には気を付けていきたい。医者や薬は無いのだから。十分な睡眠も摂りたいし、睡眠の質も上げたい。
ああ、はやく綿花を手に入れたいな。三河に行けば綿花はあるのだろうか。そう考えると信玄公に三河を奪って貰った方が都合が良いのかもしれない。そんなことを考えながら新たに嫁いできた栄とともに眠りに落ちた。
翌日。またしても来訪者である。どうやら城門前で俺に合わせろと騒いでいるらしい。どこの誰だと思ったのだが、名前を聞いて納得した。今は没落して見る影もない京極高吉であった。
「どうなさいますか?」
「わかった。会おう」
小姓の万千代に声をかける。確か、京極高吉は今、六角に身を寄せていたはず。俺に何の用だろうか。京極高吉の横には少女が居る。俺よりも年下の少女だ。
「備中守様、ご無沙汰しており申した。小浜の湊で出会った以来でございますな」
「そうだな。其方が贈答品を探していた時以来だな。して、此度は何用だ?」
「はっ、織田殿が六角攻めを企てているとお耳に挟みまして」
そう言ってにやりと笑う高吉。何処で耳に……ああ、信長が再三に渡って六角に使者を送っていた。それを六角が突っ撥ねた。戦になると考えるのもおかしくはない。それならばうまく利用させてもらおう。
「そうだ。それが如何した?」
俺があっさりと認めたのが驚きだったのか、高吉は目を丸くしていた。どうやらはぐらかされると思っていたらしい。そんな七面倒なことするわけがないだろう。
「い、いえ。であれば尚のことお願いがあって参上した次第にございます。今の六角では織田と武田の猛攻を凌げますまい。どうぞ、この高吉を武田家の末席にお加え下され」
「断る」
高吉の提案を即座に断った。確かに我らは人手は足りていないが、だからといって誰でも良いわけではない。ほら、よく言うだろ。やる気のある無能が一番の敵だと。
別に高吉を無能だとは思わない。無能だとは思わないが、味方に引き入れたいとは思わない。なんというか、身分や格式に拘って本質を見失いそうな気がするからだ。
「備中守様! そこを、そこをなんとか!」
なおも食い下がる高吉。とりあえず帰らせよう。一度、冷静になる必要がある。高吉だけでなくお互いにだ。高吉の件は家臣に諮ることとしよう。
「其方は観音寺へ戻れ。そして六角殿に伝えよ。我ら武田は織田方に付くと。だが……もし、信玄公が三河に侵攻し、六角殿が三好殿と盟を結ぶというのであれば俺の立場も変わるとな」
「備中守様、某は――」
「二度、言わせるな」
声を低くして高吉に圧を掛ける。俺はお前にメッセンジャーとしての仕事を任せたのだ。しかしも案山子も無いんだ。俺の家臣となるならば、仕事をきちんとこなしてくれ。
「かしこまり、ました」
頭を下げ、退室する高吉。彼が退室するのを見届けてからふぅと溜息を吐いた。これで六角が動けば万々歳だが、義治が上手くやれるとは思えん。蒲生に依頼するべきだったか。
「で、其方はいつまでいるのだ?」
そう言うと、残っている高吉の娘がきょろきょろと周囲を見渡し始めた。いやいや、お前だよ、お前。そうそう、お前だお前。
「竜と申します。どうぞ末永く」
そういって深々と頭を下げる竜。待て待て待て。末永くとはどういう意味だ。困った。話が見えない。話が通じないぞ。もしかして、あれか。高吉はわざと置いて行ったのか。
俺に二心ないことを証明するために娘を人質として俺に預けた。そう考えると辻褄が合う。竜もそのことを承知して残っていると。つまりそういうことなのか!?
「万千代、彼女に部屋と侍女を手配してやれ」
「承知いたしました」
ああ、厄介ごとが向こうから勝手に舞い込んでくる。俺はただ静かに能登に攻め込みたいだけなのに!
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