一方そのころ、瀬戸内の島では
永禄十一年(一五六八年)三月 瀬戸内 能島 得居太郎左衛門通幸
日も暮れて辺り一面を黒が支配している。月も星も隠れており、なお一層暗い。その中を小さな明かりだけを頼りに目的地へと向かう。建物の中に入ると一人の大男が現れた。
「いやぁ、大変な騒ぎになったな」
けたけたと笑いながら大男がどっかと座った。能島を拠点にしている村上掃部頭武吉である。今日、この能島に儂ら来島の村上、それから因島の村上である村上新蔵人吉充が呼び出されていた。
「すまん。遅れたか?」
入ってきたのが村上新蔵人吉充である。そこに俺、得居太郎左衛門通幸を加えて村上水軍の完成だ。ここで初めて俺が口を開く。
「いや、遅れてはおりませぬ。別に詳しい日時を決めたでもなし。気にすることでもないでしょう」
「然かり然かり」
深く大きく頷く掃部頭。その一言で新蔵人がほっと安堵していた。どうやらここで我らに貸しをつくりたくはなかったようだ。三人で車座になって座る。
「して、今宵は如何様な趣だ?」
「決まっておろう。毛利の殿様から後詰めの要請だ」
そう言って書状を投げる。それを拾ったのは新蔵人だ。書状を読み、それを俺に手渡す。俺も新蔵人に倣い、書状に目を通した。
書状は毛利輝元と吉川元春、小早川隆景の連名である。どうやら四面楚歌となっているようだ。西から大友、東からは武田、北から尼子、南から三好である。
「門司城が襲われているらしい。そちらの後詰めに向かって欲しいとのことだ。さて、誰が行く?」
掃部頭が尋ねると新蔵人が答えた。
「儂が行こう。門司城には義兄殿と行った経験がある。儂が一番活躍できるに違いない」
そう言ってにやりと笑う。おそらく義兄の乃美備前守宗勝が主君である小早川の秘策を携えて参戦しているに違いない。そう踏んだのだろう。
「では任せるぞ。儂は牛福丸のために讃岐と淡路を牽制する。それくらいはしてやらねばな」
「では俺は来島に留まることとしましょう」
掃部頭が伊予の河野のために瀬戸内を荒らすという。ならば儂は村上水軍の拠点を守るに過ぎない。だが、これで良かったのだと内心はホッと安堵していた。
安堵したと同時に、大きな失望も抱えていた。来島村上ではこの大役は務まらない。口には出さないが、そう言われている気がした。昨年に父が死去し、弟が後を継いだが未だ八つ。俺とて十三、四の小僧だ。口惜しい。
それから情勢や戦況などを語り、解散する。まだ夜は明けていない。酒は少し入っているが酩酊しているわけじゃない。船で来島に戻る。船で一刻ほどだ。
そのままの足で来島城に戻った。すると、一人の手下が儂の元に駆けてきた。表情から察するにどうやら予定外の事が起こっているらしい。
「お、親分! 来客でやんす」
「ほう。誰だ?」
「わかりやせん!」
「なにやってんだ」
俺はこの間抜けを殴る。そういうのは来客とは言わん。せめて身元を確認してから案内せい。どうもお頭の足りない者が多くて困る。
「へぇ、すいやせん。ただ、身なりが良かったものですから」
「名は?」
「確か沼田何某と。とても顔色の悪い、薄気味悪い男でやんした」
沼田と言う名に聞き覚えはない。どちらにせよ、会ってみないとどうすることもできない。寄合で疲れているところに深夜に来客。ただ事ではないということはわかっている。
「お待たせいたした。得居太郎左衛門に」
「突然のご訪問。真に申し訳なく。某、武田伊豆守が家臣、沼田上野之助と申しまする」
沼田上野之助。その名に聞き覚えはないが、武田、武田伊豆守と申したか。武田と言えば若狭、丹後、但馬、因幡、美作、播磨の一部、伯耆の一部、丹波の一部、備前の一部を押さえている大大名ではないか。
「武田伊豆守殿の家臣が俺に何の用だ?」
「単刀直入に申し上げます。御屋形様にお仕えしてみませぬか?」
この沼田という男はそう言い放った。俺が毛利を裏切って武田に付くと思っているのだろうか。思っているのだから来たのか。舐められたものよ。その沼田が言葉を継ぎ足す。
「村上の血を残すのであれば敵味方に分かれた方が良いとは思いませぬか。なに、今すぐに我らに付けとは申しませぬ。機を見て我らに付いてくれさえすれば良いのです。今、飛ぶ鳥を落とす勢いの武田と陸奥守殿を亡くして苦しい状況にある毛利。どちらに付かれますかな?」
淡々とそう述べる沼田。言い分はよく理解できる。武田としても瀬戸内を掌握したいのだろう。日ノ本の海を牛耳るつもりなのだ。武田は、わかっている。
客観的に見れば武田に付くべきだ。それはわかっている。しかし、事はそう単純なものではない。この来島で武田に付いたとしても毛利と他の村上水軍に潰されて終わりだ。
「現実的ではござらんな。話にならぬ」
「ふふふ、いえ、そのお言葉を聞けて安堵し申した」
断られたというのに喜んでいる沼田。なにか儂は失言をしただろうか。訝しがっていると沼田が手の内を明かしてくれた。
「現実的ではない。そう仰いましたな?」
「そうだ。それが何か?」
「つまり、本当に寝返ることができるか考えたということではありませんか。我らとしては願ってもないことです。現実的ではないことは百も承知にございます。そこでどうでしょう。我らが小豆島を制した場合、そちらに移っていただくのは?」
小豆島を制すると申したか。本気で瀬戸内の海を掌握するらしい。小豆島は交通の要衝である。小豆島と小浜、敦賀を押さえた武田は強いぞ。
「しかし、小豆島は三好の領地。武田と三好は同盟国では?」
「ふふふ、どうでしょうな」
はぐらかされてしまった。まだ教えることは出来ないということか。だが、武田は本気だろう。どうするべきか。当主代行の俺には荷が重い。俺はまた一つ、厄介な問題を抱えることになるのであった。
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