名より実を
永禄十一年(一五六八年)三月 備中国 高松城 明智十兵衛光秀
三村を朝敵にし、毛利にも揺さぶりをかけた。その効果は面白いほどに覿面であった。特に三村は離反者が続々と現れたのである。国衆も三村には手を貸さず、傍観している。
そこからは速度勝負であった。美作の津山城を出てから一気に備中の高松城を落とす。三村の居城である松山城は目と鼻の先だ。ここを拠点に各地を制圧していく。
備中の東半分をあっという間に占領することが出来た。これも御屋形様の薫陶があってこそである。御屋形様の戦ぶりは某の今までの常識を全て塗り替えてしまわれた。
今までの戦は宣戦を布告し、攻め込み、死力を尽くして相手を打ち破るものであった。しかし、御屋形様はどうだろうか。虎視眈々と入念に下調べを行い、有利な状況を作り出す。
相手をおびき寄せて有利な場所で戦うならわかるのだが、有利な状況を作り出すという考えはなかった。そして何と言っても速度よ。やると決めてからの速度が尋常じゃない。
御屋形様はそれを電撃戦と仰っておられた。曰く、雷光が走るよりも早く戦を仕掛けるからだそうだ。相手の準備が整う前に攻め込む。これが大事なのだと仰っておられた。
攻め込まれたらば国衆は動揺する。それを優しく諭すように領地を安堵し取り込むのだと。さすれば領地の半分を得ることが出来ると。
この高松城を盗れたのも、その速さのお陰である。相手の準備が整う前に攻め込めたお陰で千名しか兵が居なかった。対してこちらは一万五千。落とすのは難しくない。
兵糧も少なく、士気も低かったが、それでも落とすのに十日を要した。それだけ堅城であったということである。しかし、これで三村に時間を与えてしまったのも事実。
難しいのは此処からである。徹底抗戦の構えである三村紀伊守をあの松山城にて打ち破らなければならぬのだ。松山城は堅城である。さて、どうするべきか。野戦に持ち込めるのが理想ではあるのだが。
「殿、後瀬山城より使者として伝左衛門殿が参っております」
藤田伝伍が言う。
「そうか、会おう」
伝左殿が来ているということは御屋形様から言伝を預かっているに違いない。人払いをし、某と伝伍、それから伝左殿の三人で会うた。
「半月で備中の半分を押さえられましたか。流石にございますな」
「いやなに。三村勢を西へ追いやっただけのこと。難しいのはここからでござる。御屋形様は息災に?」
「はい。無事に文様の御子が産まれ申した。元気な男児にございまする」
「おお! それは祝着に。では、能登へ?」
「それが事情が大きく変わりまして」
伝左殿が後瀬山にてあったことをつらつらと説明する。畠山が六角、上杉の助力を得て能登に侵攻していること。毛利が朝廷を動かし、御屋形様に接触していることを知らせてくれた。
「御屋形様はなんと?」
「十兵衛に任すと。落とせるのであればのらりくらりと毛利の後詰めを断り、我らだけで備中を手に入れると。能登に向かわせる兵も預けることが出来ると仰せにございました」
能登攻めの兵も合わせれば二万を超える。二万で五千の籠もる松山城を抜けるだろうか。やるとするならば包囲して餓え攻めするのが理想だが時間が掛かり過ぎてしまう。
であれば、いっそのこと毛利に全てを任せるのもありやもしれぬ。いくら毛利とて簡単に松山城を落とすことは能わぬであろう。能登攻めのために兵力は温存しなければならぬ。苦渋の決断だが、毛利に任せよう。
「如何、なされますか?」
「忸怩たる思いではあるが、松山城攻めは毛利に任せたく存じる。無為に兵を損なってはならぬと御屋形様なら仰りそうだ」
自然と笑みがこぼれた。肩の力の抜けた笑みであった。どうやら知らぬ間に気を張り詰めていたらしい。伝左殿が言う。
「承知仕り申した。して、この城はどのように抜かれたので?」
興味津々といった形で、前のめりになって尋ねてくる。伝左殿もまだまだ青い。
「伝伍、話してやってくれ。某は後瀬山城へと向かう。御屋形様に説明差し上げなければ」
「はっ」
某はそう述べて席を外す。何故だろう。合理的に、最良の判断をしたと思っているのに口惜しいと思っているこの感情は。
御屋形様は全てを某に任せてくれた。だから我を通すこともできたはず。だというのに城攻めを止め、毛利に任せることにしたのは何故だろうか。
ああ、そうか。御屋形様の期待に応えたいと思っていたからか。御屋形様の世を見てみたいと思ってしまったからか。それが自身の欲求よりも上回ってしまったのだ。
自身の欲求を叶えられなかった悔しさはもちろん、ある。それと同時にこれで良かったのだという安堵の気持ちがあるのも事実だ。どちらを選んでも御屋形様は某の選択を尊重してくれたであろう。
そんな御屋形様に報いたい。この鬱憤は能登で晴らすことにしようか。
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