三好と平島
永禄十一年(一五六八年)二月 阿波国 平島館 足利義栄
「征夷大将軍へのご就任、真におめでとうございまする」
「ありがとう」
なんとか将軍位に就くことが出来た。最後、武田の後押しがあったのが大きかったようである。朝廷としては武田の意向を無視できないらしい。それはそれで業腹であるが。
三好家の面々が祝いの言葉を述べてくれる。父祖からの悲願であった将軍位に就けたのだ。まだ懸念はいくらか残っているが今日くらいは喜んでも良いだろう。
儂は、いや余はこの後、京へと向かう。この平島館で過ごすのも今日が最後となるだろう。尽力してくれた高倉権大納言や勧修寺権大納言はうんと優遇してやろう。
さて、この後は三好阿波守、三好日向守、石成主税助、篠原右京進らとの話し合いだ。誰を相伴衆、御供衆にするのか。どのような体制で運営するのかを話し合わなければならない。
「お待ちしており申した」
「早速、軍議をば始めましょうぞ」
はて。軍議とな。余は幕府の体制決めだと思っていたのだが。二人の表情を見るからにどうやらそうではないらしい。とりあえず、用意された席に着く。
「まだまだ畿内は安定せぬな」
「然かり然かり。武田も朝廷に近づいていると聞く。前田何某が伊勢兵庫頭の子らと京に入ったと伺っておりますぞ」
「伊勢兵庫頭の子……地蔵山で追い出した兵庫頭の子であるな。厄介な奴らを送り込んできたものよ。武田も色気を出してきたか。しかし、前公方の弟を追い出したと聞くが……まさか自身が将軍になろうなどと不遜な考えをもっているわけではないだろうな?」
「まさか。いくら将軍の血を引いているとはいえ、そこまでのことは考えておらぬでしょう。一度お会いしたことがございますが分を弁えている小僧にございましたぞ」
「それよりも今は松永と織田の動向に注視しなければなりませ……公方、聞いておられますか?」
三好日向守が余に尋ねてくる。どうやら余の政権は未だ盤石とは程遠いらしい。背中も痛むし、気を張らねば。
「大丈夫だ。聞いておる」
「目下の問題は松永にございます。左京大夫様にも困ったものよ。松永弾正の味方をなされるとは」
三好阿波守が言う。今の三好家はこの三好阿波守が牛耳っていると言っても過言ではない。この三好阿波守、やや強引に事を運ぶが、それがあったからこそ余が将軍になれたのやもしれぬ。
「このままですと、松永は織田に擦り寄りましょうな」
「織田には前公方の弟がいると聞く。上洛してくれば我らとは明確な敵。敵の敵は味方ということでしょう」
「であればなおのこと朝廷を押さえなければなりませぬぞ」
余はただ静かに皆の意見に耳を傾けていた。余には決める力はない。最後に確認をされ、内容を追認するしかないのだ。所詮はお飾りである。そうするしか、生きる道は無かったのだ。
「武田には貸しがあります。三村攻めでの大きな貸しがそれを今、ここで返してもらえばよろしいのでは?」
「しかし、それは公方様にお味方するという約定にて――」
「そう、それよ」
三好阿波守が言う。さらに言葉を続けた。
「公方様にお味方をする。これは今でも有効なのでは?」
「流石にそれは無理筋かと。将軍位に据える手伝いをすると話していたように記憶しておりますが」
「なれば朝廷を動かせば良い。朝廷としては畿内を安定させたいはず。大和の松永討伐に助力するよう、指示させれば良い。何なら武田を管領……いや所司にでも任じてやれば動くであろう」
にやりと嗤う三好阿波守。余はそのような甘い見通しで武田が動くとは思えなかった。思えなかったが、そういうことは出来なかった。所詮は傀儡である。
「朝廷もはやく政をと急かしておりますれば。問題は山積みにございますな」
「丹波も我らと敵対しておりますれば。いや、それこそ我らも丹波衆と手を組み、内藤を滅ぼすべきかと」
「それは良い考えである。弟を殺されては松永も焦るに違いない」
その後も延々と畿内の仕置きについて話し合う。六角や畠山、北畠とは対織田で同調する方針である。織田と浅井は敵だ。武田がどう転ぶかわからぬ。三好阿波守はこちら寄りだと考えているようだが。
「これで話は終いだ。他に何かあるか?」
三好阿波守が尋ねるも誰も答えない。満足気にそれを眺めてから余に向き直り、こう述べた。
「このようにさせていただこうと思うのですが、如何にございましょう?」
「良きに計らえ」
「ははっ」
頭を下げる三好阿波守。余にはこれ以外、言う言葉はない。この場は余の言葉にてお開きとなった。誰を任命するか決めるのを楽しみにしていた余にしてみれば残念極まりない日である。
後日、誰を相伴衆、御供衆にするのか。管領や奉公衆は誰にするのか知らせがあった。余が楽しみにしていた人事の知らせがあったのだ。
そう、余に知らせがあったのである。
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