毛利の焦りと小早川の後悔
永禄十一年(一五六八年)三月 安芸国 吉田郡山城 小早川隆景
面倒なことになった。三村紀伊守が我らとのやり取りをしていた書状を武田にばら撒いてしまったのだ。我らとしては肝心な返答は書に記していない。濁してある。それで安堵していた。
だが、武田はそれを逆手に取ってきた。あえて黒塗りにすることで我らがどう返答したのかを不鮮明にしてしまったのだ。朝廷から事実かどうか尋ねる使者がやってきて判明した。
この話が領内で広がっている。いや、領外でも広がっているのだ。国衆にも動揺が走っている。このままでは調略の良い的だ。早急に何とかしなければ。
もう少し、あと五年、いやあと三年は父上が存命だったならばと思ってしまう。まだ若い御屋形様では支えきれぬ。曲直瀬道三が間に合っていればと悔やんでも悔やみきれない。
「どどど、どうする?」
「落ち着いてください。根も葉もない噂にございます。まずはこの噂を払拭しなければなりません。早急に三村を潰しましょう」
御屋形様が動揺している。努めて平静を装いながら諫言した。三村と毛利が繋がっていると言うのならば、我らが三村を潰せば良いのである。これは時間との勝負だ。
我らが朝廷より疑われているという話が広がると、活気づいてくる勢力がある。尼子と大友だ。特に大友は大内の遺児を囲っている。虎視眈々と狙っているだろう。
裏で手ぐすねを引いている武田が見え隠れする。そして、我らはその武田に助力を願わなければならない立場になってしまった。
今、三村を潰すことは簡単だ。しかし、それで我らが備中を獲ると勘違いされても困る。そこで、武田に伺いを立てなければならぬのだ。
必要ない、我らだけで結構と武田は言ってくるだろう。だが、そこで無理を通して我らからも兵を出させてもらわなければならないのだ。なんと歪な形だろうか。兵を出させてくれと乞い願うとは。
「ご注進!」
一人の兵が大声で叫びながら部屋の前で跪く。そのままこう叫んだ。
「門司城に大友軍が攻め寄せてございます!」
「御安心なさい。そちらには兄上が既に向かっております」
想定通り大友は動いてきたか。この話を聞いて、真っ先に動くと思ったのは大友と尼子である。特に大友は我らとは不倶戴天の敵。我らを九州から締め出したいのだ。
この門司城は急所だ。奪われると九州との連絡がとれなくなってしまう。絶対に死守しなければならない場所である。龍造寺の後詰めも借りて何とか凌ぎたいところである。
こうなったら早急に武田と連携しなければならない。武田にいいようにされてしまっている。対処が後手だ。欲を出して備中に手を出したのが拙かった。大友に集中しておけば。
朝廷に弁明もしなければならない。大量の献金で濁しておかなければ。今の流れで朝敵になったらどうなるかわかったものじゃない。五百貫を用立てる。下手をすれば同盟国である龍造寺にも噛みつかれるかもしれない。
数年前までは武田が父上に頭を下げに来ていたというのに。思わず臍を噛む。いや、まだだ。なにもまだ負けたわけじゃあ、ない。まだ五か国も有している。
武田とであれば互角に、それ以上に渡り合えるだろう。しかし、大友や尼子、更には三好などが加わってくると危ないやもしれん。武田は周りを乗せるのがすこぶる上手いらしい。
しかし、これで我らは武田と領地を接することになる。東へ進むには武田と事を構えなければならぬのだ。父上が居れば戦えぬことはないが。
駄目だ駄目だ。思考が負の方へと流れていっている。無いものを強請ったところで事態は好転しない。今の状況で勝負しなければならないのだ。
まずはお家を保つことを第一とする。御屋形様は未だ十四、五だ。まだ伸び代は大いにある。武田の当主よりも一つ下だ。だというのに、いや、なんでもない。
まずは武田に手紙を送ろう。会えなければ話は進まぬ。もし、会えなかったときはどうするか。朝廷に席を用意してもらうか。時間が掛かるが確実だ。それまで耐え忍ばねば。
「御屋形様、落ち着いて一つずつ対処しましょう。まずは朝廷からです」
「わ、わかった。頼りにするぞ、叔父上」
これは某の失態でもある。父上に任され、勇み足で動いた結果だ。どうにか挽回しなければ。御屋形様と今後の方針について一通り話をしてから某は尼子に対処するため、北に向かうのであった。
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