公家町
永禄十年(一五六七年)十二月 若狭国名田庄 土御門有脩邸
俺は土御門有脩の邸宅を尋ねていた。土御門家といえば、かの安倍晴明の血脈を受け継ぐ家柄である。若狭国名田庄に所領を持っているのだ。
「これはこれは。珍しいお客人でおじゃりますな」
「突然のお願いにもかかわらずお目通り叶い、恐悦至極に存じまする」
「ほっほ。良い良い。そう硬くなる必要もおじゃりませぬぞ」
なんとも掴みどころのない御仁である。流石は戦乱が続き疲弊した京を離れ、ここ若狭国名田庄に退いて陰陽頭としての職務を放棄しただけのことはある。自由人。型破り。そう称するのがしっくりくる。
「して、麿に何の用でおじゃろうか?」
「若狭に公家町を造ろうと考えておりまする」
「ほう、公家町を」
そう言って前のめりになる有脩。俺は持てる伝手を使って若狭に公卿を呼び込もうとしているのである。近衛家、久我家、徳大寺家は親族だし、三条家に今出川家も遠縁だ。
信虎の人脈を駆使すれば山科家、飛鳥井家、万里小路家も呼び込める。花山院家や勧修寺家も呼び込めるだろう。もちろん銭は掛かるかもしれないが、利も見込める。
この名田庄を開発し、公家町に仕立て上げようというのが俺の狙いである。名田庄は若狭の南に位置し、若狭内では一番京都に近い。京都は未だ荒廃している。若狭に逃げてくる公卿も増えるだろう。
俺の息の掛かった公家が増える。なんとも面白そうじゃないか。しかし、残念なことに俺に公家の常識など、殿上での常識がない。そこで身近な公家である土御門有脩を頼りに来たのだ。
「それだけの家が本に集まったらば、後は勝手に増えるでおじゃろうな。よろしい、お手伝いしましょう」
「ありがとうございまする」
「公家を集めたいのでおじゃったな。良い方法があるぞ」
土御門有脩に躙り寄って耳を貸す。なるほど、それは面白い案だ。銭は掛かるが、確実に公家を呼び出すことが出来るだろう。
こうして名田庄の再開発が始まった。さて、名田庄の再開発を誰に任せようか。家臣の一覧に目を通す。若狭に精通している人間に任せるべきだ。そうなると候補は絞られる。
「虎清に任せよう」
そろそろ自領も落ち着いて滞りなく代替わり出来たはずだ。後瀬山城に戻った俺は逸見虎清を呼び出す。虎清に会うのも久しぶりだ。五日後、虎清が供回りも付けずに登城してきた。
「久しいな。若狭武田も大きくなった。会う時間が取れなかった。許せ」
「何を仰いますか。御屋形様と某の仲ではございませぬか」
にこりと笑う虎清。良かった。あの頃と何も変わらない虎清のままであった。どうやら俺の中には父である逸見昌経を死なせてしまったという疚しさがあったのかもしれない。
積もる話を一通り終わらせた後に本題に入る。虎清に公家町をつくるために名田庄を開発して欲しいと要請した。若狭は山が多く、平地が少ない。平地を増やすだけでも意味があるのだ。
「まずは何を?」
「砦をつくってくれ」
「砦、にございますか?」
砦を設けよと俺は命じた。建前上は公家を守るための兵の詰め所にするため。裏向きの目的は三好と織田が争う時に発生する火の粉を防ぐためである。降り掛かる火の粉は払わねばならぬ。
「京はな、荒れるぞ」
そう言うと虎清がごくりと喉を鳴らした。今、三好が畿内を制し、平島公方が将軍位に座っている。どいてくれと言ってもどかないだろう。そうなったら力づくでどかすしかない。
「御屋形様」
「なんだ?」
「本当に公家は来ますかね?」
「来る。必ず来るぞ」
織田が六角を抜いたならば、公家は必ず避難しに来る。来ないわけがない。俺は公家に優しい大名になるのだから。今頃、土御門有脩経由で殿中に伝わっているだろう。
「どちらにせよ砦は無駄にならん。京からの悪影響は名田庄で抑え込む」
京が荒れるということは賊の類も湧いて出るのだ。賊を若狭に入れるわけにはいかない。若狭に入るのは難しいと賊に思わせなくてはならないのだ。丹波へ行け、丹波へ。
「次は伝左衛門を呼んでくれ」
「ははっ」
虎清との話し合いを終えた俺は伝左衛門を呼ぶ。その間にせっせと書状を用意した。伝左衛門は直ぐにやってきた。どうやら馬を飛ばしてきたようだ。館の中庭で白湯を飲みながら話をする。
「伝左衛門、京までひとっ走りしてきてくれぬだろうか」
「京の都にございますか? 構いませんとも!」
「そうかそうか。ではな、この書状を渡して来て欲しい」
胸をドンと叩いて自信満々に答える伝左衛門。
「お任せくだされ。して、何方にでございましょう?」
「近衛家、久我家、徳大寺家、三条西家、今出川家、山科家、飛鳥井家、万里小路家、花山院家、勧修寺家だな」
「え」
そう言って固まる伝左衛門。さっき任せろと言ったじゃないか。
「三条西家、今出川家、山科家、飛鳥井家、万里小路家、花山院家、勧修寺家の書状には陸奥守殿の添え状もある。間違えぬようにな。じゃ」
そう言って話を打ち切る。こうでもしないと伝左衛門は泣き言を述べてくるのだ。
「御屋形様、暫く! 暫く!」
「ええい、五月蝿い! 俺も暇ではないんだ!」
泣きついてくる伝左衛門をげしげしと(優しく)蹴る。こんなじゃれ合いができるのは伝左衛門だけだ。館から無理やり叩き出して京都へと向かわせる。
いかんな。にやにやが止まらない。俺は京へと遣いに出した伝左衛門が戻ってくるのを今や遅しと待つのであった。おっと、今のうちに銭を用意しておかなければ。
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