叩き潰す覚悟
永禄十一年(一五六八年)一月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
年が明けた。新年の挨拶のため、続々と後瀬山城に家臣たちが集まってくる。何というか、大きくなったなと思う。今回は俺の横に孫犬丸も控えさせた。まだ立つこともできないが首は座っており、座ることは出来る。
家臣たちにも家督は孫犬丸に継がせるということを強調しておかなければならない。他の者を担ぎ上げるなんてもっての他なのだ。
「御屋形様、あけましておめでとうございまする」
「明けましておめでとう。松井玄蕃、今年も頼りにしているぞ」
「ははっ、ありがたき幸せにございまする」
一人一人に声をかける。大事なことだ。今年は荒れそうな気配がある。織田と六角は間違いなくぶつかるだろう。大戦は転換期だ。どう転ぶかはわからないが、十中八九、織田が勝つとみている。
「あけましておめでとうございまする、御屋形様」
「左近か。今年もよろしく頼む」
「もちろんにございます。後ほど、お耳に入れたきことが」
「わかった。夜にでも尋ねて来てくれ」
左近からの呼び出しと言うことは、対毛利で動きがあったか。察するに米の支払いが滞ってきたに違いない。あれから半年ほどが経過している。報告が待ち遠しくてならない。
夜。左近がやってくる。後瀬山城に登城していた主だった家臣も同席してもらった。武藤上野介に明智十兵衛、沼田上野之助に本多弥八郎、白井石見守に井伊肥後守に飯富兵部少輔、前田又左衛門に真田源五郎だ。
本来ならば宇喜多や南条、堀久太郎も呼びたかったが、タイミングが合わなかった。こればかりは致し方ない。今いる家臣で話を進める。
「して、左近よ。如何した?」
「三村紀伊守、支払いが滞りましてございまする」
「それは毛利も把握しているのか?」
「はっ、米の支払いは約定通り三村が毛利に渡して確認し、それを我らが貰っておりまする」
「そうか」
家臣たちから歓声が上がる。これで三村から備中の領地を奪う大義名分が得られた。毛利も嫌とは言えないだろう。なんなら帝から勅をもぎ取って来ても構わない。
問題は三村や毛利が大人しく従ってくれるのかということである。喜ばしい知らせではあるのだが、まだまだ問題が山積みだ。皆に意見を問う。
「さて、どう動くべきだと思う?」
「ぐだぐだ悩まねぇで、とっとと三村をぶちのめせば良いじゃねぇか」
又左衛門が言う。それが出来たらどれだけ楽なことか。城下の発展に腐心していると村井長八郎から聞いてはいたが、もう少し難しい仕事を任せないといけないらしい。今度は京に向かわせて公家の相手をさせよう。
「まずは帝から勅を賜るのが先決でしょう。幸いなことに和睦には西園寺公朝卿も関わっておられる。京にも米が届いていないのであれば、直ぐに勅はもらえるでしょう」
「俺も同じ考えだ」
井伊肥後守が述べる。俺も同意見だと同調した。しかし、それに待ったをかける者がいる。本多弥八郎である。弥八郎はこう述べた。
「某ならば、朝廷と公方への米だけは届けまする。なに、三村から直接支払うことになったとでも言えば納得するでしょう。朝廷と公方に払う米くらい、造作もないでしょう」
成程確かに朝廷と公方を敵に回すのは困る。つまり、まずは米が滞りなく運ばれているのかどうかを見極めなければならないのだ。
「当家に米が届いていないのは事実。まずは、毛利に確認するのが先決ではございませぬか?」
真田昌幸が述べた。確かに現状では情報が少ない。きちんと毛利にも問い質すべきである。毛利がどちらに付くのかも確認しなければならないのだ。
「もし、帝の勅を賜ることが出来れば毛利と三好は素直にこちら側に付くと思うか?」
気になるのは三好の動向だ。このまま織田と歩調を共にすると三好は離れるだろう。だからといって朝敵になるとは考えにくい。いっそのこと、毛利も三好も朝敵にして織田に討伐を頼むのもアリかもしれない。
「毛利は付くでしょう。朝敵となれば西から攻め込まれることは必定。御屋形様が大友、竜造寺、大内に助力を願えば毛利に喰らい付きましょうぞ」
白井石見守が述べた。朝廷から大義名分を貰えるのだ。そりゃ噛みつくに決まっている。小早川がそんなことを許すはずがない。それなら三村を切り捨てるはずだ。
「このまま指を咥えて踏み倒されるのも癪だ。まずは泳がせて我らが有利になる状況をつくるとしよう。まずは又左衛門、其方は西園寺卿の元へ向かって状況を確認して参れ」
「く、公家のところへ向かえと?」
「当たり前だ。それくらい出来なくてどうする」
又左衛門ももうすぐ三十になる。外交の一つや二つ、出来るようになってもらわないと困るのだ。内政の次は外交だ。いきなり織田だ六角だ毛利だと危ないところに行かせないだけマシだと思って欲しい。
「武藤上野介は三好に、飯富兵部少輔は毛利に向かってくれ」
「承知いたした」
「畏まった」
この辺りは安心して任せられる人選だ。経験が違う。特に飯富は海千山千の兵だ。事情も詳らかに説明してあるし、毛利相手に上手く立ち回ってくれるだろう。
十兵衛は能登攻めに集中してもらいたいし、上野之助は朝倉に目を光らせておいて欲しい。敦賀の管理も上野之助だ。その上がりは馬鹿にできない。
となると、真田昌幸か本多正信のどちらかに任せるのが良いと思う。俺としては上手く着火してくれる人間に任せたい。俺の姿勢は変わらない。三村は、根伐りだ。
「お待ちくだされ」
ここで待ったをかけた人物がいた。沼田上野之助である。この場に居た全員が上野之助を見ていた。当の上野之助はというと、臆することなく淡々と表情を変えずに述べる。
「米の支払いに首が回らぬというのであれば、備中は重税に喘いでいるのではございませぬか?」
成程。それは盲点だった。つまり、備中に反乱の兆しがあるのであれば上手く利用できるのではないかと上野之助は言いたいのだろう。いや、その前に備中内の仕置きがどうなっているのかを調査しなければ。
「備中はかなり荒らしたらしいな。復旧が進んでいると思うか?」
「進めなければ未来はありますまい。しかし、民から搾り取れば恨まれる。そのことは御屋形様が一番ご理解されているかと」
上野之助が言う。俺は直ぐに黒川衆を呼び出して備中内の調査を命じた。しかし、俺の予想だが備中は荒廃していないだろう。むしろ、三村は身銭を切って立て直しを図っているはずだ。
だから半年で音を上げてきたのである。領民から搾り取れないから払えないと。しかし、そのような約束の反故を見逃すほど甘くはないぞ。
「もし、備中が荒れていなければ噂を流してくれ。三村が約束を反故にしたから再び武田が錦旗を掲げて攻めてくると。早く逃げた方が良いとな」
「はっ」
逃散を促す。人が居なければ国力は低下する一方である。無理やり逃散を防げば人心が離れる。対処するのは難しいだろう。
「今、能登を攻める手立てを講じている。出来るのならば備中で争いは起こしたくない。しかし、だからといって三村を甘やかすのは業腹だ。じわじわと締め付けるように進めようぞ」
「「ははっ」」
いかんな。西が燻ってきた。南も一触即発だというのに、どうしてこうも安定しないのか。俺が妥協すれば良いだけかもしれぬが、乱世で成り上がると決めたのだ。弱きは全て食ろうてやる。
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