直家、動きます。
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永禄十一年(一五六八年)二月 丹後国 下岡城 宇喜多直家
儂は弟である六郎兵衛と七郎兵衛を呼び寄せ、火鉢に当たりながら小声で尋ねた。
「聞いたか?」
「何をでございましょう」
「御屋形様がな、儂に領地を与えてくれるそうだ。備中の地に六万石の領地じゃ」
「おお!」
「なんと!」
そう告げると六郎兵衛と七郎兵衛は共に驚き、祝いの言葉を紡ぐ。それを手で制して目下の悩みを吐露する。
「よいよい。まだ決まったわけではない。そのためには三村を滅ぼさねばならぬ」
「ですが、三村は既に瀕死の状態。朝廷も公方も御屋形様にお味方しておりまする。毛利とて手出しは出来ますまい」
「それに関しては儂も心配しておらぬ。心配なのは此処よ」
そう言って床を叩いた。この下岡城を返上するのが惜しくなったのだ。平地は広くなく石高も高くない。それでも惜しいものは惜しいのである。
「この城をなんとか其方たちのどちらかに渡せぬものかと思案しておるのだ」
御屋形様は温い部分がある。情に厚いと言えば聞こえは良いが非情な決断を苦手としているのである。そこに付け込めばあるいはといったところだろうか。
「それならば我らではなく、婿をお取りになられませ」
そう述べたのは六郎兵衛であった。残念なことではあるが、儂に嫡男は居ない。居るのは女子ばかりである。四人ほど子は居るのだが、揃いも揃って女子なのだ。
「有力な家から婿を貰ってこの城を任せると。そう都合の良い人物が居るかどうか」
絶対に外せぬ条件として扱いやすい人物であるという大前提があり、御屋形様に信頼されている家の次男坊以降ということになる。
まず考えるのは武田右衛門佐や明智十兵衛、細川兵部などお身内衆。次に思い浮かぶのは若狭の四老や大身分の家々だ。そして御屋形様の信の篤い沼田や飯富、前田や嶋が入り込んでくるだろう。
お身内衆は駄目だ。御屋形様の息が掛かり過ぎている。こちらの思うように扱えない。であれば、四老や大身分だが、我らをどうも敵視している。馴染めと言われて馴染めるものではない。こればかりは仕方がない。
であればどうするか。候補を一つ一つ思い浮かべては消していく。婚姻は両家に利がなければならぬ。ある程度の筋書を考えながら動かねば。
「決めた。黒田から婿を貰おう。筋書はこうだ」
黒田には官兵衛をはじめ、四人の男児が居る。その中の一人を婿養子としてもらい受けるのだ。もちろん最初は後継ぎとして接する。
「その者に宇喜多家を任せると?」
「待て待て、然に非ず。もし、黒田家から婿養子を獲った後に、儂に嫡男が産まれたらどうなる?」
「……割れますな」
「御屋形様はそれを捨て置くと?」
「あり得ませぬ。外よりも中に厳しいお方だ。それはせぬでしょう」
「ならばどうする?」
「家を、分けまする」
「ま、皮算用だがな。ふっふっふ」
いかん。思わず笑みがこぼれてしまった。まだ決まった話ではないというのに。黒田の倅であれば知らぬ相手ではない。切れ者だ。切れ者だからこそ乗ってくる。そう確信している。
「さて、そろそろ我らも動くとするか」
儂は重い腰を上げる。帝から三村討伐の勅がくだるのは時間の問題だ。では今、何をするべきか。それは山賊に扮して毛利領を荒らすのである。私腹を肥やすのだ。
「よろしいので?」
七郎兵衛が尋ねる。
「考えてもみろ。今、毛利は表立って武田と敵対することはできん。これ幸いと巻き添えを喰らって御屋形様に朝敵にされてしまうからだ。毛利も悩みどころであるな。三村を見捨て自領の安寧を図るか。それとも三村を援け朝敵となるか。それに露見しなければ良いのである」
そう。バレなければ何をしても良いのだ。誰が律義に真面目に屋敷に籠ってせっせと政に精を出すか。政の大半は銭があれば解決する。ならば外に出て銭を稼いでくる方が真っ当な仕事という訳である。
「尼子も以前ほどの栄華はない。諸行無常よの。尼子領を荒らす場合は三村の旗を。三村領を荒らす場合は尼子の旗を掲げよ。それで解決する」
「ははっ」
御屋形様には御屋形様のお考えがあるのやもしれぬ。しかし、我らにも譲れぬ想いがあるのだ。宇喜多の名を天下に知らしめる。そのためにも今が動く時だ。
六郎兵衛には黒田との養子縁組の手筈を整えてもらう。七郎兵衛は銭稼ぎの準備だ。儂は疑われぬよう、屋敷に籠って子作りに励むことにする。これで何かあっても知らぬ存ぜぬで通せるぞ。
御屋形様を裏切る気はない。いや、まだない。儂に裏切る気が起きぬよう、甘い汁を啜り続けさせて欲しいものである。
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