離間の謀
永禄十一年(一五六八年)二月 美作国 津山城 明智十兵衛光秀
三村の元へ遣わせた使者が戻ってきた。まずは無事に戻ってきたことを祝着しよう。さて、三村の返答や、如何に。
「三村紀伊守は徹底抗戦の構えにございます。背後には毛利が控えているとも。こちらがその書状にございます」
使者から手渡された文を見る。そこには三村が毛利に後ろ盾となって欲しいと懇願している様がありありと描かれていた。日付は一昨年から去年にかけて。毛利は明確な返答を避けている。
どれもこれも証拠としては弱い。あと少しというところで毛利が某の掌中からするりと抜け出していく。さて、どうしたものか。取り急ぎ御屋形様にお知らせしておく。
何はともあれ。三村が我らに対し、明確に敵意を持っていることが判明した。これで大手を振って備中を切り取ることが出来る。出来るのだが、前回とはわけが違う。
まず、領地を荒らしてはいけない。これは我らが治める土地となるのだ。納める税が減っては意味がない。また、領民から反感を買ってはいけない。逃散や一揆が起きても困るのは我らだ。
「各村々に触れを出せ。三村は朝敵である。味方すれば容赦はしないと。逆に我らは官軍である。今、我らに降るのであれば寛大な処置をすると触れて回れ!」
「ははっ」
まずはこれで様子見をしよう。そして、この様子見という判断がどうやら正しかったようだ。あれから数日の後、御屋形様から早馬が届いた。届けに来たのは黒川衆だ。
「こちらをお渡しするようにと」
「確と受け取った」
書状が届けられた。中身を読む。すると、そこにはこう書かれていた。三村から手に入れた文に墨を入れよと。正直、何を言ってるのかわからなかった。
「他に何か言ってなかったか?」
「ええと、そうですね。『賈詡は如何様にして馬超を破ったか』などと仰られてございます」
賈詡? 馬超? 御屋形様が何を仰りたいのかわからない。流石にこれは一人では埒が明かないと思ったので、諸将の知恵を拝借することにした。
この御屋形様の謎かけを解いたのは南条宗勝であった。流石は御年六十を超える老獪な男だ。長く生きた分、知識も豊富だと見える。
「三国志ですな。羽衣石城に写本があったのを覚えておる。ただ、それが何を意味するのかは分からぬ」
「いや、それだけで大きな一歩だ。とりあえず三国志の賈詡と馬超の項を読んでみれば謎は解けるだろう」
急いで三国志の書を探す。武経七書や四書五経であれば多く出回っているのだが、三国志を探すのは骨が折れた。しかし、努力の甲斐あってか見つけることが出来た。読み進める。
「なるほど。そういうことでございましたか。しかし、御屋形様はどこでこの知識を……」
文に墨を入れよ。御屋形様の仰る通り、文に墨を入れましょう。某は毛利が三村の要請に対し、承諾したとも解釈できるよう、核心の部分に墨を入れて塗り潰していく。
「御屋形様も恐ろしいことを考える」
どうやら御屋形様は毛利も朝敵と認知してもらおうとしているのだ。そうすれば、毛利は弱体化し影響力が弱まる。毛利は百万一心を是としており、それは互いの信頼関係に寄って成り立っている。
その信頼が揺らげばどうなるか。考えるだけでも背中に寒気が走る。毛利が瓦解すれば武田への取り込みも活発になる。いや、瓦解しなくても良い。動揺が走れば良いのだ。
では、どうすれば大きな動揺を与えることが出来るだろうか。それはいきなり朝敵に認定されることである。なるほど。この情報は秘匿しなければならない。難しい言葉を送ってきた御屋形様の気持ちも理解できる。
「村々への触れはそのままに、尼子と大友にも毛利を攻めるよう、使者を出せ。こちらには毛利を攻める大義名分があるとな」
使い番を出す。尼子は動かぬやもしれぬが大友宗麟は動くだろう。今、毛利と大友は手切れとなっており、大友宗麟も立花道雪も脂が乗っている時期だ。流石は九州探題。
某ならば毛利に攻め込み、何か不手際があれば我ら武田のせいにする。武田の口車に踊らされたのだと。それくらいのことはしてくる相手だ。大友、侮ってはならない。
面白くなってきた。素直にそう思う。御屋形様からのあの手紙は帝の勅を手に入れろ。そう書いてあるのだと某は解釈した。ならば、そのように突き進むまで。
この場を前田又左衛門に任せ――何やら御屋形様が鍛えていると聞く――某は京へと馬を走らせる。何としてでも勅を賜って見せる。なんとしてでも。
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